ロボ先生と廃校探検隊
むらさき毒きのこ
第1話 ロボ先生が欲しい!
「お母さん、ロボ先生買ってよ」
仁子(にこ)はカフェオレの湯気で眼鏡を曇らせ、できるだけ何気ない調子で、だけどきっぱりと呟いた。佐江は、「朝日小学生新聞」を食卓に置いて
「また今度ね」
そう言うと振り向きもせず仕事に出かけた。仁子は齧りかけのホットドッグを諦め、事件現場の中継を一瞥してからランドセルを肩にかけ、ドアに鍵をかけた。
「だるい」
湿っぽい快晴の下、仁子はたびたび体の向きを変えながらイライラした顔の勤め人を避け、歩道に飛び出した植え込みの雫に腕を濡らして駆けた。
梅の台小学校正門は静かだ。現在、登校している児童は、仁子を含めて23人。皆、「ロボ先生」を持たない家庭の子供達だ。
五年一組の教室には机が10組並んでいて、仁子の前の席の姫野(ひめの)がチョコパイを食べていた。
「いやいや、おはようございまーす。はいはい」
そう言いながら現れたのは、阿部悠(あべゆう)。近所の女子大の学生で、「ボランティア先生」だ。化粧っ気のない顔、腰まで伸びたワンレン黒髪、いかり肩が強調されるデザインの、パフスリーブのワンピース。
「あべせん、サンダル履いてる」
三年生の汐里(しおり)に指摘された「あべせん」こと阿部悠は
「Shit」
と呟き、教室を出て行った。それに引き続き、数人の子供がぞろぞろ帰り支度を始めた。
2030年。子供達は自宅で学習するのが一般的となり、自宅学習のためのパッケージ「ロボ先生」を持たない家庭は、子供に教育を受けさせる機会を、失いつつあった。
静かな教室で、早めの昼食に取り掛かる女の子たちが汗ばむ体を寄せ合う。
「仁子、これちょうだい」
美愛(みあ)が、仁子のトートバッグからおにぎりを取り出した。
「また忘れたの?」
仁子の質問に対し聞こえないふりをして、背中を丸めおにぎりをかじる美愛の肩越しに、姫乃(ひめの)が仁子にしかめっ面をして見せた。姫乃がサンドイッチをかじりながら
「飲み物忘れた」
とぼやき、食べ物を仕舞い始める。
「水飲めば」
と仁子。
「いや、それは無い」
「自販機行くか」
「いくべ」
示し合わせたように立ち上がる二人に気が付いて、美愛が叫んだ。
「置いてかないで!」
仁子達は、学校の裏門を出て坂を下り、児童館の横の自販機の前を通り過ぎた。閉店したラーメン屋の横、廃棄物置き場に到着すると、姫乃が、稼働していない自販機の中身を取り出した。
「2025・3、どうよこれ」
「大丈夫っしょ」
大丈夫と言われ、姫乃は、飛び出す中身がかからないように、思い切り腕を伸ばして蓋を開けた。カチャッ、シュウウ、ボタボタボタボタ。
「やだ~!」
美愛が叫んだ。
「ちょっと、声でかい」
仁子が注意した。
「まっず。はー。冬なら、おいしいのに」
姫乃は、飲みかけのジュースを投げ捨てた。
「それな」
仁子が同意しつつ、流れてくるジュースを避けた。2人の友人を見つめていた美愛は、何かを決心したような表情で立ち上がり、言った。
「ねえ、知ってる?」
「何」
姫乃がサンドイッチを食べながら聞いた。
「ロボ先生が、捨てられてるんだよ」
「はあ?どうせ、壊れてるんでしょ」
姫乃の言葉を即座に否定して見せた仁子に
「私、動かした事、あるよ」
美愛はそう言ってから、上目遣いに二人を見つめた。
「それが本当なら、美愛に毎日おにぎりあげるよ」
仁子は意地の悪い笑い方をした。
「嘘じゃないもん」
美愛は泣きそうな声を出した。
「じゃあ、見せて。見せたら信じる」
姫乃の提案に、美愛は目をこすりながら頷(うなず)いた。
「どこにあるの、ロボ先生」
姫乃が、真剣な眼差しで美愛に尋ねる。
「キタカメの、算数教室」
そう美愛は答えて、先頭を歩き出した。
鉄線のバリケードのゆがんだ部分から、三人の女の子達が侵入する。彼女達は、体育館の一角の、開いた窓の中へ消えた。見とがめる人は、いない。
「廃校舎・キタカメ」の周囲は、遊歩道と団地で構成されている「ニュータウン」だ。今は空き室の目立つ老人の町。決まった時間に来る移動コンビニ以外は、音を立てるものは何も無い。「閑静な住宅街・2LDK150万円」……ビニールコートされた張り紙が、伸び放題の芝生に埋もれている。
無言で突き進む美愛の後ろで、何度も顔を見合わせる仁子と姫乃。目的地「算数教室」に到着した3人は、がらんどうな部屋を見て失望した表情になった。
「美愛、ロボ先生はどこなの?」
仁子が、肘のかさぶたをむしりながら言った。
「……ここにいたのに」
「出たよ」
仁子が、かさぶたを床に捨てながら美愛を睨んだ。
「嘘じゃない!」
美愛は姫野の腕を掴んで仁子を睨む。
「じゃあ、ロボ先生はどっかに行ったって事じゃん。探そう」
姫乃が提案する。
「うん……」
美愛は、姫乃の腕にしがみついた。仁子は、ふん、と鼻を鳴らし、二人に従った。
「ロボ先生が行きそうな場所って、どこだろ」
「もしかしたら、充電しに行ったのかも」
「あーそれな。ここ、電気が通ってる場所あったけ」
「えーっと、警備員室は、電気が点くよ」
「じゃ、行きますか」
二人の会話を、少し後ろで聞きながら歩く仁子。
警備員室のドアは開いていて、果たしてそこに、白いボディのロボ先生が居た。ロボ先生は、お腹から伸びたコンセントプラグを差し込み口に差し込んだまま、「眠って」いた。
「これ……何だろ。私が見たロボ先生と、違うかも」
姫乃が、明らかにがっかりしたような表情になった。
「だけど、ちゃんと話すし、勉強も教えてくれるし」
美愛が、語気を強めた。仁子は、目を閉じて動かないロボ先生を見つめていた。 仁子の耳には、他の2人の会話は聞こえていない。
「これ、絶対欲しい!」
仁子は、そんな激しい気持ちに囚われていた。
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