第79話 宴(パーティー)

 陽気な笑い声や罵声など様々な声が入り混じり、シャワーのように通りへ降り注ぐ。

 夜の帳が落ち、街灯の灯りが街路を照らし始めると人々のエネルギーが満ち溢れる。

 そんな街路を晴れやかな顔で、スミテマアルバレギオの一同は歩を進めていた。

 キノはフェインに肩車して貰い、キョロキョロと街並みを眺めると、楽しそうに笑顔を弾けさせている。

 平和な風景がここにはあり、穏やかな空気が包んでいた。

 

「ここよ」

 

 ハルヲが店の開き戸を放つと、喧騒が波のように押し寄せてきた。

 ポジティブな空気の圧が一気に押し寄せて来る。

 ハルヲが一歩店に入ると喧騒が嘘のように一瞬静まった。

 と思った瞬間、喧騒が爆発した。


『ハルーーー!』

『ハールさん!』

『ハルちゃーーん!』


 店のあちらこちらからハルを求める声が飛んでくると、メンバーは圧倒され一瞬怯んだ。

 当の本人は涼しい顔で手を振ったりして愛想を振りまき、キルロにも見慣れた光景でしかなかった。

 やれやれと嘆息して、店内を見渡していく。

 相変わらずだな、キルロがその光景を見ながら苦めの笑顔をこぼす。

 マッシュが呆気に取られている姿は珍しい、ハルヲの肩を叩きマッシュの方を指差すと、ハルヲも吹き出し笑みをこぼした。


「ハルちゃん、パーティー入ちゃって? なんでウチ来てくれないのー!」

「いやウチだ!」

「何言ってたんだウチだ!」

「ああー、もうやかましい。勝手に呑んでろ!」


 キルロが終わらない喧騒に終止符を打つべく水を差した。

 全く、なんも変わってねえなここは。

 ミドラスのヒューマン街の中にある、とある酒場。

 兎人ヒュームレプス達の第一陣が無事にヴィトリアに入り、工事も順調に進んでいる。あとは全部任す事にして、スミテマアルバレギオとしての介入に区切りをつけた。

 久しぶりに一息入れるタイミングと踏んで、ネインとユラの歓迎会を遅蒔きながら開催すべく、ハルヲの行き着けへと皆で足を運んだ。

 ここでのハルヲはアイドル的存在として皆に親しまれ、ハルヲ自身もここには昔から世話になっていた。

 ここの所バタバタしていたので久しぶりに足を運んだというのに、ここは変わらず受け入れてくれる。

 その変わらない空気にハルヲの表情も綻びを見せていた。


「ハル、奥空けておいたぞ。使え」

「店長ありがとう。皆こっちよ」


 店長の計らいで奥の個室を貸し切ってくれた。

 ハルヲは店長に礼を述べ、皆を案内する。

 扉を開き中へ入ると喧噪が遮られ落ち着いた雰囲気へと変わっていく。

 10名くらいで使えそうな切り出しのテーブルの上には、すでに料理が並べられ、部屋の隅には氷で冷やされている飲み物が準備されていた。


「じゃあ、早速オレから。今回は……」

「長い! 乾杯!」

『乾杯!!』

「待て! まだ何も言ってねえぞ!」


 キルロの挨拶を遮ったハルヲが乾杯の音頭をとると、部屋の中に笑顔が弾けた。

 たまには団長らしく挨拶させてくれてもいいのにと、いじけ気味にちびちびとエールを啜る。


「おほー、うんまいな」

「ですです」

「食べて、食べて、店長には言ってあるから遠慮はなしよ」

「ネイン! 呑んでいるかー!」

「団長もう酔われているのですか?!」

「アハハハ、おまえさん笑えるくらい弱いな」


 メンバーだけでの会食は初めてか?

 今回も含めてずっとバタバタだったもんな、やっと一息だ。

 キルロはテーブルを囲む皆を見渡す。

 その姿にキルロも笑顔になる。

 皆でワイワイと何気ない話しをして、食べて飲んで笑い声が響き、皆が笑顔になった。

 明るい雰囲気に包まれ、その空気感にもフワフワと酔う感じがする。

 ふいに信頼出来る人を選べと言っていたアルフェンの言葉を思い出す。

 きっと自分は出会いに関してはツイている。間違いない。

 笑顔でどうでもいい話しが出来る事に感謝しよう。

 酔っ払いながらそんな事を考えて、皆の笑顔を見つめていた。



『ハルちゃーん! またねー!』


 ひとしきり食べて飲んで笑った。

 客に見送られながら店をあとにする。

 少し飲み過ぎてフワフワするが、まあ家まで余裕余裕とキルロはフラつく足で皆と共に帰路についた。

 


 さすがに少し酔ったな。

 マッシュは皆から少し離れて歩いていた。

 まさか自分がパーティーに入るとはね、今さらながら不思議だ。

 後ろから皆の姿を眺めながら喧噪の中を漂う。

 面白いヤツらが揃った変わったパーティーだが、加入は正解だった。次から次へと良くもまあいろいろ起こるわな、全く飽きる事がないよ。

 それでいて存外優秀なんだよな⋯⋯不思議なパーティーだ。

 少しフワフワとする頭で、考えがユラユラと頭の中を漂う。

 頭を軽く振って浮遊する思考を沈殿させる。


「ようよう兄ちゃん、いいもんあるんだけど、どうだい?」


 背中越しにイヤな感じの声が掛かる。人が気持ち良くなっているのにとマッシュは無視を決め込む。


「兄ちゃん、待ちなって。見た事ないヤツだぜ」


 二人組だったのか冒険者然とした別の男が回り込んで前を塞ぐ。

 鬱陶しいな。

 前方の男に睨みを利かす。

 睨まれた男は“へへ”と、いやらしい笑いを浮かべるだけで、怯む事はしなかった。


「まあまあ、見るだけ見ろよ。コイツは今までとは違う酔い方できるぜ」

「チッ!」


 マッシュはイラ立ちを伝えんと盛大な舌打ちをする。

 後ろから声を掛けてきた男と二人、いつの間にか前方を塞がれ進めない。

 揉め事を起こすのも面倒だ、全く人が気持ち良く歩いている所を邪魔しやがって。

 男はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべると、小袋から赤というには少し黄色かかった小さな粒状のものを手の平に乗せて見せてきた。

 怪しいにもほどがあるな、これカコの実だろ。


「ただのカコの実じゃねえか、いらんよそんなもの」


 マッシュの言葉に二人組は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。

 なんだ気持ち悪いな、釣れたみたいな顔しやがって。


「流石だな、兄ちゃん。これカコの実だ。ただしちょっと細工してあってよ、普通のカコの実だとパキーンと目が覚めるだけだ。こいつはパキーンと目が冴えているのに、頭の中はフワフワ気持ちいい夢心地が続くんだ。すげえぞコイツは!」

「適当だな、そんな訳あるか」

「それがあるんだよ」


 相変わらずイヤらしい笑いを浮かべやがって。

 そんな都合のいい話あるかよ。

 立ち去ろうとするマッシュに手を差しだし遮る。

 面倒くさいな、カコの実使い道はないが、まあ持っていてもいいか。


「5000でいいよ」

「1000だ」

「無茶いうなよ、3500これ以上は勘弁してくれ」

「1500だ」

「あ、もう負けたよ3000だ」


 マッシュはひと呼吸置きポケットから3000ミルドを取り出した。


「このへんにいるからよ、また声掛けてくれ」


 男達は裏通りへと消えて行く。

 随分としつこかったな、手の平でカコの実を転がすとポケットへねじ込み喧噪の中、皆のあとを急ぎ足で追った。





 頭が痛い、昨日はしゃぎ過ぎたな。

 足元で眠るキノを起こさないようにそっとベッドを抜けだし、カップに水を注いだ。

 窓を開けるとシトシトと静かな雨が街の音を吸い取り、静かに降り注ぐだけだった。

 体を伸ばして欠伸をひとつすると、頭が少しずつ起きてきた。


「静かだ」


 口元からこぼれる。

 今日はのんびり休むかな、頭痛いし。


「ごめんくださーい、早駆けでーす」


 店の入口で書状を渡されると、宛名を確認した。

 ユクランカペレ。

 勇者絡みのクエストか。休みはなしだな。

 封は開けず、皆に集合を掛けるべく準備に入った。

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