第151話 暗闇と白衣

 小さき者の嘆きが渦巻く居留地で、ゴソゴソと闇が蠢く。

 闇に溶け込む何かが蠢く。

 それは素早さもなく、意思も感じられない。


「ほら、これやるから言ってこい」


 猫人キャットピープルが小袋を手渡していく。

 薄ら笑いを浮かべ、緩慢に嬉々とした表情をみせる。

 終わっているな、こいつら。

 猫人キャットピープルは小袋を渡しながら蔑む。そこに仲間意識など存在してはいない。馬車の荷台から積み荷のごとく運ばれたヒューマンや獣人達を、凸凹とした簡易な林道へ次々に押し出して行った。

 出来たばかりの道をズルズルと重い足取りで進んでいく闇に蠢く者達。

 一直線に続くその道の先には存在しないと唄われている者たちが、小さな肩を寄せあっていた。 

 家を失い剥き出しとなっている存在なき存在に、意思なき蠢く者達が一直線に進む。

 闇はその姿を隠す。

 緩慢な動きが風切る音を隠す。

 意思のない者たちは気配もなく、音もなく、その存在を隠す。

 存在しないと唄われる者たちは、寄せ合う肩にひとにぎりの希望を握る。

 淡い期待は膨らみ続け、いつの間にか希望の種となっていた。

 だがそれは真っ新まっさらな更地に、のそりと現れる。

 希望の種をかみ砕き彼の地にばら撒くために。


「おい、来たぞ。帰ろうぜ」

「やっとか」


 面倒くさそうに現れた意思無き者を一瞥し、見張り役の獣人たちは帰って行く。

 タントとカズナは見張り役が一瞥した方向に視線を向ける。

 武装した集団が10名ほど、ダラダラと気だるそうに歩いていた。

 

 !! 

 マズイ。


「行くよ!」


 二人は森を抜け一直線に居留地へと疾走する。

 向こうの動きを読み間違えた。すべてを更地にするまで現状を維持すると決めつけてしまった。

 

 アイツら小人族ホビットの存在を本当に消すつもりだ。

 

 タントは心の中で吼える。

 闇の中を木々を掻き分け疾走して行った。

 




 オーカの出口を一瞥して無事に外へと抜けた。

 マッシュは後ろを振り返り次への行動を思案する。

 このあたりか?

 ヨークの言葉通り出口を抜け、少しばかり進んだところにある開けた場所。

 馬車を脇に止めて様子を伺う。

 つけられた様子もない、順調って感じかな。

 街道から少しそれたここは、オーカからもさほど遠くなく合流には打ってつけの場所だ。

 辺りは高い木々に囲まれ、街道を真っ直ぐ進む連中から見える事はない。

 まだ来ないよな。

 気配がないうちは消しておこう、ランプの灯りを消した。


「なあ、マッシュよ。これらはどうすんだ?」


 積まれた樽を指さす。

 そうだった、用は済んだし樽は捨てていくしかない。


「邪魔だし捨てていくか」

「パンの粉もか!? もったいねえぞ、食えるのに。袋に詰めてもいいか?」

「ああ、好きにしていいぞ」

「良し!」


 ユラは馬車に積んであった頭陀袋ずだぶくろに次々に、パンの粉を詰めていく。

鼻歌まじりでご機嫌だな。

 マッシュは空いた樽を荷台から外へと下ろすとユラと一緒に頭陀袋へ粉を詰めた。

 あとは待つばかりだな。

 真っ暗な道の先、オーカの方向へと視線を向けた。





 小さなランプの灯が人の背丈ほどしかない暗闇の中、足元だけを照らす。

 抉っただけの剝き出しの土くれを映し出す小さな灯りが、今は唯一の頼りとなる。

 ブックスとヨーク。獣人のふたりであっても全く光のないここを、灯りもなしに進むのは至難の業だ。

 どのくらい歩いたのか、もう近いのか、まだまだなのか、うす暗く何ひとつ変わることのない光景に時間の感覚も距離感も狂っていく。

 少し地面がのぼり基調になってきた、ぼちぼち到着か。


「ここだ」


 ブックスの囁く先に木のフタが見えた。

 ゆっくりとずらして中の様子を伺う、フタを一気に開けフタの外へと飛び込んでいく。

 ヨークも続く、ランプの灯りをすぐに消し部屋の奥で息を潜める。



◇◇ 一刻前 ◇◇


「なあ、ここ入ると部屋に直接出るって言っていたけど。おまえがうろついていた所で、怪しまれないわけだ」

「まあ、そうだな。ただ、いるのがバレたらローハス様を連れ出すのが一気に厳しくなるぞ」


 ヨークは逡巡する。待てと手を差し出し考える。いてもいい人間がコソコソするから目立つんだ堂々としていればいい。

 うろついていてもいい人間か。


 あ!?


「何本か避難経路があるって言っていたよな」

「ああ、でもそれがなんだ?」

「ちょっと考えがある⋯⋯⋯」


◇◇◇◇


 ブックスは照らし出す月明かりを頼りに廊下を進み、ひとつの扉の前で立ち止まる。

 ヨークは息を潜めじっと見つめていた。

 扉を軽くノックしブックスは部屋の中へと消えていく。

 すぐに扉から顔を出すと首を振り来るように合図を送った。

 ヨークは左右を注意深く確認し部屋へと滑り込む。


「その辺にあるはずだ」


 ブックスはそれだけ言うと、扉の横で耳をそばだて外の気配に注意を払う。

 ヨークは急いで部屋を漁り目的の物を探していると、ひとつのクローゼットの前で口端が上がる。

あった。

 誰のか分からない白衣を羽織って何喰わぬ顔で廊下へと出て行く。

 

 ふたりは白衣の手に入る部屋に一番近い避難経路を選んだ。

 ブックスが連れ出せないなら自分が連れ出せばいい。

 単純明快だ。

 教えられた通りに廊下を進む、馬鹿でかい両開きの扉。確かにこれは間違いようがない。

 扉を開き白衣を纏うヨークは何食わぬ顔で奥へと進む。

 光の入らない広間にいくつものベッドが並んでいる。燭台が照らし小人族ホビットたちから生気が感じられない。

 これは想像以上に酷いな。

 右奥から二番目⋯⋯⋯。

 あれか。

 天井ジッと見つめている男、他のヤツらと随分と雰囲気が違う。

 ヨークは不自然にならないように腰を折りローハスの耳元に自分の顔を持って行った。


「上を向いたままで。あんたローハスか? オレはブックスと動いているヨークだ」

「なんだ?」

「ブックスと一緒にあんたをここから出す、協力しろ」


 人の気配を感じて体を起こす、顔を凝視されぬように気を配った。

 思っていた以上に中では人がうろついている。

 広いとはいえバカでかいベッドが何個も並び部屋を狭くしていた。


「おい、小便がしたいトイレに連れていけ」

「ついて来い」


 見張りが近くにいるのを確認してローハスが口を開いた。

 ちょっとした茶番劇だ。

 ヨークを先頭にして扉へと向かう。

 あとはブックスと合流するだけだな。


「おい! おまえ、見ない顔だな?」


 クソ、もう一息ってところで。

 白衣を纏った犬人シアンスロープが怪訝な表情をしてヨークの顔を覗き込んだ。


「おまえ、所属は?」


 所属? デタラメでも思いつかねえ。

 イヤな汗が全身から噴き出す。

 固くならないよう柔和な表情を心掛け、微笑みを返した。


「⋯⋯あれ? 話がまだ行ってないか? 最近配属されたばかりだからかなあ? ⋯⋯」

「おい! なにをしている! 小便が漏れる。早くしろ」


 ローハスが背中越しに不機嫌な言葉を投げた。

 肩をすくめやり過ごす。


「お、そうだった。すまん、すぐ戻るから続きはあとだ」


 軽く手を上げその場をあとにした。


「助かった」

「まだだ。油断するな、ヤツらはすぐに気がつくぞ」


 二人は足早に廊下を進みブックスの待つ部屋へと急いだ。

 長い廊下を足早に進む。


 病室にセロが現れると部屋を見渡す。


「ローハスは?」

「小便だ」

「ひとりでか?」

「いやいや、ちゃんと見張りをつけている」


 セロはその答えに見張りを確認した、人数が減っていない?

 ローハスと出て行ったのは誰だ?


「ローハスと一緒にいったのは狼人ウエアウルフじゃなかったか?」

「違います。猫人キャットピープルです」


 猫? もしかしてブックスかと思ったが違うのか。

 誰だ?


「間違いないか?」

「間違いないです。新人の猫人キャットピープルです」


 新人?!

 もう一度見張りの数を数える。

 やられた!


「そいつは新人でもなんでもない! 曲者が侵入した! ネズミ一匹いや猫一匹ここから出すな!」


 しくじった。

 摂政に報告せねば。


「この騒ぎはなんですか?」


 いち早く騒ぎを嗅ぎ付けロブが現れ、厳しい目つきで辺りを見回す。

 バタバタと何人もの獣人が世話しなく動いている様に、心が泡だった。


「曲者の侵入を許しローハスを奪われました、猫です」


 セロの言葉に厳しい目つきで睨むと顎に手をやり逡巡する。

 ローハスを奪う? 奪ってどうする? 猫? 狼だったらまだ分かるが。

 ブックスはいったい何を企んでいるのだ? ブックスの仲間か?

 彼らを救うことでメリットのある人間が思い浮かばない。

 

 こちらの動きを邪魔したいだけか?

 

 邪魔することでメリットのある人間⋯⋯⋯。

 

 思い浮かばない。

 力のない小人族ホビットに肩入れして何かあるというのか?

 何はともあれ面白くないですね。

 頭の中で怒りという雑音ノイズがチリチリと思考の邪魔をする。

 真っ白なピースがうまくはまらず宙に浮いたままだ。

 気持ちが悪い、雑音ノイズにイライラする。


「何かいつもと違うものを見かけたら些細なことで構わないから報告させて下さい」

「わかりました」

「手引きしたのはブックスで間違いないでしょう。単独ではないことが証明されました。ブックスの仲間を洗って下さい、私も出ましょう。ローハスの存在は外に出てはいけない存在ですから。セロ頼みますよ」 

「仰せのままに」


 猫とローハスの痕跡を求め、セロはすぐに廊下を駆けて行った。

 

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