第121話 宴の後

 空気がひんやりとしてきた。

 日は落ち始め、星の瞬きが紫色した空に現れると一気に空は黒く染まっていった。

 戦いを終えた人々が休息を得るために戻って来る。

 休息地に安堵の笑顔が弾け、終わったという実感がじわりと湧いてきた。


「おかえりなさい」


 久々に聞いた出迎えの言葉に笑顔をこぼす。


「ただいま」


 キルロの言葉にシャロンは何も聞かずに満面の笑顔を返してくれた。



 ランプに火が灯り、中央に大きな木が組まれ焚火始まる。炎がゆらゆらと揺らめき、レグレクィエス(王の休息)が橙色に揺れている。

 シャロンたちが簡単な宴の準備をしてくれた。

 戦いに赴いた者たち、関わった全ての人間を労ってくれる。

 安堵と喧噪と笑い声が弾け、この場の空気をポジティブなものへと染め上げていく。

 【スミテマアルバレギオ】の面々もその空気に包まれ安堵の笑顔を見せてはいるが、心の片隅が重いのもまた事実だ。

 しかしまあ、みんなタフだな。

 騒いでいるミルバ、リグの両パーティーを眺めながら果実酒を流し込む。

 腹がからっぽのせいだ、腹の奥が熱くなるのが分かる。


「やっているな!」


 ミルバがやってくるとキルロの肩に腕をまわしてきた。

 力強いミルバの腕から逃げられない、相当酔ってるな。

 肉感的なミルバの体が密着してきてなんだか恥ずかしい。

 ついこの間も同じ事があったような……。


「お、おう。呑んでるよ。ミルバもやっているな、何杯目だ?」

「何杯? 何杯? って言ったか。それを聞くなら何本だ! ハハハハハハ」


 ええ!

 始まって数刻も経ってないぞ。

 隣で話を聞いていたユラが手にしていたカップをしばらく眺めるとおもむろにフェインへ手渡した。ユラが瓶を片手に戻って来る、変なところで張り合うなよ!


「しかし、おまえのところ、なかなかどうしてやるじゃないか。一筋縄でいかない連中の集まりだな。おまえを含めて」

「うーん、そうか? オレはいたって普通だけどな」

「ハハハハハハ、おまえが一番おかしいぞ」


 ミルバが背中をバンバンと叩く。

 褒めているのかな?

 おかしいって褒め言葉じゃないよな?

 これはヤクラス達も大変だ。

 ミルバに羽交い締めにされたまま、キルロは大きく嘆息する。

 


「あ、あの、いっ、一杯いかがですか?」

「そ、そ、そうそう、一杯」


 コクーとナワサ、リグパーティーの二人がハルヲとフェインの元に酒を持って現れる。

 ハルヲとフェインが少しびっくりして顔を見合わせると二人に笑顔を返した。

 その笑顔にホッとした表情を見せ、コクーとナワサの緊張が解けていく。


「それじゃ、いただくわ。応援駆けつけてくれてありがとう、助かったわ」

「ですです」

 

 二人が笑顔で礼を述べるとコクーとナワサは顔を紅潮させソワソワし始める。

 その姿が盾を片手にドレイクへと突っ込んでいった姿と違いすぎて、可笑しくなってきた。


「とりあえず、乾杯! お疲れ様!」


 ハルヲの号令でカップを傾け合う。

 ぶつかり合うカップの音がそこら中で響いていた。

 


「足は大丈夫か? 何でやっちまったんだ?」


 焚き火の側でひとり椅子に腰掛け、佇んでいたマッシュにヤクラスが寄っていった。

 両手に持っていたカップをひとつ手渡すと軽くカップをぶつけあう。


「ああ、これな。ドレイクに踏まれて中がバラバラになったみたいだ」

「はあ? 踏まれた? あの足に?」

「そうだあの足だ」


 マッシュの笑顔にヤクラスが呆れて嘆息する。

 ヤクラスは椅子に座ってくつろいでいるマッシュの姿が信じられなかった。


「ええー!? だって引きずりながらだけど歩いていたよな?? おかしいだろ?」

「アハハハ、言われてみれば確かにそうだ。でも、おまえさんも見たろう、ウチの団長のヒール。それにヒールの前に副団長が骨接ぎしてくれたからな、おかげで治るのはあっという間だよ」

「うーん、あのヒールはヤバいな。初めて見たよ、あんなの。しかもあの人数でドレイクを抑えてみたりとか、なんだか不思議なパーティーだな」

「そうかもな。まぁ、ウチはみんな優秀なんだよ」


 ヤクラスが腕を組んで唸る、その様子を愉快そうにマッシュは眺めていた。

 橙色の炎の揺らめきが心を穏やかにしていく。

 マッシュもまた何も出来なかったという思いが心を満たし、気分は晴れていなかった。

 ヤクラスとの何気ない会話に心が落ち着いていく。

 やれなかったことを後悔しても仕方ないのは分かっている。

 珍しく割り切れずに立ち止まっている自分がふがいなかった。

 揺らめく橙色に照らされながらカップの中身を一気に飲み干す。

 

「おかわりを持ってきてやるよ」


 ヤクラスはそう言うとマッシュのカップを手にして立ち上がった。



「だ・か・ら、あれはなんだ! ての!」

「そうだ、そうだ。なんだ、なんだ」


 いつの間にかベロベロに酔っ払っているミルバとラランに挟まれていた。

 ミルバの怪力から逃れようと何度となく脱出を試みたがあえなく失敗。

 ジタバタしているとそこにラランが現れさらに面倒な事になっていた。


「あたしたち(ヒーラー)の立場ってもんもあるのよ! 分かっているのか!? あんなヒールは反則! なし!」

「なしは困るぞ。治して貰ったんだから。どうやったか教えろ!」

「お? そうか。教えろ! どうやった!  しかもあんたの光玉、金! 金だったわね! どうやったの? 教えないと………教えないとどうしよう? ミルバ」

「どうしようか? ウチに入れるか?」

「えええー!? あたしクビ!? あんなに頑張っているのにー」

「いや、おまえの頑張りは分かっているぞ。クビにするわけなかろう」

「ホント?」

「ホントだ」


 なにコレ?

 人の頭の上で何話してんだ?

 逃げたい、しかしバグベアーから逃げるよりミッションとしては困難を極める。

 そうだ、ユラ!

 あああー、ダメだ瓶を抱えて目が座っている。

 ハルヲ!

 なんだかフェインと一緒に楽しそうだな。 こっちは危機的状況だってのに。

 打つ手なしか。


「もういい加減にしてやれ、困り果てているぞ」

「ちびおじ、なんの用だ?」


 ちびおじ?

 首が回せないキルロは視線だけ声の方向へ向ける。

 リグか。


「ちびおじってなんじゃ?」

「ちびのおやじの略だ。ワハハハハハハハハ」


 くだらねぇ⋯⋯聞かなくて良かった。


「リグ! いいとこきたな、なんとかしてくれこれ。オレの力では無理だ」


 リグは憐れむ視線をキルロ向けると首を横に振った。


「ワシでも無理じゃ」


 打つ手なし。



「ぷはー」


 ハルヲが何杯目かわからぬ酒を空けた。

 コクーとナワサは白目をむく。

 女の子ときゃっきゃウフフなはずが、いつの間にか飲み比べになっている。

 すでにコクーとナワサは限界を越えていた。

 こんなはずじゃなかった、その思いだけが募っていく。


「お二人ともギブアップしますですか?」


 フェインが脳天気に問いかけると、二人とも頭を起こしフェインにカップを手渡した。


「さすがリグのパーティーね。やるわね」

「お、おう。も、もちヲん」

「ここの地面ずっと揺れている」

「あなたのところ弩砲バリスタ“素敵”ね。今度じっくり見せてくれる?」


 素敵⋯⋯。

 この単語が二人の頭の中をリフレインする。

 もう満足だ。

 今日の目的は達した。


「おう! もちヲん、いいデ!」


 舌が回らないまま快諾すると二人揃ってうしろへひっくり返った。

 フェインが戻るとひっくり返っている二人に目を見張る。


「これ、どうしましょう?」

「もったいないから、ゆっくり呑まない?」

「いいですね!」


 二人はカップを軽くぶつけあった。



 ヤクラスがマッシュの側へと近づき少し声のトーンを落とした。


「今回の件、どう考える?」


 宴会の最中、その雰囲気とは真逆の鋭い視線を向けてきた。考えていることは一緒だ。


「人為的に仕組まれたんだろうな。おまえさんも同じ考えだろう」

「そうとしか考えようがないもんな」

「実漬けにしたヤツをエサにしたり、精浄を無効化しておびき寄せたり、全てが出来過ぎている。周到な準備のうえなのは間違いない。ミルバの所も同じだろう」

「⋯⋯関係者」

「だな、それか関係者にごくごく近しいヤツが仕組んだので間違いない」

「ミルバパーティーは基本前線で張っているから身動き取れないんだ。頼めるか」

「もちろん。オレだけじゃない、シルやタントも動いている。この件の報告はしておくさ」


 ヤクラスはマッシュの肩をポンと叩き立ち去っていった。



 焚き火の火がくすぶりながらもまだ火は灯っている。

 焚き火を囲い何人もの人間がそのまま眠りについていた。

 眠っている人々を冷んやりとした空気が包み込むと、ブルっと体を震わせキルロが目をこする。

 さみい。

 両腕をさすりながら焚き火の側へ移動しようとすると入口に数名の人影が見えた。

 こんな時間に誰だ?

 まさか敵?

 入口へと駆け出す。


「あんたら何だ?」

「おまえこそ誰だ?!」


 手練れと思わしきパーティーが厳しい視線を向け、入口に立っていた。

 

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