第138話 告白と矜恃

小人族ホビット


 ヤクロウの口からこぼれた言葉に、その場にいた全員が一瞬言葉を失った。

 存在しないはずの種族。

 忘れられた種族。

 滅んだはずの種族。

 互いに顔見合わせるが、頭の整理が追いつかない。


「う~ん? でもヤツら背の低いヒューマンって感じしか、しなかったよな」

「そうだ、オレもそう思った。ただのチンチクリンだと思ったぞ」


 確かにマッシュの言う通り、背が低いが体格的にヒューマンにしか見えない。

 困惑する一同をヤクロウは黙ってやり過ごした。


「さーてと、どこから話すかな。ちゃんと話すとオーカの国という所から話さないとだ。長くなるぞ」


 ハルヲはみんなを見渡すと、みんな頷き返した。

 それを見てハルヲもヤクロウに頷き返す。


「いいわ。教えて」


 ヤクロウがため息まじりに話し始める。


「オーカって国は元々小人族ホビットの国だった。大昔だ。元々温厚で非力、争いごとを嫌う平和的な種族、資源を細々と採掘してのんびり暮らしていた。だが、その資源を狙った馬鹿なヒューマンがオーカを奪いとろうと小人族ホビットを締め出し、時には虐殺した。そして小人族ホビットはこの世から消えた」

「それとおまえの研究が繋がるのか?」


 ユラが先を急がせる、少し待ちなさいと全員がたしなめた。


「繋がるんだ、もうちょっと聞いてくれよ」

「続けて」


 ハルヲにそくされ再び口を開く。


小人族ホビットは滅んじゃいなかった。何年もの長い年月隠れて人目につかないように静かに暮らしていた。兎と一緒だ。危険が近づけばすぐに移動し、また移動する何世代もの間そんな暮らしを虐げられた。そんな中、偶然にもある実と、違うある実を食べると急激に体が成長するのを発見した。効能は短く急激に成長し、三日ほど続く。ただし、その副作用はかなりのもので、気安く使えるものじゃなかった。ただそれを使えば街に潜り込める。ヒューマンのふりをしてな。そうなるとやはり過激思想を謳うヤツは種族問わず現れるのが常。近隣の国へ資源の安価での供給を約束することで後ろ盾を得ると、油断していたオーカの連中はヒューマンに成り済ました小人族ホビットにひっくり返された。まぁ、そこでもいろいろあったんだけどな。そして今に繋がる。自分たちはヒューマンに化けているクセに、ヒューマンを虐げる国家を作った。先祖へしたことへの復讐という歪んだ名目でな」


 ヤクロウは一気にここまで話す。

 いろいろなものの辻褄があってきた。

 霞みが晴れ一気に見渡せるようになった。

 納得したのかマッシュは何度となく頷く。


「なるほど。大方、そのでっかくなる実の研究をしていたってとこか。効能が切れるのか、在庫が切れるのか分からんが今、必要な数を確保出来ない。ヤクロウの力、知識が必要。こんなところか」

「化けの皮が剥がれないように必死ってわけね。それは諦めるわけがないわね」


 ヤクロウがその鋭さに舌を巻く、最後まで言わずに理解してしまった。

 ますます坊主に下にいるのが謎だな。

そんな事を二人のやりとりから感じる。


「するどいな。オレは研究に没頭したよ、楽しくてな。今、考えればまったくまわりが見えていなかった。効能を延ばし、副作用をなくす。ただひたすらにその研究をしていた。正直、小人族ホビットだの、なんだのなんて興味なかったし。ニウダから聞いたか? ニウダとのすれ違ったあの瞬間、なにかが弾けたんだ。そして今一番懸念しているのが、ヒューマンのふりを拒んだ小人族ホビットたち。オーカの奥深くに彼らの居住区がある。上層部しか知らない立ち入り禁止区域で、ほぼ軟禁状態で暮らしているんだ。ショックだった。ニウダとすれ違った時、小人族ホビットの誇りを踏みにじっていると知った時。小人族ホビットとして誇りをもって生きている人たちを冒涜する研究をしていたんだ。いろんなものがイヤになっちまって、まずはヒューマンを救う道を作り、そしてそこに小人族ホビットも追従させ、安心して暮れせる場所を作ろうって考えてたんだけど……うまくいかねえな」


 スミテマアルバの面々が顔を見合わせ吹き出した、この話を聞いて思う事は同じだ、どこかのお人好しを思い出す。

 そしてきっとまた……。


「……ハハ、居住区の小人族ホビットの話をあいつにするといいわ。絶対すぐに動くから」

「間違いない」

「オレたちも動くのか?」

「ユラ、団長が動いたら私たちは動きますですよ」

「そっか」


 その軽さに驚く、あれだけキレるヤツらなのに随分とあっさりだな。

 事の重大さがわかっていないとも思えない、それを踏まえた上で? ってことか。

 変なやつらだな。でもなぜだろう、なんとかしてしまいそうな雰囲気を感じてしまう。

 言って良かったと思えた。

 自分がしてきた大きな流れは現時点でまだ止まってはいない。

 それはきっと彼らの働きによるものだ。

 希望はまだあると感じると、今まで一人で背負いこみすぎていたものがスッと下りていくのを感じる。


「それにあいつの今回の作戦は小人族ホビット救出の後押しになるかもしれないわよ」

「うまくいけばだけどな」

「いくだろう」

「ですです」

「なあ、それであの坊主の作戦ってなんだ?」


 ハルヲはすこし顔をしかめ、苦笑いを浮かべてから口を開いた。





「良シ、終わっタ」

「マナル、こっちも終わりダ」


 兎人ヒュームレピスたちの分を任された二人。

 兎人ヒュームレピスたちは諸手を上げて賛同してくれた。

 ここに来て良かったと、みんなが思ってくれている。

 それをこんな形で知ることになるとは思わなかったが、いろんなことが報われた。

 安心して笑顔がこぼれる場所を作る。それに邁進している道半ば、横槍が入ってはたまったものではない。

 突然現れた自分たちを快く受け入れてくれた人たちが苦しんでいるのならば、手を差し伸べるのは当然。

 困っている人たちがいるなら助けるのが兎人ヒュームレピスとしての矜持。

 あんなにも良くした人々をまた虐げられる日々に戻すなんてことは受け入れられない。


「私ハ、ネスタさんのところへ行ク」

「オレはメディシナへ向かウ」

「気をつけてネ」

「あア」


 二人は頷きあった。

 夕陽が照らす二人の長い影が道を分かつ、各々の戦場へと向かう。





「遅くなッタ」

「よう! まだ夜は長い、気を張らずにいようや」


 弛緩した空気をあえてマッシュは作る。今からギアを上げる必要はない。

 むしろ上げてはいけない、ヤツらと対峙するまで取っておかないと。


「あんたたち! これ食べな」

「おお! うまそうだな、いいのか?」

「あたしたちは、こんな事しか出来ないからね」

「お腹空いていたのよ、助かるわ」


 ハルヲが笑顔で受け取る。ヒューマンのおばちゃんたちがメディシナにたくさんの食事を持ってきてくれた。

 ユラは早々に頬ばり口を大きく膨らませている。

 今のうちに食べておかないと、ホントに助かるわ。

 スミテマアルバとヤクロウ、ニウダ、カズナもみんながほおばった。

 今日一日はあっという間に過ぎていく。

 あとは明日を待つばかりか。

 おばちゃんたちの元気な笑い声が響く、つられてみんなが笑っている。

 明日も笑って終わる。

 また笑う。元気な声で笑って、ヤツらを笑い飛ばしてやる。

 口いっぱいにパンを詰め込みハルヲは気持ちを新たにした。





 昼前の日差しがジリジリと照りつける頃、外からのざわつきが風に乗って届く。

 ヤツらの登場か。

 思ったより早かった、いよいよ出番ね。

 しかし出来るだけ伸ばせって言われてもどうしよう。


「やぁ、ご機嫌よう。準備は出来たかな?」


 青いマントをたなびかせ機嫌がいいのだろう、朗々と言葉を発した。

 住人たちは遠巻きに隠れて様子を見ている。通りには人っ子一人いない。

 50名ほどの騎馬隊を率いて小男は道の真ん中に立ち、上機嫌で辺りを見渡して行く。

 マッシュとユラがそれを見て扉の外へと出て行った。


「ニウダ、ヤクロウと奥で隠れていて。合図があるまで何があってもヤクロウ、あなたは顔を出しちゃダメよ」


 階段の奥で身を潜める二人にハルヲは声を掛ける。

 フェインとカズナとともに、メディシナの待合いで静かに構えた。

 ニウダの言った通り騎馬隊のヒューマンの率が高い、軍ってことね。

 小男に近づいて行く、マッシュとユラの背中を見つめる。フェインもカズナもその行方を待合いから見守っていた。

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