第81話 畑の土

 遅めの朝食を取る。

 昨日の今日で村が襲われることは、さすがにないか。少し構え過ぎていたのかも知れない。

 エーシャに村の代表をしているノルマンという男を教えて貰った。

 飯食ったら早速接触だ。ハムに食らいつきながらそんな事を考える。



 相変わらず人の気配の少ない村だな。

 生活音が響いてこない、俯いて黙々と生活している感じが気持ちを青く染める。

 “やれやれ”とため息つきながら村を見回し、マッシュ、ネインと共にノルマンを探していた。


「なんだかこうパリッとしないなぁ」

「うん? なんだ、それ?」

「気持ちが晴れないという事ですか?」

「それそれ」

「まあな」


 スッキリとしない思いを吐き出しては見たものの、それで気分が晴れるわけでもなく、ため息をつきながらノルマンを探して行く。


「あれじゃないか?」


 マッシュが畑を耕している、痩せたヒューマンを顎で差した。

 痩せた小さな老人が俯き、一心不乱に鍬を振っている。


「こんちわ、聞きたい事あるんだがちょっといいかな?」


 キルロは老人に声を掛けるとキルロの方を一瞥し、鍬を振る手を止めた。

 視線は鍬の先一点を見つめ、こちらを見ようともしない。

 愛想のない爺様だな。

 気を取りなおしてもう一度声を掛ける。


「すまないな、仕事中。最近困った事とかなんかないか?」

「ない」


 それだけ言うとまた鍬を振り始めた。

 なんだ! それ!

 もっと言いようがあるだろう。

 ふいに鍬を振る手を止め、キルロの方を見る。

 生気のない濁った瞳に希望は全く見る事は出来ない、なぜそこまで。

 そんな瞳に見つめられ、何も言う事が出来なくなった。


「アンタらは、いついなくなる?」


 表情ひとつ変えず淡々と言い放つ。

 サッサといなくなれ、用はそういう事か。

 キルロの中で怒りにも似た感情が湧き起こる。

 なぜ?!?

 だらりと下げた拳に力が入る、笑顔が消えているのが自分でも分かった。

 対峙する老人の瞳は相変わらず生気がなく濁り、キルロの瞳をそのまま真っ直ぐ見つめる。

 もどかしい、悲しい、寂しい、その瞳を直視出来ず視線を逸らす。

 

 トン


 肩に手を置かれる。

 マッシュがキルロの肩に手をやると一歩前に出た。


「じいさん、大丈夫だ。ウチらはすぐにいなくなる。心配すんな」

「そうか」


 老人は少しだけ安堵の表情を浮かべると、マッシュは必要以上の笑顔で語りかけた。


「じいさんがノルマンか? オレはマッシュだ」

 

 老人は黙って頷く。

 村の代表に邪険にされるとは全く。

 そういえば、エーシャも住人と触れ合いほとんどないって言っていたな。

 しかし、これでは欲しい情報が入らない。

 マッシュはノルマンの横にしゃがみ込み、畑の土をいじり出した。


「ノルマン、ここの特産ってなんだ? 芋か?」

「そうだ。痩せた土地だ。芋しか育たん」

「でも、こんだけ乾いていたら、旨い芋出来んだろ? どこで食える?」

「さあな、ミドラスに売りに行っているから、ミドラスで食えるんじゃないか」

「そうか、ミドラスなら食っているかも知れないな。治療院の工事が終われば出て行くよ。心配しなさんな。なんか気になる事あったら声掛けてくれ。邪魔したな」


 マッシュはノルマンの肩を軽く叩いた。


「行こう、ノルマンじゃあな」


 それだけ言って、マッシュはキルロとネインの背を押していく。

 特産品が芋って事しか分からなかった。

 何か隠している?

 それが覇気のない原因か。



 


「良し!」


 腰に手をあてユラ頭領はご満悦だ。

 コキ使われたわ。大工仕事のスキル上がったわね。

 ハルヲが額の汗を拭いながら、完成した治療院を見上げる。

 大した事はしてないが、やり遂げた充足感が満たしていく。

 ハルヲ達女子組はエーシャの護衛がてら、昨日からの大工仕事を引継ぎ、額に汗して完成までこぎ着けた。

 しかし村の人、誰も手伝いにこなかったわね。

 冷たいというか関わり合いになりたくない? なんか煮え切らないわね。


「お疲れさまです、少し中でお休み下さい」


 エーシャが窓越しに声を掛けてくれた。

 お言葉に甘えて待合いの椅子に腰掛け、人心地つける。

 作業している間、ひとっこ一人見なかったわね。

 いくら人が少ないとはいえ、気配くらいあってもいいのに。

 ジワジワと窓から照りつける陽の光は浴びながら、生活音が全くないことに気がついた。

 大工仕事をしている時は自分達が音出していたから気にも止めなかったが、こうも静かだと逆に気持ちが悪く感じる。

 なにかしら? この違和感。


「誰も手伝いに来ませんでしたです?」


 フェインが少し寂しそうに言うとユラも“だよな”と同意する。

 やはり皆同じ事思っていたか。

 この村にはそこはかとない違和感がついて回る。


「エーシャ、なぜここがヤツらドゥアルーカと繋がっているって分かったの?」

「詳しい事は分かりませんが、どうもタントさんと【ノクスニンファレギオ】の方が、別ルートでこの辺りにたどり着いたようです」


 ノクスニンファ?

 シル? かしら。


「あのー、それと搾取はどう繋がるのです、か?」

「はい、そこはあくまでも憶測なのです。収穫量が異常な減りを見せています。元々ここは小さい村ですが、そこまで貧しい村ではないはずなのですが……」

「貧しく痩せた村にしかみえないわね」


 ハルヲはエーシャの言葉を受け率直に感想を述べ、フェインはエーシャの答えに苦い表情を浮かべる。

 収穫がどこかに流れている可能性があるって事か。

 反勇者ドゥアルーカの痕跡と関連づけて、その可能性を見出した。

 安易だけど、もしそうなら今まで見せてこなかった尻尾をチラチラ見せている。

 罠?

 いや、だったら襲撃の機会はあったはずだ。

 それともこっちが思っている以上に追い込んでいて、余裕がなくなっているのか?

 ヤツらが追い込まれる理由……。


「あのよ、あのよ、そんなの村のヤツらに聞いちまえばいいんじゃないのか?」

「村の方々は何も言いません。最初に聞いたのですが答えて貰えず、今では必要以上にここへは近づきません」

「ぶっとばすか?」

「アンタ絶対ダメよ!」

「ドワーフジョークだ」


 カラカラと笑うユラにハルヲは嘆息する。

 しかし村の協力は得られないのは確定ね。

 ハードルが一気に上がるわ。



「一回引こう」

『ええー』


 夕食時に開口一番マッシュが引くことを提案すると、一斉に驚愕の声を上げる。

 明らかに怪しいのに引いたらダメなんじゃない?

 マッシュの事なんで、なんか考えはあると思うけどキルロは言葉の意味を考えるが、思考がうまくついていかない。 

 開口一番の発言にマッシュとキノ以外の手が止まる。ユラは思い出したかのように食べ始めたが、マッシュの言葉を反芻し皆が逡巡する。


「なぁ、この村、女、子供が少なすぎやしないか? というか見たか?」


 マッシュの言葉に皆が顔を見合わせる。

 そうだ、確かに言われてみれば。

 なんとなくの違和感のひとつはそれか。


「元々いない過疎の村という事もなくはないですが、さすがに全くいないというのは確かに変ですね」


 ネインが考えながらもマッシュに頷く。

 胸くそ悪くなるパターンかこれ、ちくしょう。


「人質に取られた可能性があるって事だな」

「そうね。それだと辻褄は合うわね」


 ハルヲも同意見だ。

 マッシュは軽く頷いて顎に手をやった。


「決まりじゃないし、今までのヤツらのやり方ではない。今の今まで目立たぬよう、慎重に事を進めていたのにいきなり雑なやり方してくるのに違和感はある。そもそもヤツらとは関係ないのか、ヤツらが追い込まれて尻尾を見せたのか。あくまでも予測でしかないし、確定ではない。まあ、それも含めてうまく立ち回らないと」


 まずはヤツらドゥアルーカかどうかの確認。

 もし予想通り、人質なんて事だったら……。

 考えただけで、吐き気がする。

 ただ、ここに来てヤツらに綻びが見えたのなら、やすやすと見過ごす手はないよな。

 朧気な半円の月の光を眺め、瞳にグッと力を込めた。

 それで引くのか? うん??


「いや、だったら今すぐにでも救出しないと! 引き返している場合じゃない!」

「どこに?」


 熱くなったキルロをマッシュが諫める。

 闇雲に助けに向かった所で意味を成さないことは分かっている。

 ただ住人の俯きながら歩く姿や、ノルマンの濁った瞳が頭にこびりついて離れない。

 悔しさをまき散らすようにキルロは大きく息を吐き出した。


「分かっているけどよ、早くなんとかしないと」

「アンタは分かってないわよ。闇雲に動いた所で時間を無駄に使うだけ。少し頭を冷やせ」


 ハルヲが冷たく突き放す。わがままに付き合って時間をロスするのは愚策でしかない。

 分かれ、このバカ!

 キルロに向けて鋭い視線を向けると、キルロは椅子にもたれ宙を仰いだ。


「まあまあ、おまえさんの気持ちも分かる。別にのんびり構えようって分けじゃない。考えた中で最速で片付けようって腹だ。頼むぞ」


 マッシュはキルロに苦笑いを向けると、キルロは視線だけ向けて軽く何度も頷いた。

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