鍛冶師と調教師ときどき兎
第100話 鍛冶師と調教師ときどき理事長
カタコトと揺れる馬車に揺られキルロとハルヲ、そしてキノの三人がヴィトリアを目指していた。
整備された道は快適……なはずなのだが、ハルヲがそっぽ向いたままで雰囲気が宜しくない。
他の面子はシル達と共に拠点の捜索に引き続き当たって貰っている。
フェインがハルヲを連れて行けとしつこく迫るので、首を傾げながらもこの三人で馬車に揺られヴィトリアを目指すことになった。
三人で行くのは構わないが、お目付役が必要って事? そんなに信用ないのかなぁ、オレ。
シルが最後の最後まで着いて行くと抵抗したが、マッシュが笑いながらバッサリと斬り捨てた。
ブーブー言いながらも、きっとしっかり捜索に当たっているはずだ。やるときはやるヤツだしな。
シルとマッシュがいれば向こうは大丈夫。
キノはキルロの膝の上でご機嫌だ、ニコニコしながら馬車の揺れに合わせて体を揺らしている。
「ハルヲどうした? 機嫌悪いな」
「悪くない」
悪いよな、これ。
どうしたものか、キノがキルロを見上げる。
「わるくない。ププププ。キルロ困ったね」
「キノ!」
キノがハルヲの口調をマネて、遊び始めた。
止めてくれリアクションの取りようがないだろ。
ポカポカと照りつける陽光に、たまに吹き通る乾いた風が心地良い⋯⋯はずなのだけど、なんとも言えない重い雰囲気が御者台の上には漂っていた。
「ハルヲは疲れているんだ、そっとして置こう」
「疲れてない」
キノがニヤッといい笑顔を見せる、止めてくれよ。
下から覗き込むキノにダメだと口には出さずに必死に伝える。
キノはニヤニヤ笑うだけで首を縦に振ろうとはしない。
「まあ、なんだ、今回もありがとな。ハルヲの処置のおかげで足がスムーズに治ったってエーシャから聞いた。また助けられたな」
「………」
なんか言ってくれよ。
「今回のクエスト、私はただの役立たずだった。焦って飛び込んで、ミスって、皆に迷惑掛けたのは私だ」
ハルヲはそっぽを向いたまま言い放つ。
そんな事をずっと考えていたのか。
責任感が強いってのも、なかなか厄介なものだな。
キルロは前を向きながら嘆息する。
「ああ、そうだ。お前があそこでムチャな飛び込みして、すっ飛ばされたからだ。おまえがすっ飛ばされなければ、皆が苦労して探すこともなかった」
ハルヲは涙目で睨んで来た。
きっと言われなくても分かっている、そう言いたいのだ。
全く、仕方ねえな。キルロは溜め息をつき続けた。
「でもなんだ、ミスしたからなんだって話だ。誰でもミスしたら誰かに助けて貰う、その為のパーティーだろ? 【吹き溜まり】の底の底で、すがっただろ助けに来てくれる。助けに来て欲しいっていう思いに。それでいいだろう。助けて貰うし、助けにも行くさ。今回は助けて貰った。それだけの話だ。落ち込むような事柄じゃあ無い」
「わかってるわよ」
「ほほう、ようやく分かったか」
「うるっさい!」
キノが二人のやり取りをニコニコと眺めていた、ようやくいつもの調子が戻ってきたな。
「大体、アンタはね、シルにずっとぎゅうぎゅうされて鼻の下伸ばして、だらしない!」
「病み上がりでシルの馬鹿力から逃げられるわけねえだろう、だいたい鼻の下伸びてなんかねえし」
「どうだか!」
元気になってきたのはいいが、この調子でお小言が続くのは勘弁して貰いたい。
キノ今こそ出番だ。
下をのぞき込むとキノは気持ちよさそうに腕の中で寝息を立てていた。
「いつもきても大きいわね」
ハルヲは門をくぐると本邸を見上げ嘆息する。
ヴィトリアの中心を抜けヴィトーロインメディシナ(治療院)に程なく到着した。
いつものように裏門から入っていくといつものように執事のヴァージが出迎えてくれる。
「いつも突然ですまん」
「いえいえ、いつでも好きなときにいらして頂いて構いません。理事長、副理事長」
「ヴァージ、それは慣れないから止めてくれ。ネスタの時間が出来たら、会いたいんだ。よろしく頼むよ」
「承りました」
ヴァージは胸に手を置き一礼すると静かに去って行った。
「ねえ、理事長、副理事長ってなに?」
ハルヲが怪訝な表情を浮かべる。
あ、まだ話してなかったか、つかオレが知りたいくらいなんだが。
何時もの待合いの部屋でネスタを待ち、キノがいつものようにフルーツを頬張っていた。
「あー、理事長がオレで、副理事長がおまえなんだって」
肩をすくめハルヲにカミングアウトする。
ハルヲは驚愕の表情を浮かべ、混乱していた。
わかる。
オレも頭ついていかないもの。
「はあああ!? どういう事???」
「オレも分からないんだよ、この間は時間無くて聞けなかったし。ネスタからそう言われただけで、なんでこうなっているのかネスタに直接聞くしかないだろう」
ハルヲが白目をむいて、今にもひっくり返りそうな勢いで椅子にもたれ宙を仰ぐ。
「お待たせしました、理事長、副理事長」
事務長のネスタが少し大仰に挨拶しながら待合いに入ってきた。
顔がニヤけてるぞ。
「ちょっと、ネスタそれどういうこと?!」
「どうもこうもそういう事ですよ。キルロ・ヴィトーロイン理事長にハルヲンスイーバ・カラログース副理事長」
ハルヲの開口一番にネスタは涼しい顔で答える。
ネスタ絶対楽しんでいるよな。
「どっからそんな話になったって事だよ。この間は聞けなかったし」
「そんな意外ですか? スミテバアルバの傘下に入ったのですから、ごくごく普通の流れではないですか?」
「自分の店で手一杯なのに無理よ」
「オレは手一杯じゃないけど無理だ」
まあまあとネスタは二人をなだめる。
「院長のご希望です。お二人を理事長と副理事長にと」
「こいつは分かるけど、何で私が副理事長なのよ」
「院長から宜しくって言われませんでした?」
ハルヲは脳を逆回転させる。
いつぞやの父ヒルガの言葉を思い出し、頬に熱を帯びるのが自分でもわかった。
「でも、あれって社交辞令で……こういう事では……」
「院長自ら、打診されていたということで」
ネスタはにっこりと微笑みをハルヲに向ける。
なんかいいように丸め込まれている気がしてならない。
二人が苦い顔を上げるとネスタは続けた。
「まあ、一番はお二人がここの役職に名を連ねる事で資金の横流しなどの抑制になりますし、
やっぱり親父はなんも考えてなかったか。
キルロは宙を仰ぎ嘆息する。
「似たもの親子ね」
ハルヲが溜め息まじりに言葉をこぼす。
「どこも似てないないだろ」
「似ているわよ。何も考えずにした事がまわりに影響を与える。いい方向に転がっているからいいけど、まわりは意外とやきもきするのよ。出来ればもう少し考えて欲しいわ」
「だからハルさんを副理事長にしたのですよ」
「そうかしら? そうとも思えないのだけど」
ハルヲは大きな溜め息をつく。
まるで何も考えずに突っ走る親子みたいな言い分だな、これでも考えているぞ。
多分。
「こちらにまかしていただければ構いません。実質はこちらで運営しますので、実際になにかしていただくという事はないかと思いますよ。なので、お手を煩わす事はないかと思います。ご安心を」
「それは助かる」
「ただひとつだけお願いがありまして、私どもからお話しても納得していただけないのでお二人からご家族に給料を受け取るように説得していただけないでしょうか?」
「お、そんな事なら構わないよ。な、副理事長」
「何それあんた、蹴られたいの。ま、説得するくらいならかまわないわ。ね~理事長」
キルロとハルヲは睨み合う、苦笑いしながらネスタが仲裁に入った。
「ちなみに給料ってどんくらい?」
「院長で200万、ご兄弟が150万、奥様が50万です。これでもかなり抑えたのですがなかなか首を縦に振ってくんなくて」
そんな話はポロっと出てはいたがいざ実際の話となると……。
ネスタもサラッと言ったな。
「あ、それと理事長が30万、副理事長が20万です。こちらもかなり抑えた額になります」
へ??
え??
キルロとハルヲは顔を見合わせ固まる。
何それ? なんもしなくてその額って。
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