第101話 鍛冶師と調教師ときどき兎

「ど、ど、ど、どうしる??」

「『する』ね、言えてないわよ。ああでも、ホントにどうもこうも、ああもう、どうしよう??」


 二人の動揺がピークを迎えようとしていた。

 なんだかもう胸のドキドキが止まらない。

 欲望がグルグルと自分の心に渦を巻くのが分かる。

 いやでもちょっと落ち着こうバタバタで決めて良いことはなない。キルロは深く深呼吸をすると隣でハルヲも深呼吸をしていた。


「待て。金は欲しいが、何もしてないのに貰うってのは、どうなんだ?」

「それよ、確かにそうなのよ……」

「しかし、ここが今こうして健全な運営となったのは、あなた方の働きがあったからで他ならない。遠慮することはないかと思います」


 ネスタは両手を広げて受け入れる事を促した。

 そうは言ってもなあ。

 なんだかやはり貰いづらい。

 唸るだけの二人にネスタが嘆息する。


「経理上でも給料が支払っていないとおかしいのですよ。理事長や院長が給料貰っていないなんて、ある意味不健全です」 


 ネスタの言う事は最もなんだけど。

 罪悪感にも近い何かが、心の片隅に横たわりどいてくれない。


「私はやはり貰えない。何もしないで貰うというのは、やっぱりちょっとね」

「かと言って、これ以上仕事は、増やせないしな」


 二人揃って腕を組んで頭を悩ませている。

 二人揃って同じポーズをしているとキノも一緒に同じポーズを取った。

 椅子の上で三人が同じポーズを取るという奇妙な光景を繰り広げている。

 横目に写るキノの姿に、なんだかほっこりして気持ちがほぐれて行った。

 難しく考えるのは止めよう。


「んじゃ、もう少し額を抑えないか? ウチの家族は一律30万。その変わり今まで通りこの暮らしを維持させて欲しい。足りるかな?」

「足りるも何も余りますよ」

「そうか。それとウチらへの手当ては二人合わせて15万で。そんでこれをウチのメンバーで割ろう。ハルヲどうだ?」

「そうね………それで丸く治まるなら異議ないわ」

 

 少しだけハルヲは考えを巡らせたが直ぐに頷いてくれた、キルロもネスタとハルヲが頷いてくれた事に安堵の溜め息をついた。

 ひと呼吸置き、キルロはネスタに続ける。


「余るというならまずは裏通りの経済がもっと回るようになんか手立てないかな? そこに金を回して欲しい。それでもまだ余裕があるなら、従業員の手当てにでも回してくれ」


 キルロの言葉にネスタは眉間に皺を寄せ逡巡する。

 ネスタは諦めたように、まなじりを掻き大きく息を吐き出す。


「欲がないというかお人好しというかなんというか。わかりました、理事長の御命令とあれば善処致しましょう。しかし裏通りの経済を回るようにするというのはいい案です。うまく行けば街全体が活気づき、将来的に潤う事にもなりそうですからね」

「あ、そうだ。裏通りといえば兎人ヒュームレピスの件ではいろいろ助かったよ。ありがとう。この後、会いに行くけど、その後はどんな感じ?」

「私もしょっちゅう顔を出しているわけではないのですが、大きな問題はないようです。さすがに最初は奇異の目に晒されたようですが、周りが見慣れてしまえば、そんな事もなくなり、今は割と穏やかではないでしょうか」

「そっか、良かった、良かった。連れてきといて住み辛いじゃ申しわけないからな」


 ネスタの言葉に胸をなで下ろす。

 全てが上手く行ってはいないだろうが、概ね上手く行っていれば、良しだな。

 仕事に戻るネスタにお礼を言うとネスタは一礼して部屋を出て行った。

 なんだか来る度に驚いている気がする。


「ご家族にはいつ会うの?」

「夜かな? とりあえずカズナ達の所行ってみようや」


 



 広く整備されている中央通りは、相変わらず閑散としている。

 まぁ、療養で来ているんだから、そもそも出歩かないか。

 通り抜けていく馬車の往来だけは相変わらず多く、カタコトと鳴らす車輪の音だけが耳に届いては抜けていく。

 静かな街の中心から外れるように建物の間を抜けていくと、人の気配が濃くなっていき喧噪の波が現れた。

 やっぱりこっちが落ち着くな。所狭しと歩き回る人々の活気に笑顔がこぼれる。

 さらに奥へと進むと見慣れない三階建ての建物がいくつも立ち並んでいた。

 これをあの短期間で仕上げたのかすげえな。キルロが驚きをもってその光景を迎える。

 建物の前で兎人ヒュームレピスの子供達が楽しそうに走り回っていた。


「なあなあ、カズナかマナルいないかな?」


 キルロがにっこり微笑み子供達に話し掛けると、蜘蛛の子を散らすかのように子供達がいなくなってしまった。

 割とショックだ。

 いや、結構ショックだ。

 うなだれるキルロをハルヲが腹抱えて笑っている。


「ねえねえ、何して遊んでいるの?」

「お城作っているの」

「へぇー、凄いじゃない。あそこに見えているやつ?」

 

 ハルヲが建物の先にそびえ立つ【ヴィトーロインメディシナ(治療院)】を指差しながら砂遊びに興じる子供達へ話し掛ける。

 子供は嬉しそうに笑顔を向けた。

 何!? この差。

 口を尖らすキルロにハルヲはニヤリと口角を上げ、勝ち誇った笑みを向けた。


「ねえねえ、カズナかマナルいないかな? お話ししたいのだけど」

「あっちー」

「あっちね。ありがとう」


 ハルヲが子供の頭を撫で、三人は指差す方へと向かった。

 キノはお城の出来が気になるようなので、遊んでいていいぞと伝えると、顔を綻ばせ城を作る子供達を見入っている。

 建物の裏手にまで回るとそこには広い畑が広がり、汗を流すカズナとマナルの姿があった。


「おーい!」

「キルロさーン?!」


 マナルが少し驚きを持って迎えてくれた。

 強い日差しの中作業しているせいだろうか、少し日焼けしたマナルは精悍さが増している。

 マナルがこちらへ向かうと、カズナも汗を拭きながらこちらへとやってきた。


「お久しぶりでス」


 マナルが弾けんばかりの笑顔で挨拶をしてきた。

 この笑顔が見る事が出来て良かった。その笑顔が全てを物語っている気がする。


「二人とも時間出来たらでいいんだが、話し出来ないかな?」


 カズナとマナルが顔を見合わせるとキルロに笑顔を向ける。


「大丈夫ですヨ。ちょっと片づけてくるんデ、待って下さいネ」


 そういうとマナルは畑へと駆けていく。

 青々とした葉がすでに生い茂る所も見受けられ、順調に開墾しているのが分かった。


「カズナも悪いな、大丈夫か?」

「大丈夫ダ、問題なイ」

 

 カズナが穏やかな表情を向ける、こんな表情も出来るんだな。

 それを受けてハルヲがカズナに聞いてみた。


「こっちの生活はどう?」


 カズナは少しだけ考える素振りを見せたが。穏やかな表情で続ける。


「多分、これが一番良イ選択だったと思ウ。最初は反発も凄かったシ、奇異の目にも晒されタが、今じゃ子供達が笑顔で駆けずり回っていル。ヴァージやネスタがとても良くしてくれタ。アンタ達が言ってくれた通りだっタ」

「そう言って貰えるのが一番嬉しいわね。私達は何もしてないけどね」


 ハルヲは肩をすくめながら笑顔を向けた。


「お待たせしましタ、あちらへ行きましょウ」


 マナルが居住区の一角へと案内してくれた。

 レンガの壁がしっかりした建物であることを物語っている。

 近くで見るとさらにその印象が強くなる。いい仕事しているなあ。

 キルロとハルヲは三階の一番奥にある部屋へと誘われ、扉の中へと進んで行った。


「へぇ、結構広いんだな。ここはマナルの部屋か?」


 キルロの問いにマナルが顔を赤らめる。


「はイ、私とカズナの部屋でス」


 ほっほう、いつのまに。

 ま、平和になった証拠か。

 キルロとハルヲがニヤニヤする。


「二人はまだ一緒に暮らしていないのカ?」

 

 カズナが小首を傾げ、不思議そうな顔を向けてきた。

 思わぬ逆襲にキルロもハルヲも顔を赤らめそっぽを向く。


「それよりあれだ、今日はお願いというか相談があってきたんだ」

「私達にですカ? 私達に出来る事であればなんなりト」


 キルロもハルヲも表情引き締め二人に向かう。

 どこまで許して貰えるのか不安を抱きつつ話を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る