第150話 猫の尻尾
何か気に入らない。
完璧だったはずの計画に
美しい調べが少しばかりの
ローハスひとりで何ができるというのか。
まわりのヤツらのように絶望して、力なく天井を仰いでいればいいものを。
だが、ヤツの目は死んではいない。
それには気づいていたが、何もできまいと高を括った。
頭の片隅で鳴り続ける
「ローハス様、ご加減はいかがですか?」
わかりきったことを聞く、良いわけがない。
日の当たらないじめじめした部屋で、ひょろひょろと生えるキノコの気分か。
ローハスはロブを一瞥するとすぐに視線をそらす。
「わりきったことを聞くな」
いつものやり取り。
いや、どこか機嫌の良い感じを受ける。
ちょっとした空気の変化。
希望?
それはいただけませんね。
ここで安穏と生き長らえば良いのだ、いらないことを考えては困る。
一礼してその場を離れる。長く高い廊下に出ると辺りを伺った。
「セロ、ブックスを洗いなさい。場合によっては私も出ます」
「はっ」
胸に手を置き静かに去っていくセロの去り際にまた声をかける。
「何かあればすぐに連絡を、頼みましたよ」
セロは再度一礼をした。
この胸のざわつく感じが気に入らない。ロブは顎に手を置き、得体の知れぬ煩わしい思いに険しい表情を見せていた。
マッシュとユラが黙々と馬車の準備を始める。潰れかけの小屋に準備した馬車を隠した。
ヨークとタント、カズナは別行動。ブックスは馬車の手続きだけして、いつも通りに過ごす。
マッシュが樽を開けてすぐの所に、中フタを取り付けていく。
「こんなもんどうするんだ?」
「ユラが寝ている間に作戦の変更があったんだよ。居留地まで馬車を持っていくのを止めた、街中をすんなりと抜け出すためのちょっとした細工だ」
「ふーん」
あまり興味示さないユラの返事だがさすがドワーフ、サクサクと作業を進めていく。
取り付けた中フタの上へパン粉をかぶせていくとパン粉がいっぱい詰まった樽の出来上がりだ。
出来上がったものから馬車に詰め込む、荷台にいっぱいにする必要はないがある程度の数は必要だ。
「こんなもんで騙せるかのう?」
黙々と作業するユラが疑問を呈する、騙されてくれないと困る。
突貫での作戦なんて穴だらけだ、臨機応変に対応するしかない。
「作戦の前倒しダ。あっちはもう限界ダ」
カズナが突然扉から横顔を見せ、それだけ言うとすぐに去って行った。
ユラと顔を見合わせ作業の手を急がせる。
居留地では今日も作業が続いている。繰り返す破壊が心を重くしていく。
あぶれて外でしゃがみ込む、小さな人の影も一気に増えていた。
ここはもう限界だ。
タントの顔が焦りで歪む。
「カズナ、マッシュのところに今夜決行って言ってきてよ」
「わかっタ」
言うか言わないかのタイミングでカズナは走り出していた。
「ヨークもブックスに伝えることできそう?」
「正直、難しいな。まあでもやるだけやってみるよ」
ヨークも駆け出す。
コルカスたちの説得は完了しているのか? 考えても仕方ない。
もう一日も待てる状態じゃない。
フラフラながらこき使われるヒューマンの姿が相変わらず痛々しい。獣人の見張りは三人か。
住んでいる
希少種の
嘆息するタントに同意する人はいない。飛び出して行ったふたりの分も、じっとひとりで身を潜め見つめていなくてはならない。
「イヤな光景」
誰に言うでもなく口からこぼれていった。
ブックスと連絡とれって言われてもなあ、どこでなにしているのかさっぱりわからない。
ヨークは街中に入るとあてもなく歩く。
中枢でローハスと相談でもしているのか?
行きそうなところ⋯⋯⋯、思いつかないな。
せっかく戻って来たんだ、一度帰ってリセットするか。
玄関をくぐると紙切れが一枚扉の隙間から投げ込まれていた。
手に取って眺める。
いやぁー、芳しくないな。
後ろ手に頭を掻く。
ブックスが感づかれた旨を伝えるものだった。
どこまで感づかれた? なんとか接触しないと、こいつはヤバイな。
接触できる方法くらい書いておいて⋯⋯⋯ん? 何だこれ? 紙切れが糊付けで二枚重ねになっていた、ペリっと慎重に剝がしていくと時間と接触場所が書いてあった。
夜七時の鐘。
【猫の尻尾亭】
ヨークの一瞬の逡巡。
まだ時間はある一度タントの所に戻ろう。
顔上げると居留地へと駆け出した。
マッシュとユラがガラガラと中心部をゆっくりと進んでいく。夕方の喧噪が始まろかという時間に三台の馬車が通りを抜けていく。
マッシュの馬車を連結させ、その後ろをユラの馬車がついていく形で、ゆっくりと進んだ。
目立つな、早いとこオーカを出たい。
人目を気にしながら何食わぬ顔で馬車を進めていく。
「そこの馬車止まれ」
チッ!
オーカの
軽装備に槍を携える
後ろを振り向きユラに動かぬよう目で合図を送ると、諦めたように嘆息していく。
「どうかしましたか?」
「えらい量だな。許可は取っているのか?」
「中身はスカスカですよ、これからですから。パンの粉を少し積んでいるだけです。見ますか?」
「うむ。見せてみろ」
ヒューマンたちに威厳を示したいのか、いちいちオーバーだ。
荷台に案内して樽を開けて見せる。
「ね、パンの粉でしょう? これが行商の登録証です」
樽を覗いている
「他の樽も見せてみろ」
「構いませんよ」
見ていた樽は早々にフタで閉じる、別の樽を開けて見せると“ふむ”と顎に手をやった。
「違うのも見せろ」
ああ。
そういうことか、面倒くせえな。
「構わないが、もう仕事終わる時間だろ? さっさと終わらせて明日に向けて英気を養ってはいかがですか?」
マッシュはそう言うと取り出した金貨を
「ううん、おかしなところはないみたいだな。道中は気を付けていくんだぞ」
「どうも」
マッシュは手を上げオーカの出口を目指した。
やれやれ、いらん時間を食ってしまったな。
気が付けば辺りはすっかり夕闇がつつみこんでいた。
地平線に太陽が飲み込まれていく、しばらくもしないうちに闇が覆う。
ヨークは再び街へと戻りブックスと接触を計ろうと試みる。
お世辞にも品がいいといえない店の扉を開け中へと進んだ。
罵声や大きな笑い声が響き、服の面積が少ない衣装を纏う
あまりキョロキョロとしないように心掛けて目だけで人の顔を追って行った。
「お兄さん、探し物かい?」
店員らしき
「切れ長の美人はいないか? 出来れば黒髪がいい」
店員は黙って首で合図を送ってきた。
言われるがままについて行くとVIP用のきらびやかな個室へと案内され、そこからさらに奥の隠し扉へと案内される。
豪華に飾れられた部屋を抜け、案内された部屋は殺風景で椅子とテーブルしかない、ただの小部屋だった。
「悪だくみに使いそうな部屋だな」
「オーカの中枢に仇なすんだ、ある意味悪者だ」
「たしかに」
ニヤリと笑うヨークの前にブックスが座っていた。
じっと潜んでいたのか。
ここじゃ見つけようもないはずだ。
「気づいて貰えなかったら、どうしようかと思ったよ」
「危うく捨てそうになったけどな。で、バレたのか?」
「どこまでバレたかはわからん。ただ、ずっとつけられて、まくのに苦労した。つけてきたってことは、まだ全容は掴んでいないと踏んでいる。ただ何かを企んでいるってのは感づかれた」
「チッ、勘のいいヤツだ。ここは安全か?」
「こんな店だ、口は堅い」
暗い部屋で男が二人でコソコソか、怪しい事この上ない。
「居留地の作業が想像以上に進んで
ブックスは逡巡する、やるしかないと決まっている。
前倒しになったところでやることは同じだ。
ブックスはうなずき了承を伝える。
「オレもあんたをフォローする。ローハスの所へ行こう」
ふたりは店の裏から出るとまわりに最大限の注意を払い、ローハスの元へと向かった。
巨大な城を模した建物を見上げ、中枢部への入り口を模索する。
表はもちろん裏口もダメ。
「どこか入れる所はあるのか?」
「この手の建物には必ず避難経路が確保してある。そいつを使おうと思っているのだが、どれを使うか⋯⋯⋯。ロブが全部把握して潰していたら終わりだ」
「そんなにあるのか?」
「8本だ。そこまで多くはない。ローハス様たちが休んでいる大広間へ通じる道は三本。それを使うしかない」
敵陣ど真ん中か⋯⋯。意表をつく形になるか、穴が潰れているか⋯⋯どっちに転んでも厄介には違いない。
裏道をスルスルと抜け町外れの荒れた草村へたどりついた。
「ここだ。行くぞ」
草をかき分けるとカモフラージュしている木のフタが現れる。
ブックスは静かに開き、ぽっかりと口を開けた真っ暗な穴を足早に下りて行った。
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