第166話 逃走
「フゥー」
フェインに殴られた頭の横部を押さえ、軽く頭を振った。
アッシモは短く息を吐き出す。痛そうに片目をつむり、少しばかり朦朧とする意識で現状を精査していた。
入口からヨークと見慣れないハーフエルフと
「オットラルクール・シグラレス⋯⋯」
アッシモがその名を呟く。
微笑みを絶やさぬそのハーフエルフの目元から発する殺気が、その場を凛とした空気に変える。
どこまでも冷たく、まるで全てを見透かしているかのように感じるその眼差し。
「つまらない男だなぁ、アッシモ。もっとマシな男だと思ったが、とんだ見込み違いだったよ。ココ、マークス」
オットの言葉に
その姿を見やり、アッシモはすぐに腰のポーチから何かを地面に叩きつけた。
うす暗かった洞窟にまるで太陽が現れたかと思えるほどの眩しい閃光を放ち、目を開けていられないほどの光に全員が目を覆う。
やられた。
その場にいた人間全てが悟る。
その躊躇のない動きにアッシモの撤退を追うことは不可能だということを。
ゆっくりと光が止んでいく。
真っ白に塗られていた視界が徐々に戻ってくる。
この混乱に乗じてやはりアッシモは消えた。
何人かが便乗して逃亡をはかっていたが、雑魚はいい。
アッシモを取り逃がした、それが痛い。
「やられたねぇ。食えない男だ」
オットは飄々と語るが、目元からは悔しさが滲む。
改めて辺りを見渡し、転がる人の数に目を見張った。
「これはまた派手にやったね」
嘆息しながら腰に手をやった。
「矢が生えてるみてえだな、エイッ!」
「いってぇええー!」
「アハハハ、わりぃ、わりぃ、ドワーフジョークだ」
「ジョークになってねえ!」
キルロの背中に刺さった矢をユラが弄ぶ。
見た目ほどは深くはなかったが、軽症と呼べるものではなかった。
命に別状がないのは幸いというべきか。
掛け声とともに抜いた矢を、ユラが地面へと放り投げる。
地面へ転がる矢の先にキルロの血がべったりとついていた。
「カズナ! あんたもこれ、ホラっ!」
ハルヲが小さなアンプルの口をパキッと折り、真っ青な液体を手渡した。
見るからに毒々しい色合いにキルロとカズナは躊躇する。
「なんだこれ?」
「なにって、回復薬よ。飲みなさい」
鼻をつまみ一気に飲み干す。見た目通りのパンチ力のある風味にふたりとも顔をしかめた。
「なかなか強烈だな。あの小瓶の方が飲みやすい」
「良薬は口に苦いのよ。携帯するとなると、圧倒的にこっちの方が数を持ち歩けるから我慢して。効能はお墨付きよ」
空になったアンプルを見つめ背中の痛みが引いていくのがわかる。
「なるほど。こりゃあ、すげえ」
「ヤクロウがいろいろと教えてくれたのよ。ああ見えて相当な研究者ね、いろいろ実践的な事を教えて貰ってウチの子達も勉強になったわ」
「あの、おっさんがねぇ⋯⋯」
左肩を押さえながらマッシュが歩み寄ってくるのが見えた。
キルロは急いで駆け出したが背中の矢が暴れ、すぐにゆっくりとした歩みに変わる。
「こらまた派手にやられたな」
左肩からダラダラと流れる血を見つめ、キルロは顔をしかめた。
「
肩の傷がじわじわと塞がっていく、痛みからも解放されてマッシュの顔から安堵が漏れた。
「いつも助かるよ。しかし、おまえさんその背中は大丈夫なのか」
ハルヲが渡した回復薬に顔をしかめながら、キルロの背中をのぞき込んだ。
「次はこいつの番よ、ほらうつ伏せになって」
ハルヲに急かされ地面へとうつ伏せる。
なぜだかみんながその様子を伺うようにのぞきこむ。
バツの悪さにキルロは顔をしかめた。
「
ハルヲが麻酔をかけると、突き刺さっているいくつもの矢を引き抜いていく。
装備を外され、剝き出しになった背中の傷を確認すると、ポーチから取り出した応急セットでいくつもの小さな傷を慣れた手つきで縫い始めた。
「へぇー、慣れたものだね」
見知らぬ声に一同が一瞬固まる。オット達も一緒になって覗き込んでいた。
「オット、来るならもう少し早く来てくれよ」
「悪かったよ。結構急いだけどさ、遅くなっちゃった」
うつ伏せるキルロの頭上でマッシュが見知らぬ声と親しげに話している。
「マッシュ、誰?」
「お、そうだった。オットラルクール・シグラレス、【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の団長だ」
「やぁ、初めまして【スミテマアルバレギオ】のみなさん。こっちの
うつ伏せのまま挨拶されて、どうにもしまらない。
団長同士の挨拶ならもっとこうカッコよく、バシっと決めたかった。
キルロの頭上で各々が固い握手でもしているのだろう、各々が挨拶をかわしているのが分かる。
オレも挨拶を⋯⋯。
「動くな! バカ、治療中だ」
怒られた。
「あははは、面白いね、個性の強い人達ばかりだ。まさか兎さんまでいるなんてね。マッシュがウチに来ないわけだ」
「だろ。そのうえ優秀だ、全く飽きないよ」
「マッシュは良く知っているのか?」
「ウチがずっと誘っていたんだ。ちょこちょこ手伝ってもらったりしていたからね。ウチに絶対来ると思ったのになぁ」
相変わらず飄々とした口ぶりだが、言葉の端々に口惜しさがこぼれていた。
「密かにハルヲンスイーバ・カラログースも狙っていたのだけどね。優秀な
背中を縫っていたハルヲが少しだけびっくりした。まさか自分の名前が出るとは思いもしなかったのだろう。
そういや、初めてマッシュとハルヲを合わせた時、互いに名前は知っていたっけ、オットがハルヲの名前を知っていたとしてもそこまで不思議じゃないのか。
「よし、終わったよ」
「サンキュー」
キルロは体を起こして改めてオットと対面する。
青緑色の綺麗に切り揃った髪が目元を少し覆い隠していた。線の細い感じのエルフ? ハーフか⋯⋯、あまり見ない感じの風貌だ。
エルフの象徴である尖った耳がどこかエルフらしくない。常に口元に笑みを称え、見た目以上に年齢は重ねているはずだが、エルフの血がきっと若く見せているのか。
どこかやんちゃな少年の雰囲気を纏っていた。
ただ、見え隠れする目元は鋭さを隠しきれていない。
その眼差しが尋常ではない、キレ者のオーラを醸し出していた。
「珍しいでしょう。と言ってもドワーフとエルフのハーフやら兎さんがいる所だと大して珍しくもないか」
まじまじと見つめていたキルロに笑みを浮かべた。
「あ。いや、ごめん。そういうつもりではないんだ」
「猫とエルフのハーフ。耳の形が猫でしょう」
確かに獣人とエルフのハーフは珍しい。
ただ、
このへんの感覚がすでに麻痺しているのかもしれないな。
応急セットをしまいながらハルヲが口を開いた。
「そういえばどうして【ブラウブラッタ(青い蛾)】の団長さんがここに??」
「オレが早駆けを出したんだ。【ブラウブラッタ(青い蛾)】の名を語っているヤツがいるぞってね。きっと誰かしら動くと思ってな。案の定、不届き者の顔を拝みに行くって返事がすぐにあった。そんで潜る場所と時間を教えた、団長自ら来るとは思わなかったよ。でも、間に合わなかったな」
「それを言わないでよ」
マッシュの言葉にオットが渋い顔を見せた。
アッシモを逃がしたのは確かに痛い。
だが、
オットは地面で呻く者たちを眺めて顔をしかめる。
「何か知っていそうなヤツは⋯⋯いないね」
オットが嘆息するとハルヲが奥で伸びている
オットが近づくと、うつ伏せに伸びている
両目が潰れているケルトの姿にオットが笑みをこぼす。
「はは、これはまたえげつないね。両目が潰れているよ。でもまあ、口は大丈夫だし、知っていることは全て話してもらおうか」
飄々と笑みを浮かべ、目には鋭さが増していった。
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