第163話 火蓋

 全方向からの炎と氷が【スミテマアルバレギオ】を襲った。

 逃げ場のない炎と氷に体が燃えて炭になるのか、凍てつき氷の彫刻と化すのか二つに一つの選択だ。


「へっ!」


 アッシモの口元が笑みを浮かべ、終わったと笑いを発した。

 あっけない幕切れは予想通りでもある。決裂の場合は最小の力で潰す。

 【スミテマアルバレギオ】は【吹き溜まり】での探索中に不運にも絶滅。

 念の為に遺品を【吹き溜まり】に投げに行かないとか。

 面倒くさいが、まぁ、仕方ない。

 万全を期すためにも念には念を入れて、怠ることは自分たちの首を絞めることになりかねない。

 


 ケルトもまた眼前に迫る兎に脅威など感じることもなく、身構えることすらしない。

 迫り来る兎の刃が届かくはずがないと、信じて疑わなかった。

 炎に吹き飛ぶ姿を見つめて終わりだ、ケルトは迫り来る刃の先と、それに向けて放たれた炎の行く末を見つめているだけだった。


 サクッ。


 あれ?


「いってええーーー!」


 ケルトの肩先にカズナの刃が突き刺さる、炎に吹き飛ぶはず? だろ?

 有り得ない、有り得ない。

 驚愕と混乱。

 肩が発する痛みと熱さが事実だと訴えている。

 反射的に体をひねり致命傷は防いだ、ただ肩の付け根に深々とカズナの刃が突き刺さり真っ赤な血を噴いていた。


「チッ」


 一発で決めるつもりだったカズナは不満を隠さず舌打ちをした。

 目を見開くカズナ、すかさずケルトの眉間へと真っ直ぐ刃を突きだす。

 混乱する頭でぎりぎりの所で躱していく。刃はこめかみを掠って行き、パックと開いた皮膚から血が滴り始めた。

 


 炎で焼かれないのか? 凍てつく体に凍死するはずじゃないのか?

 アッシモの目が、自身の予想を覆す。

 想定していなかった光景、傷一つなく向かってくる。

 バカな!

 アッシモは叫びそうになる衝動を必死で抑えた。

 【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】に混乱と驚愕が入交り、パーティーの統制が取れていない。

 終わったと高を括った。今のこの現状が理解出来ない。

 大きな油断に生まれて、わずかな隙。

 【アウルカウケウスレギオ】のパーティーに混乱が影を落とす。

 ざわつくことすら出来ず、目の前に起きたことが信じられずにいる。

 間違いなく直撃していた。

 焼かれるはずの体、凍てつくはずの体、直撃した炎と氷が消えた? 

 誰しもが同じ困惑を浮かべた。

 キルロの口角が上がる。

 混乱しているうちに叩かせて貰うよ、【スミテマアルバレギオ】のパーティーは見逃さない。


「マッシュ!」


 ハルヲの叫びにマッシュが頭を下げる。

 外套の下から小さな剛弓を構えると二本の矢を放つ。

 唸りをあげて放った矢がアッシモを襲う、混乱する思考のまま頭を下げると脳天を掠め後ろの棚へ轟音と共に二本の矢が突き刺さっていった。

 ハルヲの弓を合図に一斉に【アウルカウケウスレギオ】へ襲いかかる。

 立て直す隙を与えるな。

 ベヒーモスの皮で出来た外套をたなびかせ、切っ先を向けていく。

 慌てて構える敵に対して剣を振り下ろし、拳をぶつけていった。


魔術師マジシャンは後回しでいいぞ!」


 しなやかな動きで剣を避ける猫人キャットピープルを相手にしながらキルロは叫んだ。

 ベヒーモスの皮が魔法を吸収してくれる。魔法攻撃は無視で構わない。こんなに早く役立つとは、ヤクラスに感謝しなきゃな。

 

 フェインの拳に男が鼻をあらぬ方向へと曲げ吹き飛ばす。

 ユラが敵のこめかみを力の限り振りぬく。

 頭蓋骨から鈍音を鳴らすと泡を吹いて崩れ落ちていった。

 

「調子に乗るなよ!」


 アッシモが両手に手斧を握ると、鬼人のごとく怒りに顔を歪ませ飛び込んできた。

 マッシュが横からアッシモに長ナイフを振る。アッシモは手斧でそれを簡単にいなす。

 激しく鳴る金属音と共にしびれる衝撃が、マッシュの右手に響いた。

 奇襲もここまでか。

 三分の一は減ったか。それでもまだこちらの倍以上の人数が取り囲んでいた。

 魔術師マジシャンたちもすぐに武器を手にする。さすが手練れの集団、切り替えが早い。

 にらみ合いになりそうなところへ、ハルヲが剛弓を放つ。

 休む暇、考える暇を与えてはいけない。

 ハルヲの放つ矢が囲みを崩していく。【アウルカウケウスレギオ】の統制を取らせはしない。

 ここで攻撃の手をゆるめるな。

 ハルヲは休む事無く矢を放ち続ける。

 

 ケルトの鼻先を何度も刃が掠めていく、後ずさり、のけぞり、素早い動きで繰り出す刃を必死に避けている。

 避けた拍子に踵が岩へ引っ掛かるとゴロゴロと無様に後ろへ転がっていった。

 少し開いたカズナとの距離に急いで腰に携えていた鞭を手にすると、すぐに地面へ叩きつけ、バチンと締まった音を鳴らす。

 

『グググググゥ』


 洞窟の奥から低い唸りが聞こえる。

 のそりと2Mi近い大きな影。

 二頭の岩熊ラウスベアが、のそりと姿を現した。


「ゴー!」


 ケルトの号令に二頭の岩熊ラウスベアが一直線にカズナへと駆け出す。

 テイムされているのにも関わらず目は血走り、口からはだらしなくよだれを垂れ流していた。

 その姿にカズナの中に少しの違和感が走る? ちゃんとテイムされているのか? 

 ゆっくりと考えている暇は与えてくれない。

 巨体に似つかわしくない素早い動きでカズナへ突進する。

 大きな体を支える為の太い手が吹き飛べとカズナに向けられ、眼前を巨大な爪が空を切っていった。

 風圧が顔の皮膚まで震わせ、食らったら頭ごと持っていかれるのは間違いないと認識出来る。

 二頭が交互に右から左から上から下から、空振る風圧を感じながら、カズナは後ろへと下がるしか出来なかった。

 防戦に回るカズナを、抉れた左肩を押さえながらケルトは満足げに眺めている。

 カズナの脚がグンと折れると勢いをつけ岩熊ラウスベアの隙間を縫っていった。

 そのスピードに岩熊ラウスベアは全くついて行けない。瞬足を魅せる兎の脚が、一直線にケルトへ向かう。


「甘い!」


 ケルトの右腕から鞭がしなり、伸びる。

 まるで毒蛇のようにうねりながら、カズナの鼻先を喰わんばかりに捕らえる。

 

「ツッ!」


 首を傾げて鞭を避けたがしなる鞭が頬を掠め、被っていたフードを吹き飛ばした。

 

「兎⋯⋯かよ」


 露わになった長い耳に驚きを隠さない、それは兎人ヒュームレピスという存在ではなく、この場に兎人ヒュームレピスがいるという驚きだった。

 執拗なまでに自分を狙う存在が、兎人ヒュームレピスだったことに驚きはあったが混乱はしない、そういうことか。

 ケルトはひとり納得する。

 頬から血を滲ませながらケルトを睨み続けた。

 背後から再び岩熊ラウスベアが向かってくるのが分かる。

 岩熊ラウスベアなど気に留める素振りもなく、再びケルトへと駆けた。

 何度となくしなる鞭が眼前を掠めていく。

 スピードは落とすな。

 カズナは唸る鞭に集中しながらケルトの眼前へ疾走する。

 ケルトは眼前へ迫るカズナのスピードに驚愕の表情を浮かべた。

 行け!

 カズナはさらに脚へ力を込め、ケルトの眉間へと刃を伸ばす。


「なんてね」


 ケルトは口角を上げる、カズナの刃を躱すと鞭の柄に仕込んでいたナイフが飛び出す。

 勢いのままに迫るカズナの大腿部がズブリとナイフを飲み込んだ。


「がはっ!」


 しくじった、痛みに耐える間もなくすぐに後ろへと跳ねる。ぬぷりとイヤな感触が腿から伝わるとナイフが体より抜けていったのが分かった。

 ドクドクと脈打つ鼓動に合わせて血が溢れていく。

 痛みはさほど感じられない、ただ脚に力が入らない。

 険しい表情でケルトを睨むと下卑た笑みを浮かべ再び鞭を振るう。

 思うように動けない。

 ギリギリの所で致命傷を逃れるのがやっとだった。

 唸る鞭が体中の皮膚を抉るとジンジンと熱を帯びた痛みが全身を包む。

 岩熊ラウスベアの足音が聞こえる。

 奥歯を噛み締め鞭を払いのけていく。

 

 終わりじゃない。


 目の奥にゆらめく炎をさらにたぎらせる。

 刺し違えてでもコイツは葬る。

 カズナは力の入らない脚へ今一度、力を込めた。

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