第136話 青と閃き

 話ね。

 本当か?

 夕闇がせまり粗末な街灯に灯りが点る。

 穏やかな笑みをたたえ、少しオーバーな身振りで青いマントは口を開く。


「先日、こちらにお伺いしたローハスには僕たちも手を焼いていてね。直ぐに頭に血がのぼってあとさき考えずに行動するから、いつもしりぬぐいが大変なんだ」


 キルロは黙って話を聞く。

 わざとらしい笑顔が胡散臭さを感じるが、攻撃の意志は見えない。

 ほの暗い夕闇が、彼らの不気味ともいえる落ち着いた佇まい。

何がそうさせるのか分からないまま、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 何を考えている?

 何がしたい?

 新しい木の薫りが包む待合いで静かに睨み合う。

 その姿をその場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。


「そうか。しりぬぐいも大変だな。オレらは話なんてねえぞ。忙しいんだろサッサと帰ったほうがいいんじゃないのか」


 キルロは肩をすくめながら関わり合いになる気がないことを告げる。

 のらりくらりと食えねえヤツだ。

 青いマントは大仰に肩をすくめ返し、さらに笑顔を深める。


「う~ん、なんか勘違いしているのかな? 別に話し合いに来たわけではないのだが」


 話し合いに来たわけではない? 

 話しをしに来たって言ったろう?

 困惑するキルロを尻目に青いマントはやれやれと嘆息する。


「ヤクロウ? 君たちは知らないって言っていたね。知らないんじゃ仕方ない。僕たちも間違っていたよ。ヤクロウひとりだけ帰そうとするからダメなんだよ。ローハスも愚かだと思わないかい?」


 芝居がかったその身振りに背筋に冷たいものを感じる。

 大仰な作り笑いに下卑た瞳が見え隠れする。口角をさらにあげ醜い笑顔を晒す。


「アハハ、だからさ、考えたんだ。ひとり残らず返して貰おうって。ヤクロウひとり。イヤイヤ、ヤクロウもその中のひとりなだけ。オーカの人間がオーカに帰る、ただそれだけの事さ。簡単だろ? そうそう、もちろんヴィトリアの方々にもちゃ~んと話を通しているよ。不法滞在者をおうちに帰すだけ何の問題もない」


 両手を広げ勝ち誇るかのように笑い上げる。

 国単位で交渉しやがった。

 ヤバイ。

 人が悩み苦しんでいるのがたいそう愉快なようだ。

 冷酷な笑みを浮かべ見下している。

 おまえらには何も出来まい。

 そう言っている。

 この場の誰もが歯噛みする。

 襲撃なんかよりよっぽど有効なカードを切ってきた。

 

「今日はこの話をしに来ただけなので帰ろうかね。忙しいんでね。フフフフ」


 勝ち誇り余裕の笑顔を見せ帰ろうとするも踏みとどまり指を一本上げた。


「そうそう、大事な事をひとつ言い忘れていたよ。二日後にみんなを迎えに来るから準備を忘れずにね。いいかい、ひとり残らずだよ。それではご機嫌よう」


 踵を返すと背中越しに片手を軽く上げ、足取り軽く去っていった。

 何も言えない。

 やられた。

 握る拳が震える。


「ちっくしょーーー!」


 キルロが天を仰ぎ叫ぶ。


「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」


 悔しさともどかしさと怒りと不甲斐なさを言葉にして吐き出す。

 肩で息をしながら気持ちを落ち着かせていく。

 何か対抗作を考えないと。


 バチッ!


 両頬を手で叩く。ハルヲ風に気合いを入れ直して頭を一度空にした。

 脳みそを熱くし過ぎるな。手立てがきっとあるはずだ。

 待合いに重い空気が漂う、出し抜かれた呆気なさ。

 向こうは国というある意味最大のカードを切ってきた。対抗出来るカードが見つからない。心のどこかで襲撃が来ると決めつけていた、いやその事しか頭になかった。


「とりあえず何か対抗作を考えないと」


 キルロの言う事は百も承知。国に対抗出来る強力な手札は持ち合わせていないのも周知の事実。


「でも、国単位で動かれちゃうと、どうしていいのか正直わからないわ」


 ハルヲの言葉がみんなの声を代弁している。

 パーティー単位でどうにかなるとは確かに思えない。

 でも、それでも何かあるはずだ。


「引き渡さなかったらどうなるんだ?」


 ユラも珍しく腕を組み、手立てを考えている。

 もう二度も一緒に作業している仲間が理不尽な処遇にあうかもしれない、なんとか阻止したいと考えるのはいたって普通の事だ。


「力ずく? かな?」

「だろうな。正直すぐに良策が思いつかん」


 一同の口数は減り各々が逡巡している。マッシュも眉間に皺を寄せ険しい顔でこれといった対抗作が思いつけないでいた。

 みんなのため息が待合いに吸い込まれていく。


「引き渡すしかないのかしら……」


 考えたくないハルヲの言葉。

 重たく張り詰める空気を払拭すべく模索する。

 

「とりあえずヤクロウを呼び戻そう。ミドラスに隠れている意味がなくなった」

「そうね。ヤクロウも一緒に考えて貰って⋯⋯何かいい案があるかもしれないし。エレナ、悪いけど朝イチでヤクロウ連れてきてくれる?」

「いえ、すぐに出ます!」


 扉を勢い良く出ていくエレナのあとをキノが追っていった。

 キノがついてればミドラスまでなら大丈夫だ。

 いたずらに時間だけが過ぎていく。形にならない不安がのしかかる。

 答えがでなかったらという不安か。

 暗闇が訪れ暗がりで逡巡する姿が影となって形取られる。


「どこかに受け入れてくれる国や場所って無いですかね?」

「正直、無いと思うがネスタあたりに聞いてみよう。あったとしたらすぐに動かないとだしな……」


 フェインの言葉。

 何か引っ掛かる、無いと答えつつも何か掴めそうな⋯⋯ぼんやりとしたはっきりとしない糸口になるなにか、言葉………場所⋯⋯。


 あ!!


「そうだ! そうか!」


 キルロがいきなり立ち上がり叫んだ。周りの人間が困惑しながら怪訝な表情をキルロに向ける。


「なによ?! いきなり」

「フェイン、ナイスだ! 国じゃなくてもいいんだ」

「だから、何よ!」


 キルロは満面の笑みを浮かべ、腰に手を置き勝ち誇る。  

 一日か、いけるか?

 キルロは逡巡する素振りを見せる。

 ブツブツ言いながら顎に手を置き集中していていく。


「ちょっと!! だからなんなのよ!」


 ハルヲはキルロの肩を揺さぶるといい笑顔で返した。


「ないなら、作ればいい!」


 ???


 一同の困惑の色は濃くなっていき、キルロのやる気も濃くなっていく。

 

「説明しなさいよ! せ・つ・め・いぃーー!!」

「わかった、わかった。ニウダ! あんたも加わってくれ。ヤツらへ対抗する、その為にだ…………………………………………………………」


 今度は驚愕の表情を浮かべ、一同はキルロの説明を聞いた。

 暗がりが映し出す影たちは、呆れながらも同意する。

 出来るかはわからない、しかし出来たなら充分に対抗出来る。

 だが、時間のない中、可能かどうかは別問題だ。

 でも、手立てとして可能性はある。


「…………とまあ、こんな感じならいけるんじゃないかなって?」

「いける……の? 対抗出来るけど…⋯⋯ええっ?!…⋯⋯」

「アハハハ、相変わらずおまえさんは面白いな」

「ふーん。それでいけるんだな」

「アワワワ、だ、大丈夫なのですかです???」


 額に手を置き悩むもの、大笑いするもの、あっさり承諾するもの。焦り驚くもの。

 四者四様のリアクション、でもいける可能性があるならやるしかない。

 そこはその場の全員の共通意識だ。


「ハルヲ、マッシュ、フェイン、ユラはヤツらが来たら出来るだけ時間を稼いでくれ。ニウダは下準備を始めよう、オレと一緒に来てくれ。誰かマナルにも声をかけておいてくれないか」

「いいわ、私がいく」

「ハルヲ、頼んだぞ。ニウダ行こう」


 【キルロメディシナ】をあとにして実家へと向かう。ネスタとヴァージの力が必要だ。

 急ごう。

 明日中になんとかしないと意味がない。





「毎度申し訳ない」

「もう慣れっこですよ」


 ネスタとヴァージを客間に呼び寄せ開口一番の謝罪。苦笑いするネスタの言葉にヴァージが黙って頷くいつもの光景だ。

 ニウダと四人、今までの流れと今後の動きを説明するとネスタとヴァージの二人は盛大なため息をつき、すぐに頭の中でシミュレーションを始めた。

 ネスタとヴァージが黙って大きく頷き合う、出来る算段がついたということだ。


「取り次ぎはわたくしがなんとか致しましょう」


 ヴァージがいつも通り静かに答える。


「では、実務的な部分は私が承ります。今回は表立って動けないので裏方に徹しますよ。ヴィトーロインメディシナの事務長として。しかしいつもながら斜め上から課題をお持ちになられますね」

「面目ない、これしか思いつかなくて」

「まあ、確かに手立てとしては悪くないと思います。とりあえず明日はニウダさん、マナルさんと共にうまく事が進んでいるていで動きます。なんとしても無事完遂致しましょう」


 黙って頷き合う。

 住人たちの命運がかかっているんだ。ネスタの言う通りなんとしても成功させないと。

 拳をギュッと握り直す。

 その拳に住人たちの命運も託された。

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