第165話 鬼人と閃光
鬼人のごときその姿。
両の手に小さな斧を握り締め、立ちはだかる姿からとてつもない圧迫感を覚えた。
眼鏡の奥から無慈悲なまでの光を発し、その瞳がマッシュを睨みつけている。
押さえている左肩からは血がドクドクと溢れ出し、だらりと下がった左腕が赤一色に染まった。
斧が襲う、片手でいなす。
左肩をかばいながらの応戦では、到底相手にはならない。
マッシュのナイフは弾かれ、斧に付着する血が銀の刃を赤く覆っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
これはしんどい。
肩で息をしながら、前方を睨む。
鬼人が迫る。斧を構えるその姿に隙が見当たらない。
真っ直ぐにマッシュへと歩み寄る。
その集中した姿に打開策が見当たらない。
諦めるな、考えろ、集中を切らすな。
集中が切れそうになると全身の痛みが疼き出す。
痛みが集中を削いでいく。
「ふうー」
大きく息を吐き出し、今一度集中する。
長ナイフを逆手に持ち替え構え直す。
重い斧の斬撃を正面から軽いナイフで受け止めるのは今の状態では厳しい。
受け流せ。
隙を伺え。
諦めるな。
集中を切らすな。
手斧の重い斬撃が全身に響く、防戦一方。
鬼人と化したアッシモの攻撃はさらに重く、速くなっていく。
攻撃の圧が上がる、確実に仕留める気だ。
受け止めきれない⋯⋯、ナイフを握る腕が外へと弾かれた。
ヤバっ。
ガラ空きになった体に重い刃が襲いかかる。
体を後ろに跳ね、重い斬撃から逃れろ。
斧の刃の奥に鋭い眼光が見える。
斧の軌道がマッシュの脳天を捕らえた。
「はあぁぁあああっー!」
斧の軌道が大きく外へそれる。
赤く染まる刃がマッシュの鼻先をかすめて行った。
フェインの鉄のつま先が斧を弾く。
間髪入れず、アッシモの腹に蹴りを、顔面に拳を振っていく。
アッシモが少しだけ顔をしかめてかわすと、一旦距離を置いた。
手斧を構え直し、修羅の形相を浮かべるフェインが、マッシュとアッシモの間に割って入っていく。
「マッシュさん、邪魔」
それだけ言い、フェインはアッシモへと踏み込んでいく。
邪魔って、他に言いようあるんじゃないのか。
「いててっ⋯⋯」
だが、正直助かった。
フェインなりの気遣いに感謝しつつ、左肩を押さえ、素直に後ろに下がって行く。
仕留め損なった、邪魔はおまえだ。
アッシモの表情がさらに険しくなる。
鬼人の斧がフェインを襲う。
頭を後ろへと引き、スウェーバックしてかわしていく。
上半身でかわし下半身は半歩踏み込んだ状態を維持。
斧をかわすとカウンターで脇腹へミドルキックを見舞う。
「……ぐっ」
少しの呻きをともなって体が横にくの字に曲がっていく。
蹴りの得意なカズナに教えて貰ったのが早速役立った。
斧を振るスピードが速い、むやみに飛び込めない、畳みかけたい衝動を抑えフェインはまた構え直した。
「邪魔だ、どけっちゅうの」
ユラは囲いのど真ん中へ突っ込んでいた。
大楯で押し込み次々に敵をなぎ倒す。
こめかみや脳天など急所へ目掛け、容赦なく杖を振るう。
やらせるか!
アッシモやケルトへ助太刀はさせない。
ユラはひとり黙々と敵を押さえ込み、複数の敵を相手に大立ち回りをしている。
まわりには白目を剥いて転がる敵の山を築き、目の前で対峙する敵がユラの姿に怯む。
素早く周りを見渡す。
ありゃあ、ヤバいな。
眼前の敵を邪魔だとばかりに突き飛ばし、駆け出して行った。
カズナへ光玉がなかなか落ちて行かない。
キルロはその姿にさらに集中を上げる。
傷もそうだが、血を流し過ぎだ。
うつ伏せで転がるカズナの足元に作られていく血だまりを見やり、心の中で舌打ちをする。
背中越しにざわつきが聞こえる。
後ろはまかせてこちらに集中だ。
カズナを見つめ続ける。
「次から次にどこから湧いてくるのよ」
キルロへ向かい駆け出す敵へ、休みなく矢を放つ。
剛弓の勢いに何人もが吹き飛んでいく。
それでも矢をかいくぐりキルロへとたどり着き、キノと切り結ぶ。
敵からしたらいい獲物だ、動かない的がふたつ。
躍起になってキルロとカズナへと群がっていく。
二階の回廊から弓を構える姿を散見する。
マズイ!
放たれた矢が、キルロへと放物線を描いていく。
キノが必死に薙ぎ払うがいくつもの矢がキルロへと届く。
「こんのぉぉおおー!」
ハルヲの渾身の矢がひとりの
敵の数が多い。
隠れていたのか。
キルロたちに向かって矢の雨が降り注ぐ。仲間がいようがお構いなしに矢の雨を降らしていった。
キルロたちへ群がっていた敵が、矢の雨に蜘蛛の子を散らすように引いていく。
動きが統制されている。
その合間を縫うように小さな影がキルロたちへと滑り込んだ。
「すまんのう。遅れた」
ユラが大楯を構え、キルロたちを大楯の影へと隠す。
カンカンと金属音を鳴らし、矢を地面へと弾いていく。
敵のひとりが
「
ユラの炎が群がる敵を焼き払っていく。
大楯の影から放つ炎に虚をつかれ、混乱とともに体を焼いていった。
いくつもの体が炎を纏いながら地面をのたうつ。
混乱する敵へキノが舞う。
固まる思考と体、その隙を見逃さない。
閃光のごときその姿が群がる敵を斬り刻み、すり抜けて行くとそのまま二階へと駆け上がった。
守勢から一転攻勢に転ずる姿に
一瞬遅れて駆け上がるキノに向けて弓を向けた。
ハルヲがそれを許さない、キノに照準を合わす
一気に駆け上がる閃光。光とまごうことなき速さが、対峙する
回廊をキノが舞った。
閃光と化し次々に切り刻んでいく。
懐に飛び込まれた
ハルヲも矢を放ち続ける。ここが勝負所と踏んだ、出し惜しみはしない。
ハルヲの矢が二階へ真っ直ぐ飛んで行く。
勢いのある矢は放物線を描かず一直線に鋭い線を描いた。
回廊に立つ敵を次々に薙ぎ払う、一階へと落ちる者、腕を押さえしゃがみ込む者⋯⋯。
やらせない。
ハルヲの剛弓を引く腕に力がこもる。
ユラがキルロとカズナを背にして立ちはだかる。
キノが白髪をたなびかせ回廊を舞い続ける。
「ぉ⋯⋯ォ⋯⋯」
カズナの目が開いた。
よし!
カズナはゆっくりと肘をつき起き始める。
ふらつく頭を軽く振り周りを見渡した。
「スマン⋯⋯」
「大丈夫か? 血を流し過ぎだ、無理はするな」
しゃがみ込むカズナの肩に手を置いた。
ふとキルロの背中が目に入った、何本もの矢が背中に突き刺さっている、その姿にカズナの意識が一気に覚醒する。
「おイ! おまえが大丈夫カ? 背中がヤバイゾ」
「??」
不思議そうにカズナの顔を覗き込んだ瞬間、背中から刺し込む痛みが襲いかかった。
「いってぇええええー」
呻きながら背中に手を回すが届かない。
カズナが背中に回るとキルロの背中が真っ赤に染まっていた。
「ちょっとだけ待ってロ!」
それだけ言うと群がる敵へと飛び込んで行った。
ハルヲとユラがその姿に口角を上げる。
背中を守る必要の無くなったユラもカズナと供に殴り倒して行く。
「一気にいくぞ!」
ユラの掛け声にカズナのスピードが上がる。
ハルヲは弓を背負うと剣を握り、二階の回廊を目指す。
剣を構えたハルヲが、キノとは逆方向に回廊を振り進む。
敵に勢いはもうない、いち早く逃げ出す者も散見出来た。
回廊の制圧も群がる敵も、もはや時間の問題だ。
鬼人の斧、じりじりと距離を詰める。
フェインも、じりりとすり足で自分の距離を測る。
隙を見せたほうが
冷たい汗が頬を伝った。
緊張がこの場の空気を覆い、張り詰めていく。
「ふぅぅぅぅぅ」
フェインがゆっくりと息を吐いた。
(こっちだ! オット!)
ヨークの声が響いた、その声にアッシモがピクリと反応を見せる。
その一瞬を見逃さない。
グっと踏みこみ、右のフックをこめかみに向ける。
避けきれないと一瞬の判断、アッシモが頭を少しだけ下げ、致命傷を外す。
ゴンという頭蓋骨の硬い音が響き、アッシモが地面へと転がった。
その先に立ちすくむマッシュ。
逆手に握る長ナイフを転がるアッシモへ突き立てる。
ガキッ!
鈍い金属音が鳴り、手斧がナイフの切っ先を受け止める。
ふらつきながらも立ちあがるアッシモを、入口から睨む者がいた。
「アッシモ、逃がさないよ。僕たちの名前を語るなんてやってくれるね」
入口で微笑むエルフ? の姿が目に入った。
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