第161話 封書と罠

「兄貴からねぇ⋯⋯」


 鍛冶屋の飾り気のない居間でマッシュが手紙をヒラヒラと弄ぶ。

 腑に落ちない感じがありありと伺える。

 テーブルに置いたカップから、ひと口お茶を口に含むと口をへの字に曲げて手紙を乱暴に投げた。


「なんか気に入らない感じ? すぐに食いつくかと思ったけど意外ね」


 気が乗らないマッシュの様子にハルヲは少しばかり戸惑いを見せる。

 反勇者ドゥアルーカ絡みの可能性を示唆されて、こんなに気がないマッシュを初めて見たかもしれない。


「このタイミングで怪しい入口を兄貴が見つけるってどうだ? 怪しいのは入口じゃなくてこの手紙だ」


 テーブルに投げた封筒をパンと軽く叩いて見せる。

 罠?

 居間に集う三人の頭に真っ先に浮ぶ言葉。

 誰が? 反勇者ドゥアルーカのヤツら?


「兄貴のキシャとは連絡はつかないのか?」

「クエスト中で多分無理だ。そもそもどこにいるのかも知らんしな」

「罠だと分かったうえであえて相手の懐に飛び込む? それはあまりにも危険よね」


 罠にすると雑な感じが否めない。

 姿が見えなかった時とは違い、ここ最近粗さが目立つ気がした。

 この強引な感じが、らしくない感じがする。


「この手紙がダミーだとして何がしたいんだ? 呼び出して何がしたい?」

「普通に考えれば呼び出して罠に掛けて潰すってとこかしら?」

「まぁ、そうだろうな。バレバレってのが逆に気にはなるが」

「そこな。やり方が粗いんだよ。ここにきて急に慎重さが欠けてきてないか?」


 三人とも唸るだけで黙りこくり居間が静まり返る。

 各々が逡巡し、出そうにもない答えにもがく。

 そこはかとない息苦しさが覆い、見えてこない答えが恨めしい。


「何を考えて、こんなものを送り付けたのか。確かめるには行ってみるしかないのかね」


 少し投げやりなキルロの言葉に、怪訝な表情を浮かべながらもうなずいた。

 危険は承知の上、見えない答えに悶々と過ごすのもしっくりこない。


「ヤクラスからこの間の素材が届いたんで潜るのなら、ちょっと準備する時間貰えないか? 2、3日もあれば充分だ」

「オレもちょっと声を掛けたいヤツがいるんで時間が欲しい」

「それじゃあ四日後にスタートで、他のメンツには私から声を掛けておく」


 ふたりが店をあとにした。

 漠然と不安しかないクエストが始まる。

 いい結果につながるかはなんとも言えない。

 それでも始めるか。

 気持ちを切り替えてキルロは奥の工房へと向かった。





 ミドラスから北東に街道を進む。

 途中に何回かのエンカウントを繰り返し進んで行った。

 東に向かいさらに北上すると【レグレクィエス(王の休養)】へと到着する。

 先日の最北での襲撃が影響しているのか、補給や休憩の起点となるべき場所にも関わらず全員が出払っていた。

 人っ子一人いない空間は寂しく、いくつもの大型テントが風に寒々しく揺れている。


「誰もいないな」


 ヨークが辺りを見回し言葉をこぼす。

 活気がないとこうも寂しくなるのか。


「悪いな、敵の陣中に飛び込むクエストに突き合わせて」

「構わないよ。いつものことさ」


 肩をすくめてニヤリと笑った。

 

「潜るのは明日カ?」

「そうだ、今日はとりあえず準備して明日に備えよう」


 キルロの言葉にカズナは頷き、直ぐに荷下ろしを始めていった。

 パーティーとして洞窟に潜るのは始めてだな、どんな感じ何だろう。

 カズナと一緒に荷物をまとめながらぼんやりと考えていた。

 フェインは地図を広げ明日のルートについて調べている。

 

「ちょっと誰か! 馬小屋の整理手伝って!」

「はーい、今行きますです」


 馬を繋ぐ準備をしているハルヲが助けを求めた。人がいないってのはこういう時不便だな。

 明日に向けて準備が整うと誰が言うでもなくテントへと吸い込まれて行く。

 口数は少なくこれから起こることを、あれこれと思考を巡らしてみる。

 それが徒労に終わるという事は分かっていた。誰も漠然とした不安は拭えない。無理やり寝袋をかぶって目を瞑るも、まんじりともしない夜が過ぎていくだけだった。



「行こう」


 日の出とともにキルロの号令で深い森の中を進む、獣の鳴く声や鳥のさえずりが耳朶を掠める。

 真っ黒な外套を羽織り、黒ずくめのパーティーが出来あがる。

 見た目だけで言えば完全なる悪者ヒールだ。

 フェインが地図を見ながら木々の合間を縫うように歩を進めて行く。

 湿り気を帯びた森の空気がパーティーを覆う。

 靴底に朽ちた葉がまとわり付く。

 柔らかな土は足取りを重くさせる。

 心のどこかに進みたくないという気持ちがあるのかもしれない。

 

「この辺りです」


 立ちはだかる岩壁に当たった。

 3Miほどのそこまで高くない壁が、左右を見渡す限りずっと立ちはだかっている。

 フェインの指し示す辺りを手分けして探していく。ツタが這い、苔むした連なる岩壁。

 被る土くれをこそぎ落しながら隠れている入口を探し求めた。

 土だらけの手を払い、ふと目の前をのぞき込むと不自然にくぼんだ岩の切れ目。

 切れ目に合わせて土を払っていく、大人ふたりくらいは通れそうな切れ目が岩に刻まれている。

 グッと力を入れて押してみたがビクともしない。

 

「これは?」


 ヨークが地面に突き刺さる木の杭らしきものを指さす。人の手が加えられているように見える。

 ユラが力まかせに引き抜くといとも簡単に抜け、勢い余ったユラが尻餅をついた。

 抜けた杭の先には鉄線が頑丈に括り付けられ、あきらかに扉の鍵であることを示していた。

 くぼんだ岩壁に注視していると、しばらくもしないうちにゴゴっと静かな音を鳴らし扉が横へと開いていく。

 

照光ルーメン


 キルロが握る小枝に詠唱すると淡い光の玉が先端で暗闇を照らした。

 フェインがそれを受け取るとマッシュと共にゆっくりと暗闇の中を進んで行く。

 ゴツっという感触をフェインが足元から感じた、何かを踏んだ気がした。


「何か床がへこみましたです!」


 フェインの足が、床が沈むのを感じ取り、慌てた声を上げた。

 背中越しにゴゴっと扉が閉まる音。

やられた、閉じ込められた。


「ど、どうしますす⋯⋯」


 フェインが踏んだ場所を何度も踏みなおしたが、開く気配はなかった。

 いちいち仕掛けが凝っている。


「進むしかないな」


 誰に言うでもなくマッシュが呟く。

 前へ進むしかない、最初からそのつもりだ。

 陽光は全くなくなり、完璧な暗闇が訪れる。夜目の利かない者たちへ、キルロが淡い光を手渡していく。

 剝き出しの岩が淡い光に照らされている。

 曲がっているのか真っ直ぐに歩いているのか、狭い視界に方向感覚が狂いだす。

 淡い光に白光の粒がキラキラと反射する。

 粒の数はどんどんと増えていき夜空に瞬く星のようにパーティーを頼りなく照らす。

 まるで星の中を歩いているかのような幻想的な光景に息を飲んだ。


白精石アルバナオスラピス⋯⋯」


 キルロは天井まで覆いつくす白光の粒を見上げながら呟いた。

 白精石アルバナオスラピスがこれだけあるということは、この先は黒素アデルガイストが濃いという事か? 行きつく先は【吹き溜まり】?

 

「フェイン、入口の岩壁の先に【吹き溜まり】ってあったりするのか?」

「ちょっと待って下さいね⋯⋯」


 フェインが地図を広げるとみんなが覗き込んだ。

 キルロが頭上から地図を照らし出す。


「【レグレクィエス(王の休養)】から北に進んで岩壁に当たりました。洞窟の中は緩やかに西へと曲がっています。⋯⋯なので壁から西方へ⋯⋯あ! ここに大きくはないですが、【吹き溜まり】がありますです。ここから1Mkほど北へ上がったところですね」

「近いな。そこに誘導しているのか?」

「この洞窟の感じだと、そこに繋がっている可能性は高いな」


 頭上からキルロが声を掛けるとマッシュが同意する。

 みんなも同じ意見だ、異論を唱えるものはいなかった。

 しばらく進むと通路が左右に分かれ、その前で立ち止まる。

 どちらを選ぶべきか逡巡する。


「どうするの?」


 ハルヲがキルロに問いかける。ふたつの通路を見やりながら、キルロは可能性について思考していった。

 

「フェイン、【吹き溜まり】に繋がっているのはどっちだ?」

「方角的に考えると右側です」

「よし、じゃあ左に行こう」

「【吹き溜まり】を目指さないの?」


 ハルヲが少し驚いた顔を見せた。


「【吹き溜まり】に繋がっていると分かっているんだ、わざわざ行く必要はないだろ。行くなら未知の方角」

 

 キルロは左の通路を指差しニヤリと口角を上げた。


「何かっこつけてんのよ」


 ハルヲはキルロをひとつ睨み嘆息した。

 ゆっくりと左の通路へパーティーは飲み込まれていく、パーティーの岩を踏む足音しか聞こえない。

 道なりにひたすら進む。

こうも暗いと距離の感覚も麻痺していく。

 どれくらい進んだのか進んでいないのか⋯⋯。


「止まレ!」


 カズナが静かに吠える。

 カズナの大きな耳が何かを捕らえた、耳に集中し微かに響く音を拾っていく。


「何かいル」

 

 カズナの囁きにパーティーの空気が張り詰めていく。

 カズナを先頭にゆっくりと進み、止まっては聞き耳を立てる。

 聞き耳を立てているカズナの表情が曇り険しくなっていく。


「人の声がすル⋯⋯」


 呟いたその言葉にパーティーの緊張度は一気に上がっていった。

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