第122話 入口

 やばっ、何も装備してねえや。

 とっさに駆け寄って行ってしまった事を後悔する。

 ドワーフにヒューマン、亜人か? エルフ、バランスの取れたパーティーだな。

 エルフは女か? 

 フードで顔が良く見えない。

 隙が見当たらない、強者の集団⋯⋯か。

 動きのないままお互いがにらみ合う。

 攻撃してこない?

 もしかして関係者か?


「⋯⋯もしかして、関係者??」


 キルロの間抜けな問いにパーティーが顔を見合わす。

 剣呑な雰囲気がなくなり、こちらも肩から力が抜けていった。


「見ない顔だな、誰のパーティーだ?」

「【スミテマアルバレギオ】だ」

「知らんな」


 戦士ファイターらしきヒューマンの男が眉間に皺を寄せる。

 細身だが雰囲気のある男だ。


「あっ!」

 

パーティーの後ろから声がすると金髪の男が前へと現れた。

 輝く巻き毛の金髪に細身で長身、眼鏡の奥に鋭い瞳が見える。

 眼鏡のせいか理知的なにおいがした、こんな前線でゴリゴリやるようには見えないな。


「初めまして、アントワーヌ・ミシュクロインです」


 あ?! 長男? 無事だったんだ、良かった。

 瞳から鋭さが消え、笑顔を見せるアントワーヌに笑顔を返し、差し伸べられた手をしっかりと握り返した。


「スミテマアルバレギオ団長のキルロだ、よろしく。アルフェンとはまた随分と雰囲気が違うな」

「そうかも。ウチはあまり似てないからね。アルフェンは元気かい?」

「オレも最近はあってないからな、多分元気にやっているんじゃないか。それよりアンタ達が前線から帰ってこないって、ミルバが心配していたぞ。顔見せてやれば……ああ、まだ寝ているや」


 焚き火の前で大の字に寝るミルバを見やり、アントワーヌはその様子を愉快そうに眺めていた。


「これは一体どうしたのだい? 宴? 【ブレイヴコタン(勇者の村)】の人間もいるようだけど」


「お! そうか。勇者さん達は前線に出ていたんだもんな。大型種が三匹一斉にこっちに向かってきてヤバかったんだよ、それをみんなで退治した。んで、そのお疲れ会だ」


 アントワーヌの顔が厳しいものになる。

 パーティーのメンバーも同じように雰囲気が変わった。


「大型種……。詳しいことはミルバが起きたら聞いてみるよ。今日はもうゆっくり休んでください」

「そうさせてもらう」


 キルロはひとりテントへと向かい、疲れた体を横たえた。





「アンタ、いい加減に起きろ!」


 朝?


「もう昼だぞ」


 青い瞳が目の前にあった。


「昼!?」


 キルロが飛び起きる。まさかそんな時間とは思ってもいなかった。

 ハルヲの嘆息する姿が目に飛び込んでくる。

 テントから外を覗くと、お日様は頂点近くまで昇って柔らかな日差しを送っていた。

 世話しなく動く人々を見つめ、申し訳ない気分とともに大あくびをする。


「寝過ぎたかな」

「まあ、仕方ないんじゃない」

「うーん、そうか……」

 

 顔を洗っても頭がスッキリとしない、昨日の酒が残っているのかな?


「そうそう、リグ達が弩砲バリスタを見せてくれるってよ」

「本気か?! 見たい、見たい。つか、作りたい!」


 ハルヲがニヤリとキルロに笑顔を見せる。

 そっか、手配してくれたんだ。


「リグ、悪いな。しかし、これ良く出来ているな」

「ウチはドワーフが多いからな。物作りは得意なんじゃ」


 少し自慢げにリグが胸を張った。

 でも、これは本当に良く出来ている。

 砲台となる弓の部分と土台となる部分が簡単に取り外しがきき、持ち運びしやすく考え抜かれていた。

 ただ、いかんせん重量があるな。

 ウチで使うとしたら軽量化は必須だ。


「コクー、ナワサ。ありがとうね」

「いやいや。お安い御用だよ」


 少し照れ気味にコクーがハルヲに答えた。

 実は見せるという約束をまったく覚えていない。

 というか後半の記憶はほぼなかった。

 まあ、見せるのなんて問題ない好きなだけ見てくれ。

 弩砲バリスタを真剣に見つめるハルヲの横顔を見つめていた。

 いいなぁ、いいよなぁ、【スミテマアルバレギオ】。

 リグに視線を移すと、コクーは激しく落ち込んだ。

何この落差。同じ副団長なのによう。



 【レグレクィエス(王の休養)】に人が増え始めた。

 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の別パーティーが残務処理の為に次々に合流してくる。

 さすが大規模なソシエタス、人材も豊富だな。

 バタバタとする人を尻目に帰還の準備を進めていく。長居は無用だ、ミドラスに戻らないと。


「よお、もう帰るのか?」

「ああ、戻ってやらないといけないこともあるし、これだけいればこっちは大丈夫だろう」


 ヤクラスが声を掛けてきた、相変わらず忙しそうだ。


「なあ、また解体するからよ、部位分けてくんないかな? ベヒーモスの素材と交換でもいいぜ」

「本気か! 好きな所持っていってくれよ。解体して貰って素材まで貰えれば、こっちは十分だ。助かるよ」

「よし、交渉成立だな。適当な頃合いみてミドラスかその近くに運んどくよ」

「待っているよ」


 ヤクラスがにこやかに手を振り、上機嫌で仕事へと戻って行った。

 さて、オレらも帰ろう。


 



 相変わらずここは変わらない。

 ミドラスの中心をゆっくりと進んで行く。

 人々の喧噪が街の活気を生み出している。

 この喧噪の波に包まれると戻ってきたことを実感出来た。

 街の中心部にそびえ立つ八角形の大きな建造物、8個の出入口がそれぞれの役目を担い、人々を受け入れている。

 仕事の種類は様々だが、受注、発注、換金、登録……。

 自らが自らのためにその入り口をくぐっていく。

 そこから少しだけ離れたところにある9番目の出入口。


 喧噪の届かぬひっそりとした場所に佇む小さな小屋。

 自らの為に決して入ることのない場所。


「この旅立ちが穏やかなものとなりますように」


 職員が祈りを捧げる。

 冒険者が意味嫌う9番口、死の口。

 亡くなった仲間を弔う為に訪れるその場所。

 訪れたくなかった場所。

 まわりを見渡せば同じ境遇の人間が何人もいた。

 嗚咽をもらし、誰もが悔しさを滲ませる。


「こちらになります」


 【ネインカラオバ・ツヴァイユース】


 そう記載されている封筒を開く。

 ネインの眠りたい場所が書かれているはずだ。

 家族の元、自分で用意しているもの、思い出の場所……。

 フェインの嗚咽が漏れる、みんなが涙を滲ませる。

 

 『共同墓地』


 そう書いてあるだけだった。

 余りにそっけなくてネインらしい。

 多くの冒険者が眠るその場所、せめてネインらしい所とみんなで見渡しながら思案する。

 ユラが大きな木を指さす、少し小高くなったその木の根元に墓標立て、ネインを眠らせた。

 

 【我の守護者たらんネインカラオバ・ツヴァイユースここに眠る】


 墓標に刻まれた文字を見つめそっと息を吐いた。

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