第137話 始まりと曝露

 みんな頑張っている。私も⋯⋯。


 暗い街道を心もとないランプで駆け抜けていた。

 ミドラスとの往復なんて大したことはない。

 一刻でも早く、無事に届ける。


「なあ、お嬢。今、どうなっているんだ?」


 ヤクロウが荷台から顔を出してきた。


「詳しいことは着いたらお聞きになってください。ただ言えることはみんな頑張っています!」

「そ、そうか」


 エレナは手綱を握ったまま鼻息荒く答えた。

 みんなが頑張ったら、なんとかしちゃうのです。

 それを知っている。

 

エレナの心が弱気になることはない。

 ただひたすらに前に進む。

 夜が明けて来た。地面がゆっくりと明るくなっていく。

 隣ではキノが、馬車の揺れに合わせて眠っていた。

 ヴィトリア着く頃には明るくなってそう。

 昇っていく光を見つめ、手綱を握り直した。 





 ニウダは裏通りを歩きしらみつぶしに家をまわっていた。

 オーカ以外からやってきた住人に怪訝な顔をされても、心が折れることはない。

 執拗に食らいつき、協力を仰いだ。

 めんどう事に巻き込むなと怒る獣人を必死になだめ説得する。

 ひたすら熱い思いを伝え、説明を繰り返し、納得して貰うまで食らいついた。

 この為に夜通しで、ネスタと準備した。

 キルロたちの尽力に少しでも答えたい。

 使命にも似た感覚が自分を後押ししている。

 しばらくもしないうちにオーカからやってきた住人たちが、ニウダに手を差し伸べ自発的に動き始めた。

 思ったより早い。

 残りの作業を住人にまかせて、ニウダは【キルロメディシナ】へと戻って行った。



 待合いで仮眠を取っていた。

 【スミテマアルバレギオ】は開店休業中だ。

 ここぞという時の為に、今は束の間の休息を取っていた。窓から差し込む陽射しは、目を閉じていても感じる。

 勝負の朝。

 いつもとは少し違う戦いが始まる。

 誰かを守るということに違いはない、みんな上手く立ち回ってくれ。

 そんな祈りにも似た想い。

 頭は疲れているのに深い眠りにつけない、少し眠ると目覚め、また眠っては目覚める。

 みんながそうだった、目を開けば誰かが目を開けている。

 ぐつぐつと心が煮えている。湧き上がる衝動ではなく弱火でじっくり煮込むような感じ。

 じわりと自分たちの使命の重さが時間の経過と共に増してくる。

 今は休む時。

 中の様子を覗き込み静かに扉が開いた。

 エレナお帰り。

 ハルヲは現実と夢の合間でうつらうつらと時を過ごす。





 うーん。

 キルロが身に着けた服を見回し唸る。

 落ち着かない。

 白いシャツに細身のタイをつけ、タイトな長めのジャケットを羽織り、髪はオールバックでまとめた。


「こんなんでいいか?」

「ちょっとラフですが、まあ良いでしょう」


 ヴァージの合格点を貰えたので、良しとしよう。

 動きづらいが仕方ない、全くなんでこんな非効率的な服装をお偉方はしたがるのかね。


「さあ、準備は出来ております。参りましょう」

「おう」


 ヴァージと共に馬車に乗り込んだ。

 さあ、勝負だ!


「あまり緊張していらっしゃらないですね」

「うん? そう言われればそうだな。まあ、命取られるわけじゃないからな。この間のドレイクに比べたら大したことないよ」

「ドレイクを存じませんのでなんともですが、緊張なさってないのなら何よりです」



「こちらへ」


 ヴァージが扉を開き中へと進む。

 キルロの一大勝負が始まった。




 

 ヤクロウとエレナが無事到着した。

 待合いで膝を抱え眠っている姿と、再建中の待合いの様子が目に入り、ヤクロウはいたたまれない気持ちでいっぱいになる。

 眠りの邪魔にならないよう空いている椅子へゆっくりと腰を下ろした。

 こいつらが小僧の仲間。

 小僧よりしっかりしていそうなヤツらばかりじゃないか。

 ヤクロウの心は複雑に絡まっている。

 元凶が自分にあるというのに、ただただ助けを待っているだけの臆病な自分と、自分が住人たちをなんとかしなければという義務感にも似た思い。

 片肘をつき無駄なことは考えるのは止めようと、眠るスミテマアルバを見つめる。


「うん? 誰だおまえ?」


 ユラが起きたばかりの眠そうな目でヤクロウを見つめる。魔女の格好をした子供だと思ったらドワーフだったことに少し驚く。


「ここの薬剤師のヤクロウだ、あんたたちキルロの仲間だろ?」

「おお、そうだぞ。あんたがヤクロウか。ふ~ん」


 眠いのか元々なのか、さして興味を示さず窓の外を見つめ呆けている。

 緊張感のかけらもないユラに少し驚く、大物か?! そんな風に考えるとなんだか愉快になってきた。


「魔女っ娘、名は?」

「ユラだ」

「ユラ、ヤツらはどうした?」

 

 まわりで眠っている人間がいる、小声で問いかける。

 ユラはさして気を使う素振りもなく大きく伸びをしながらいたって普通に答える。


「んあー、あれか? 明日また来るってよ。なんかここの住人を根こそぎ連れてくらしいぞ」

 

 根こそぎ? 自分だけじゃないことに驚き困惑する。

 全員をオーカに戻す? ありえない、しかもたった一人の為に。

 驚愕の表情を浮かべ固まるヤクロウをいぶかしげにユラはのぞき込む。


「んー? おまえ大丈夫か? 顔色良くねえぞ。あ! そうか! 大丈夫だ。今、団長が動いているからなんとかすんだろ」

「なんとかすんだろっておまえ……」


 あまりの緊張感のなさにヤクロウの中で焦りが生まれる、なんとかしないと。

 ゴソゴソと二人のやりとりにマッシュが起き出した。

 眠そうに目をこすり眼鏡をかけた。ヤクロウに気がつくと大あくびしながら、手をあげた。


「よお! そちらさんは?」

「薬剤師のヤクロウだ」

「お、あんたが。よろしくマッシュだ、あそこで寝ているおさげがフェインだ。ハルは知っているよな」

「ああ。よろしく、なあ、一体どうなっているんだ? 魔女っ娘の話じゃさっぱりわからん。あの小僧がなんとかするために動いているから大丈夫だってどういうことだ?」


 起きてこない頭をマッシュはゆり起こす、ヤクロウの言葉にうなずき大きく伸びた。


「まあ、ユラの言ったとおりなんだが……。明日ヤツらがお迎えにあがるそうだ。ここヴィトリアのお墨付きでな。国家間で交渉が成立したって、そんでお迎えを阻止すべく今、団長たちが動いている。そんな感じだな」

「は?! 国単位の話になっているのか?」

「ああ、そうだ」


 ヤクロウはさらに驚愕の表情を浮かべ、絶望にも近い無力感にさいなまれる。

 今までの苦労がたった数日で水の泡と化す。

 まるで全てが巻き戻るかのように。

 両手に顔をうずめなにも考えられない、またあの見たくもない光景が繰り広げられるのか……。


「ヤ、ヤクロウさん、大丈夫ですか?」


 聞き覚えのある声。


「お嬢……」

「どうしたのですか? らしくないですよ」

「そうよ、あんた何勝手にひとりで絶望しているの? 言ったでしょう、そうならないように動いているって」


 いつの間にか起きていたハルヲが呆れたとばかりに口を開いた。

 光の見えないヤクロウには響かない、ハルはその煮え切らない姿に怒る。


「あんたがそんなでどうするの!? みんなが迎えを回避しようと動いているのに、何ひとりで悲劇のヒーロー気取っているのよ! 前向いてシャキッとしなさいよ」

「でも、どうやって? 国同士で話ついているんだろう?」

「だから、あいつが今動いているんだって。そうならないように」

「ならないようにって……」

「まあまあ、なんとかなるさ」

「ですです。団長さんがなんとかしますです」


 あまりの自分との温度差に落ち込んでいるのがなんかおかしな事と思えてきた。

 なんだ? このパーティー、不思議なヤツらだ。

 気持ちを動けなくしていた枷がはずれていくのがわかる。

 固まっていた心が動き始めた。

 

「わかった。あんたらに賭けよう。出来ることがあればなんでも言ってくれ」


 ヤクロウは顔を上げた。

 マッシュがニヤリとその言葉に口角を上げ、ヤウロウの側にいくと肩に手を置いた。


「そうか、じゃあ早速だがおまえさんにしか出来ないことだ。取り急ぎ教えてくれ、おまえさんがやっていた研究ってヤツを」


 ヤクロウがマッシュの顔をのぞき込む、片目をつむり少し逡巡する。

 頭をガシガシと掻き宙を仰ぐとそのままの姿勢で口を開いた。


「他言無用だ。これはオレの保身のためじゃなく、まだオーカに繋がれている人のためだ」


 ヤクロウに注目しつつ大きく頷く。

 大きく息を吐き出し覚悟を決めた。


「マントをつけたヤツらが来たんだよな。そいつらはオーカの中心にいるヤツら、国を動かしているヤツらで間違いない………」


 ヤクロウは言いづらそうに一度溜める。


「ヤツらはヒューマンという種族じゃない。もちろん人ではあるがヒューマンのフリをしているだけだ」


 ??

 聞いていた全員の頭の中でクエスチョンマークが踊る。

 どういうこと?

 じゃあ、ヤツらって何者?

 ヤクロウはそんなみんな姿をさも当然のように見渡す。

 そしてまた重い口を開いた。

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