第149話 稀少種

「チッ!!」


 狭い居間に舌打ちが響いた。

 舌打ちの主は静かにフードを取ると腰掛けるコルカスを見下し、目を細め睨んだ。

 突然、目の前に現れた兎人ヒュームレピスにコルカスもナヨカも大きな目をさらに見開いた。


「おまえは一族を導く立場なのだろウ? 何をモタモタしていル?」


 兎人ヒュームレピスから向けられた突然の舌打ちを必死に整理している。


「助けを求めている同族がいるのニ、おまえは何をしていル?」


 静かながらも怒気の籠るその声色にコルカスの目は泳ぐ。

 小人族ホビットとはまた違う意味での希少種。

 種族は違えどこの世界における存在価値は同等。

 コルカスの黙る姿をマッシュは静かに見つめていた。

 兎人ヒュームレピス小人族ホビット、同じように心無いヤツらによって居場所を失っている。

 怒りとか悲しみとか依然に種族を守らなければいけないのが常なのか。

 黙るコルカスにカズナは続ける。


「オレはこいつらを襲っタ、それでもこいつらはオレたちを説得して、選択肢を提示しタ。考えることなんかなイ、一族が安全に暮らせるなラ、そうするだけダ。渋るヤツを説得すル、変化を拒む頭の固い連中ダ。もう一度言ウ、おまえは何をしていル?」


 淡々と兎人ヒュームレピス特有のイントネーションで語りかける。

 冷めた目でコルカスを見つめながら。


「コルカス!」


 ナヨカがすがる思いで名を呼ぶ、唇をきつく結びコルカスは逡巡する。

 考えるな、行動しろ。

 ローハスの言葉が頭の中で繰り返し再生する。

 顔を上げてコルカスは口を開く。


「あなたたちの所はみんなが幸せに暮らせるのか?」

「それはもちろ⋯⋯#〇$⋯⋯%⋯✕⋯」


 カズナがマッシュの口を手で塞ぐ。

 驚いているマッシュを一瞥することもなく口を開く。


「黙っていて幸せになるものカ。誰かが幸せにしてくれるなんて幻想にすがるナ。自らが幸せになろうと行動しテ、初めて幸せになれル。口を開けて待つヒナではなク、自ら幸せのエサを取りにいケ。希少種というものにあぐらをかくナ」


 同じ希少種としての言葉。

 小人族ホビットの二人は黙って聞いていた。

 カズナの言葉に希少種としての甘えは見えない。

 保護され生きてきた種と、生きるために知恵を絞り続けた種の経験の差なのか。

 

「まあ、まあ、まあ、まあ、不安もある状況だ。今はすがって貰ってかまわない。ただ黙っていて幸せにならないのはごくごく普通のことだ。おまえさんたちが移住したら仕事をして、生活をして街に溶け込んで、初めて見えてくるものがあるんじゃないかな? オレたちができるのは安心して暮らせる場を提供するだけ。すでに兎人ヒュームレピスという希少種を受け入れている。好奇の目に晒されるのは最初だけだ? なあ、カズナ」

「それくらいは我慢しロ。そんなものはすぐになくなル」


 ナヨカの心は決まっている、瞳に強い意志を見せる。

 コルカスの心も軟化しているのが見てとれた。当初のギザギザした剣呑な表情はなくなっていた。


「わかった。そうだな、まずは一族が生き延びなければ意味はない。頼む、一族を宜しく頼む」


 頭を下げるコルカスにマッシュは安堵の笑みを浮かべた。

 ナヨカも肩の荷が下りたのか力なく頭を垂れた、ずっと気が張っていたのか。


「さあ、グズグズしているヒマはないそうと決まったらどう動くか考えよう。コルカス、この居留地には何人いる?」

「子供も含めて40人程だ」


 随分と少ないな。

 子供サイズが40人と荷物か、馬車の手配が急務だ。

 持ってきている馬車は一台、少なくともあと二、三台は欲しい。


「馬車の手配はこちらでなんとかする。コルカスとナヨカは住人たちへの説明と説得。持ち運べる荷物は申し訳ないが最低限にしてくれ。服などに関しては現地でなんとでもなる。その辺を考慮して荷物を整理するように頼む」

「馬車二台くらいなら都合をつけよう、そのかわりにまた頼みがある」


 手を上げてブックスが名乗りでてくれた、願ってもないが頼みってなんだ?

 

「ぜひ頼むよ、しかし頼みってなんだ? オレたちでできることか?」

「おまえたちにしか頼めない。ローハス様も一緒に連れて行って貰えないか?」

「ああ、かまわんよ」


 マッシュの軽い返事にブックスは呆気に取られた。襲撃した人間をこうも簡単に受け入れるのか? 

 軽い混乱状態のブックスを見やりマッシュは嘆息する。


「そんな意外か? もうアルバで暴れることはないだろう? コルカスもいる、小人族ホビットたちがいる。気になるなら、お人好しの領主に一言謝ってしまいだ」


 肩をすくめながら答えた。

 ブックスは黙って頭を下げて見せる。大げさなヤツだ。


「頭を下げるほどのことじゃない、今回の件でおまえさんが必死に動いているのは知っている。まあ、ローハスはヒューマンを返せとは言わなかったからな。戻ったら、どうなるかわかったうえでそれをしなかったんだ? 違うか?」


 ブックスは何度もうなずき逡巡する素振りをみせた。

 居留地の小人族ホビットより監禁状態を抜け出すほうが、よほど難しくないだろうか。馬車は三台で40人、ギリギリか。


「準備に最低でも一日はかかる、見張りや作業員にバレないようにくれぐれも注意してくれ。警戒が上がってしまうと、一気に難しい局面となってしまう。注意喚起も忘れずに」


 ヨークが中央セントラルの人間らしく釘をさす。

 警戒がこれだけ薄いままなら連れ出すのは容易だ。

 何事もなくすんなり行ってくれよ。

 ノックの音ともにユラとタントが戻ってきた。


「中には入れて貰えたんだな」

「コルカスも移動に賛同してくれた、そっちはどうだった?」


 眉をひとつ動かしタントは嘆息しながら口を開く。


「なんというかな、はっきりしないヤツが多くて。移住することに反対ってわけでもないし賛成ってわけでもないし⋯⋯じゃあ、どっちよ!? って言いたくなる感じ」


 お手上げと肩をすくめた。

 隣にいたユラもタントの言葉にうなずく。


「ぶん殴るわけにもいかねえからよ、まいったな。でも家を潰されたヤツらは出たいって言うヤツがほとんどだ」

「そっか。ごくろうさん。あとの説得はコルカスとナヨカに任せてこっちは馬車の手配と移動の手はずをしっかりとやろう」


 マッシュの言葉にみんなが頷きあう。


「実際の決行日予定は?」


 コルカスの問い掛けに一同が沈黙し逡巡していく。


「ブックス、馬車の確保はどれくらいかかる?」

「金が準備できればすぐにでも」

「コルカス、住人の説得は?」

「馬車の手配に合わせて必ず」


 逡巡する。

 ここが勝負だ。

 

「二日後。明後日のこの時間に決行しよう。ブックス、金は準備するあとで渡そう。コルカスくれぐれも中枢のヤツらに悟られないように頼むぞ」



 


 翌日は睡眠もそこそこに動き始めた。ヨークが中央セントラルから預かっている余剰金を渡し、秘密裏に準備を始めた。

 居留地では今日も作業が進んでいるのは間違いない。

 焦るな。

 街に溢れる獣人にまぎれ準備を進める。

 ヨークとタントが馬車でのルートの確認がてら、居留地の様子をうかがい街へと帰還した。


「どうだった?」

「芳しくないわ。多分、明日全ての家が壊されると思う。今日一日で一気に数が減った」


 マズイな。

 家がなくなったあとの小人族ホビットたちの処遇がわからない。

 ほっといてくれればいいのだがそうじゃないとなると⋯⋯。

 イヤな想像もしてしまう、明日だと遅いのか?


「ルートはどうだ?」

「通常口から入ったほうがオーカからの脱出は容易だと思う。作業用に作った道の先が、敵のど真ん中の可能性もあるしな。街中をどう抜けるかだ」

「偽装の手はずはつけたが⋯⋯急ぐか。ユラ、カズナ手伝ってくれ隠れ蓑作るぞ」


 二人は立ち上がりマッシュのあとを追って行った。





「ブックスが何かコソコソとしているようですがどうされますか?」


 背中越しに犬人シアンスロープのセロが耳打ちしてきた。

 さして興味がないのか、つまらなさそうな顔をして立ち止まる。


「彼に何か出来ることがあるのかな? そうは思えないけど」

「なにやらローハスといつもコソコソと話しこんでいる姿を目撃していますが⋯⋯」


 ロブは辺りを見回す素振りをするとセロへ振り返った。


「ローハス様だ⋯⋯⋯⋯誰が聞いているかわからないですからね」

 

 薄い笑みをこぼしそれだけ言う。

 冷たい感情が笑みとともにこぼれていく。


「申し訳ありません。明日には土地の準備は整いますがアイツら⋯⋯⋯⋯存在なき存在はいかがいたしましょう?」


 慎重に言葉を選びながらお伺いをたてた。

 あごに手を当てロブは少し逡巡する素振りを見せる。

 表情はひとつも変えずに目元に冷ややかな笑みをたたえ、醜く口角を上げた。


「家がないのは可哀そう? イヤ、そもそも存在してはいけないのだから金のなる木の肥料にでもしたほうが良いですかね? どう思います?」

「仰せのままに」

「私は聞いただけですよ」


 セロは一礼すると去っていく。

 去って行く気配を背中越しに感じ、鋭い目つきが戻ると剣呑な表情を浮かべた。

 ローハス。

 何を企んでいる、今のあいつにできることなんて何もないはずだ。

 心のざわつきが表情を厳しくさせていた。

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