第120話 再会

「あんたもね」


 のぞき込む顔にハルヲも笑顔で答えた。

 安堵感はあるが、晴れやかな気持ちにはなれない。

 ネインのことが心に影を落としているのは間違いなかった。

 かたきはとったよ。

 これでいいのよね。

 大きく息を吐き出し、目を閉じた。





 キルロは足を引きずるマッシュに肩を貸し、みんなの元へと向かう。

 すげえな。

 倒したドレイクの前で佇んだ。

 小山のような黒い塊と化したドレイク。突き刺さっている生気の無い瞳からナイフを抜きとる。

 抜きとった跡から、ドロっとどす黒い血が溢れ出た。

 血の涙。

 なんとも言えない気分だ。

 何もしてないという思いが強く、実感が沸いてこない。


「二人ともお疲れさま。大丈夫か?」


 フェインとユラにも声を掛ける。足を引きずるマッシュを見て二人は安堵の表情を見せた。


「こっちは問題なしだぞ。マッシュは大丈夫か?」

「大丈夫だ。ちょっと大げさに治療されただけだ、心配しなさんな」

「そうか」


 マッシュはしゃがみ込んでいるユラの肩に手を置く。

 “ちょっと挨拶してくる”と告げユラ達の元を離れた。

 ミルバ、リグの元へと小走りで向かう。


「二人とも助かったよ。ありがとう」

「ヌシも復活じゃな」

「よお、人数が少ないと思っていたら隠れていたのか。いてててて」

「いやぁ、まぁ、そんな感じと言えなくもないが……」


 ミルバの言葉にバツの悪さを感じ、後ろ手で頭を掻いた。


「ミルバ、どっか痛めたのか?」


 話題を変えるべく腹を押さえているミルバに話を振る。

 あぐらをかいて座るミルバだがずっと痛そうに脇腹を押さえ唸っていた。


「痛めたも何も治らないうちに大暴れして、傷をひどくしての繰り返しでヒールではもう限界なのよ。って言っているうちにまた暴れてこれよ。どう思う!?」


 治療師ヒーラーのラランが横から愚痴ってきた。

 隣でヤクラスとジッカもうなだれる。

 やれやれ、なんだか大変だな。


「どれ、ちょっと傷見せてみろ」

「うん? なんでだ? 傷を見るのが好きなのか?」

「そんなわけあるか!」


 ミルバの手をどけ服をめくると穴の開いた脇腹から血がこぼれていた。

 思わず顔をしかめてしまうほどひどい状態だ。

 良くまあ、この傷で暴れたな。


「服をめくられるってなんか恥ずかしいな。いててて」

「少し黙っていろ」


《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》


 キルロは静かに詠唱を始めた。

 大きな光の玉にラランが目を見張る。じいさんと呼ばれている治療師ヒーラーもその光景に口を大きく開き固まっている。

 ゆっくりと落ちていく大きな金色の光玉に静かなどよめきがおこった。

 ゆっくりと吸い込まれていく大きな玉をその場にいた人間は食い入るように見つめている。

 

「よし、ミルバどうだ? 少しはマシになったか?」


 ミルバは驚愕の表情を浮かべ、キルロを見つめた。


「マシもなにも……」

「あ! あとで回復薬持ってくるから飲んでおけよ」

「ああ、わかった……」


 ミルバは痛めていた横腹を何度もさすっていた。


「ありゃあ、なんじゃ?」

「わからん。ただ治った⋯⋯」


 リグもミルバもその場にいた人間全てが呆気に取られた。

 日常的にヒールを見る人間だからこそわかる異常なまでの治癒力。

 目の当たりにした初めての光景にただただ呆然とするだけだった。

 

「さすがですね、キルロさん」

「うん? なにがだ?」

「我がパーティー自慢の団長さんです」

「え??」


 鼻息荒くしたフェインが上機嫌で耳打ちしてきた。

 なんだかわからないけどストレートに褒められると慣れていない分気恥ずかしい。

 少し離れた所をミアンがキノを抱っこして歩いているのが見えた。

 小走りで向かうと向こうも気がつき歩み寄る。


「このおチビちゃん凄いね! カッコ良かったよ」

「いやぁ、こっちはヒヤヒヤするよ。ほらキノ下りろ」 


 ツーン


 ぷいとそっぽを向いた。 

 

「あらあら、嫌われちゃったわね。アナタの子?」

「んなわけないだろう! 計算が合わないだろうが?!」

「そうなの?」


 ミアンはカラカラと笑うだけだった。

 ホントにわかったのかな?

 ミアンのリアクションに若干の不安を感じつつキノを引き剥がしにかかる。


「ほら……! 下りろ……って!」


 ミアンにしがみついて離れない。

 困った。

 ミアンに抱っこされキルロを睨みつける。


「嘘ついた」

「うん?」

「嘘ついた」

「あ! エレナのことか?! 悪かったよ。機嫌直して下りてこい」


 膨れっ面で渋々下りてきた。

 

「ミアン、すまなかったな」

「ああ、いいよ。ぜんぜん。キノちゃんまったね~」


 ミアンが手を振り去っていった。

 しかし機嫌が悪いな。

 

「みんなところ行くぞ。みんなも心配しているから、見ていてヒヤヒヤしたぞ」

「ネインのぶん」

「?!」


 ああ、そういう事か。

 キノも怒っていたんだ。

 そうか。


「オレの分もぶん殴ってくれたか?」


 キノは黙って頷く。


「そうか、ありがとうな」


 ナイフを手渡し、キノの頭を乱暴に撫でる。

 キノがキルロの肩に飛び乗ると、そのまま肩車をしてみんなの元へと向かった。

 




「陽が出ているうちに探しましょうです」

「そうだな」


 動けないマッシュを除いたメンバーがネインを探す。

 何でもいいんだ。残っている確率は非常に低い。

 それでも何かネインの残したものを探そうと現場となった辺りを念入りに探す。

 どうしてもイヤな光景がフラッシュバックしてくる。

 フェインはずっと涙を流す。

 他のヤツらも同じだ、沈痛な面持ちで地面とにらめっこしていた。

 キノが茂みへと飛び込むと手招きする。

 あった⋯⋯いやそこにいた。

 ネインの右腕の肘から先。

 乾いた血がべったりとついたまま地面に転がっていた。

 一目見てわかるこれは間違いなくネインだ。

 誰が言うでもなく一礼して祈る。

 謝罪の言葉と涙しか出てこない。

 ハルヲがネインを布で丁寧にくるんでいく。

 何重にも。

 

「行こう」


 キルロの号令で現場をあとにする。

 言葉を交わすこともなくみんなの元へと戻った。

 ネインも帰ろう。

 一緒に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る