第162話 再会と不遜

 耳をそばだて、微かな音を拾おうとカズナは暗闇で目を閉じ耳に神経を集中していた。

 人の声がする。

 話す内容が聞こえれば敵なのかそうではないのかはっきりとするのだが、耳に届くその音は微かに人の声だと認識するので精一杯だった。

 カズナは注意深くゆっくりと前に進み、後方へハンドサインを送る。

 マッシュが後方に同じサインを送り、音の方へとパーティーはにじり寄って行く。

 こんな所で何をしている? 敵であろうがなかろうがこんな辺鄙へんぴな場所で一体何が出来るというのか。

 通路の先からわずかだが光が漏れているのが見えてきた。

 間違いなくあそこに誰かいる。

 剝き出しの岩からキラキラと白精石アルバナオスラピスが小さな光を発し、暗がりにわずかな光を与えていた。

 

(((おーい!)))


 洞窟の壁に男の声が反響した、通路の先で誰かを呼んでいる。

 カズナが止まれと指示を出す。


(((【スミテマアルバ】だろう、来いよ!)))


 全員で顔見合わせ驚きを隠せない。

 侵入を知らせる仕掛けがどこかにあったのか?

 険しい表情で正解を模索する。

 味方である可能性は限りなく低い、分かっているのはそれだけだ。

 マッシュはヨークに目配せをするとヨークは黙って後ろへと下がって行った。

 芳しくない状況、打破するすべが見当たらない。

 行くしかないか。誰もがその選択肢の無さに諦めにも似た答えを出した。

 罠だとしても飛び込むしかない。

 その呼ぶ声が味方である可能性に淡い期待を抱き、光の射す方へと歩んで行った。

 光は徐々に強くなりそれがランプとそれに反射する白精石アルバナオスラピスだと分かる。

 まぶしいほどの光ではないが生活するには充分な光量が漏れ、通路を抜けると10Mi程の開けた場所に当たった。

 天井は高く15Miはゆうにある、吹き抜けの丸い広間に20人程が何やら動き回っている。

 2階部分は広間をなぞるように回廊状になっており、1階部分から岩を切り出した階段で繋がっていた。

 2階部分を見渡すとどこへ繋がっているのか分からない、いくつもの洞口が見える。

 正面には簡素なテーブルや椅子が整然と並べられ、テーブルの奥には書斎机があり、さらにその後ろの開けた空間に書棚がポツリと置かれていた。

 キルロたちが通路から姿を見せると気が付き始めた面々が、指さしながら視線を向ける。

 そんな中、書斎机に座り微笑む男【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】団長アッシモ・ラルトフはキルロに向けて手を上げて見せた。


「よお、思ったより遅かったな。久しぶり!」


 軽い調子のあいさつに戸惑う、狙いが全く見えない。敵なのか味方なのか、それすら見えてこない。

 警戒を解く程の信頼も出来ないし、攻撃する程の理由もない。

 何も出来ない状況に戸惑いと困惑だけがグルグルと渦巻いていく。


「何だよ、随分と警戒しているな。そんな固くなるなよ、知らない仲じゃないだろう?」


 アッシモの言葉とは裏腹に周りを囲むヤツらは剣呑な表情を浮かべ殺気を放っている。

 アッシモは相変わらずニコニコと笑顔を崩さず、キルロたちを見つめ警戒を解かないことに困った顔を見せていた。


「なんでこんな回りくどいことした? 普通に呼び出せばいいだろう?」


 キルロの言葉にアッシモはさらに笑みを深める、プっと噴き出しながら口を開く。


「なかなかいい封書だったろう。ホントぽいウソを考えるのは結構大変だったんだぜ。ウソだと分かる絶妙なあんばい。この間会ったとき、【ブラウブラッタ(青い蛾)】に身内がいるっていうのを思いだしてね。我ながらいい出来だと思ったんだけど、どうだった?」


 ふざけているのか本気なのか、なぜだか上から目線で語ってくる。

 絶対に負けない自信があるのか。

 食えねえヤツだ。

 何を考えているのかさっぱり分からない、潰す気ならすぐに襲って来そうなものだがそれもしない。

 アッシモひとりがこのやり取りを楽しんでいる。それも腹立たしく感じた。


「答えになってないぞ。質問に質問で返すな」

「そう、焦るなよ。普通に呼んだって来ないだろう。ましてやこんな辺鄙へんぴな所に呼び出しなんて怪しくて仕方ない。だから確実に呼び出す方法を考えたのさ」


 得意満面にアッシモは言い放つ、腹立たしいがここまではヤツの手のひらに転がされている。


「そもそもここはなんだ?」

「ああ、それを教えるかどうかは今後の君たち次第だな」


 こちら次第?

 パーティー全員がさらに身構える、何をさせようというのか皆目見当もつかない。


「そういえばこの間ケルトがお世話になったね。たしかそのへんにいるんじゃなかったかな? おーい! ケルト!」


 奥で作業していた調教師テイマーのケルトが小走りで現れた。

 後方に控えていたカズナがその姿にフードの奥の目が見開く。

 今まで見たことのない殺気を放ち飛び出そうと身構える。

 その刹那、ユラがすぐにカズナの腕を押さえた。

 尋常じゃないカズナの殺気にひとり気がつくと、カズナを押さえこむ。


「離セ!」


 カズナはユラを睨み眼前で吠える。

 ユラは全く動じることなく首を横に振った。


「アイツダ! アイツが灰色の犬ダ! 離セ!」


 ユラはカズナにうなずくと掴む腕にさらに力を込め、カズナの顔を自分の顔へ近づけた。


「今じゃない。少しだけ待て、必ずアイツをぶっ飛ばせるから少しだけ辛抱しろや」


 興奮状態のカズナにユラの言葉は半分も届いていない。ユラを振り切ろうともがくカズナをさらに強い力で抑え込んだ。


「落ち着け! アイツがおまえの所を襲ったのは分かった。これでアイツらが敵だということもはっきりした。だから少しだけ待て。団長のためにも少しだけ待ってやれや」


 “団長のために”という言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す。

 ユラはひとつ頷き続けた。


「なんかよう、ムカつくやつらだよな。あとで思い切りぶん殴ってやろうぜ」


 カズナはユラをひとつ睨むと諦めたようにうなずく。

 ケルトから視線は逸らさずフードの奥から睨み続けた。


「あの時は世話になったな」


 ケルトが軽く手を上げたが、キルロたちの剣呑な雰囲気に肩をすくめた。

 のらりくらりと結局何がしたいのか全く見えない。

 キルロは大きく嘆息する。


「もういいから、何がしたいんだよ。ここになぜ招き入れた?」


 アッシモの顔からようやく笑みが消えた。

 真剣な表情を見せ少し考える素振りを見せる。


「最近さぁ、【スミテマアルバレギオ】に散々やられていてね。このままウチに辿り着くのも、まあ、時間の問題かなって。それで考えたんだよ、潰すとなるとそれ相応の代償を払わないとならないし大変でしょう? だったら仲間に引き入れればいいかってね。味方にしたら相当に心強いし、こちらの足りない部分を有に補えるからね。てことで、どうだいウチと手を組まないか?」


 テーブルの上で手を組みじっとキルロたちを見つめた。

 眉間に皺を寄せるキルロが答えようとすると、マッシュがキルロの肩に手を置きずいっと一歩前に出る。


「アッシモ、こっちのメリットはなんだ? そもそも【スミテマアルバレギオ】の金が欲しいだけだろう? 【ヴィトーロインメディシナ】の金を止められ、オーカでこけて、ジリ貧なんののはバレバレなんだよ。 手を組む? 冗談言うな。ヤルバのやり口、最北での罠の張り方。どれもこれも気に入らないね。だいたい追い込まれているのはそっちだ。まぁ、泣いて謝った所で許す気なんざぁ、微塵もないがね」


 マッシュは小首を傾げると思い切り上から目線で言い放つ。

 冷ややかな視線と口元には軽い笑みを浮かべ、アッシモに対し言葉放った。


「最北? ってなんだ? まぁ、いいや。メリットね⋯⋯、それは何事もなかったようにここからお帰り出来るってことだ。にこやかにさよならを言ってお終い。その反対、デメリットならここで一生のさよならを言ってお終い。分かりやすくていいだろう」


 表情は変えず、声のトーンだけが愉快そうに言葉をこぼしていく。

 マッシュのおかげでひと呼吸おける。

 キルロの頭は冷え、冷静にこの場を見渡せた。

 すでに逃がすつもりはないようだ、しっかりと周りを囲んでいる。

 魔術師マジシャンが多いのか? 6、7人がぶつぶつと俯き、すでに詠唱に入っているのが見えた。

 キルロが両手を広げるとわざとらしく大仰な口ぶりで言い放つ。


「アッシモ、学者様なのにおまえ頭悪いな。正解が分からないとはね。かわいそうな学者様にお教えしましょう。正解はおたくらがここで壊滅して、さようならだ」


 キルロの言葉が言い終わるか終わらないかというタイミングでカズナの脚が、全身が、バネと化し、目で追えないほどの爆発力でケルトの眼前へと迫った。

 アッシモもまたキルロの言葉に目を細め冷ややかに怒りをたたえ、立ち上がり構える。


「チッ! やれ」


 アッシモの合図に魔術師マジシャンの手から一斉に赤や青のまばゆい光を放つ。

 赤い光は炎となり、青い光は氷の粒と化す。

 右から左から前からと炎と氷が一斉に【スミテマアルバレギオ】を襲う。

 逃げ場のない光が【スミテマアルバレギオ】を取り囲むとアッシモはさも当たり前のように勝ち誇り、愉快気な笑みを浮かべ悦に浸っていた。


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