モアルカコタン(小さな箱村)
第80話 エーシャ・ラカイム
「随分と
マッシュは視線の先に見えた小さな村を見つめる。
言葉の端に戸惑いが見え隠れしていた。
確かに。
勇者絡みって考えると、随分と小さく質素な村だ。村を取り囲んでいる柵も低く、簡易的な物でしかない。何かから守るというよりは、ここは村ですよと伝える為だけに囲っているようにしか見えなかった。
家からは煙が出ているが数える程しかなく、今までのクエストを思い返して見ても当てはまる例がない。
こんな村に何かあるのか?
そんな疑念が湧いて当然かもしれない。
しかも今回はダミーではなく本当の荷運びで、ユラ曰わく建築の材料らしい。この間ヴィトリアで、さんざん見たものだと語っていた。
きっと必要な事だ、しっかりとやり遂げる思いはあるが、全容が見えてこない。
ミドラスからそう遠くもない、この辺境の村に一体何があると言うのか?
何度となくそう思い、キルロは遠くに見える村を見つめていた。
村に到着しても印象は変わらなかった。質素で地味な村だ。
家屋も少なく、畑も小さいものが点在するだけ。
住人もまばらで朴訥というか、寂しいというか、何もない村。
それが率直な感想だった。
「こんにちは、わざわざありがとうございます」
白い法衣を纏い、一同に礼をする若い女性の姿を見やり、今回の荷運びがどうしてアルフェンからの要求だったか理解する。
松葉杖をつき、若い女性にあるまじき傷が左目に長く縦に刻まれていた。
アルフェンのパーティーにいたという若い
しかしなんでこんな所にいるんだ?
「久しぶりというにはあれだな。洞窟で一回見掛けただけだしな。あんた名前は?」
「エーシャ・ラカイムと申します。宜しくお願い致します」
再び頭を下げた。
各々、挨拶を交わした所でキルロは問いかける。
「エーシャ、なんでアンタがこんな所にいるんだ?」
「はい。ここで治療院を開く予定なのです」
皆が驚いた表情を見せる。こんな辺鄙な場所で治療院を開いても……。
治療院なので需要がないという事はないだろうが、しかし……。
皆が同じ思いだった。
運んだのは治療院の建材という事か。
「この辺りは小さな村が、ここを中心に点在しています。ここがその集落の中心という事で、どの村にも治療院がないので、こちらに建てようという事になりました。それでパーティーを離れた私が、こちらに派遣されたという事です」
こんな場所でという感じは否めないが、治療院があって困る事はない。
もしかしなくてもアルフェンの差し金だ。そうと考えてみても体が不自由なのに派遣って、なんとも腑に落ちない。
「エーシャ、体は大丈夫なの? 杖をついているけど、あなたは確か、その、両足を……」
ハルヲは声を上げたものの、途中で言うのを躊躇してしまう。
確かに聞きづらい。
両足ぶった切られたなんて、イヤな事思い出させちまう。
「右足を当時のメンバーが拾ってくれて、ヒーラーの頑張りと病院に通ってなんとか。ほとんど動きませんが支え程度にはなるので杖で移動出来ています」
エーシャはあえて朗らかに、ハルヲに答えた。
「すまんな、イヤな事思い出させちまった」
キルロが謝罪するとエーシャは首を横の振り“いいえ”とだけ言った。
「とりあえず、荷物を下ろそう。手伝える事あったらバンバン言ってくれ、その為にオレらに運ばせたんだからさ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えてお手伝いをお願いします」
「まかせろ」
キルロはエーシャに胸を張ってみせると、エーシャが微笑みを返した。
「違う! そうじゃない、こっちをこうするんよ。ヌシしっかり頼むぞ」
ユラがさながら頭領のように現場を仕切る。
小さく元気があって端から見れば可愛らしいのだが、怒られまくっているキルロは立つ瀬ない。
それでも格段に建築のスピードが上がったらしく、エーシャは大変に喜んでくれた。
この様子だとヴィトリアでも相当活躍したんだろうな、さすがドワーフ。
この村に来てから気になっている事のひとつに、住人達の覇気がないということだ。
常に俯き加減で歩き。挨拶すれば返ってはくるが、何か気になることでもあるのか、どこか落ち着きのない様子が見て取れた。
あとでエーシャにでも聞いてみるか。
半日ほどの作業で、ほとんど完成した。
まぁ、実際のところはすでに完成間近だったので、それを少し早めただけだが、良しとしよう。
間借りする空き家でメンバーは人心地つけていた。
「随分と大人しい村だよな」
「ですです。というか元気がないです」
フェインも同じ事を感じていた。
なんとか元気づけてやりたいんだが、キルロは逡巡する。
何か理由があるのか?
「ごめんください」
玄関を開けるとエーシャが立っていた。
どうしたのだろ?
一同の視線が玄関へと向いた。
エーシャは穏やかに笑みを湛えて見せる。
手を引き椅子へと案内すると、“ありがとうございます”とだけ言いゆっくりと腰を下ろした。
「どうしたんだ? なんかあるならこっちから行ったのに」
「私のところでは、お話し難いことなので」
エーシャの言葉にキルロも皆も首を傾げる。
こんな村でとは失礼かもしれないが、何かあるような村とは思えない。
「この村に何かあるとは思えないのだけど? どういう事かしら?」
ハルヲの言葉を聞いたエーシャから、笑みが消え剣呑な雰囲気を表情から見せる。
「はい。この村は
特にマッシュは目を細めると、厳しい顔を見せていく。
今までの情報と今の情報を照らし合わせて、答えを模索しているのであろう。
「住人の皆さんはその事ご存知なのでしょうか?」
「知りません。ただ住人に
ネインの言葉にエーシャは首を横に振る。
これはまた随分と厄介な所に送り込んでくれたものだ。
「て事はだ、ヤツらの拠点ないし、隠れ家的何かがこの近くにあるって事か?」
「多分そうではないかと。あると考えています」
マッシュはエーシャの肯定に何度も頷く。
繋がらない点と線が繋がり始めたのか。
「エーシャを派遣する事で
「それは多分にあるな。こっちは把握しているぞ、ってプレッシャーかけられるからな」
マッシュの答えにキルロは頷く。
抑止力として働いてくれればいいんだが、住人が怯えているという事は襲撃を恐れているのか?
「それと同時にエサとして、エーシャは蒔かれたのよ。それを守るのもきっと私たちの仕事よ」
「だな。間違いない。圧が掛かれば反発するのも常だ。この村から搾取出来なくて焦るか、逃げるか、取り返しにくるか。さてどうでるかな」
エサ。
どちらかというとそちらの方がニュアンスとしては強い。
住人は常に何かに怯えているそれは間違いない。
住人の中に
アルフェンとしても掴んだかもしれないヤツらの尻尾を離したくはないよな。
質素な居間で皆が押し黙る。暗闇が訪れる前にランプに火を灯した。
淡い光が部屋を満たすと皆が視線を交わす。
「やるか」
「だな」
「潰すわよ」
ヤツらの拠点を潰そう。
まずは拠点の探索からだ。
エーシャの護衛は、ハルヲを筆頭にフェイン、ユラ、キノの女子組に任す。
野郎連中で拠点の洗い出しを始める。
住人に何が起こったのか、直接聞きたいが、果たして話してくれるかな?
まずは、村の代表から当たるか。
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