第37話 コテージで休息ときどきエルフ

「今日はタントじゃないのか?」


 キルロは見なれた猫人キャットピープルの名を出すと大柄な男は嬉しそうに肩をすくめて見せる。


「ヤツはヤツでなんかやっている、おかげでこっちは少しのんびり出来た。何だったらもう2、3日潜ってくれてもいいんだぞ」

「勘弁してくれよ」

「ブァッハハハハ! ダメか。それは残念だ」


 声を上げてクラカンは笑って見せる、どうやらここでパーティーの帰りを待っていたようだ。

 嘆息しながらもキルロは採取した白精石アルバナオスラピスをクラカンに手渡した。

 両手から零れ落そうな白精石アルバナオスラピスにクラカンはまた笑顔を見せる。


「結構デカいな、3個か。上出来じゃないか」

「そうなのか?」

「普通この量だと2、3日は潜らないと取れんぞ。1日でこれだけ取れたら上出来。取れん事だってままあるしな」


 クラカンは受け取った白精石アルバナオスラピスを大切にしまっていく。

 その姿を覗き見しながらキルロは肩をすくめた。


「そんなものか」

「そんなもんだ」

「マッピングはあんまり出来なかったんだよ」

「そっちはオマケみたいなものだ、気にするな」


 とりあえずノルマはしっかりとクリア出来たようで良かった。自分のせいでクリア出来なかったら立つ瀬がない。


「そういやアルフェンのパーティーとしての仕事はいいのか? あんたも抜け、タントも抜けて成り立つのか?」

「そっちは今ちょっとトラブっていてな、開店休業状態だ」

 

 クラカンはばつが悪そうにまなじりを掻いた。

 どっかのパーティーがアルフェンパーティーの仕事をフォローしているのだろうか?


「それじゃ、帰りの道中も気をつけろ。また宜しく頼むぞ」


 “2、3日はのんびりしていくといい”と付け加えクラカンは去って行った。

 フェインの目が輝く。


「2、3日のんびりしていいのですね!」


 鼻息荒くフェインが息巻く。


「私は店あるから帰らなきゃ、アンタもでしょう」


 ガッツポーズしかけたキルロが肩を落とす“はい”と小さく返事した。

 その様子を見ていたフェインも今まで見たこともない驚愕の表情を浮かべる。


「私もマップの清書をしなければでした……」


 半端ない落ち込みを見せる、『はぁ~』とキルロとフェインが揃って盛大な溜め息を漏らす。


「ハハハ、じゃあ代わりにオレが2、3日のんびりしてってやるよ」


 マッシュが笑いながら言うとフェインは驚愕と怒りと羨望が入り混じった複雑な表情でマッシュを涙目で見つめた。

 腕が動けば鍛冶仕事出来るからな、いいのだか、悪いのだかキルロも再度落ち込んだ。


 

「そういや何で幌が耐火仕様になっているって分かったんだ?」

「あれか、馬車見た時にちょっとテカってたんで触ったら紅松の樹脂が塗ってあった」

「そんな物があるのか?!」

「紅松の樹脂なんてどこででも売っているぞ」

「フェイン、足の具合どう? 調子悪いならウチにいらっしゃい。薬くらいならあるから」

「ありがとうございます、もうほとんど大丈夫です。あ、でも一度診て頂けますか?」

「もちろん」

「キノは大丈夫?」

「もう眠いよ」

「そお、寝てもいいわよ」


 夕食を取りながらパーティーはとりとめない話しに花を咲かす。ゆったりと流れる時間を謳歌している。

 間延びしたこの空気が心地良く、気持ちをくすぐっていった。





「ホントに、ホントに残るのですか? です」


 翌日、ゆっくりと朝食を取り、マッシュ以外の面々が出発の準備を始めた。

 イスタバールに残るマッシュに、フェインはまだ恨めしそうに涙目を向ける。


「フェイン、諦めろ。人は時に諦めなくてはいけないのだ」

「バカ言ってないで行くよ! マッシュまた後でね」


 フェインと同じく涙目のキルロを尻目に、ハルヲはサバサバと事を進める。

 

「ま、昨日の今日だ、大丈夫だと思うけど気をつけて行け。2、3日ノンビリしたら戻るから」

 

 マッシュが軽く手を振る、キルロとフェインが馬車の後ろから『ぉおおおー』と手を差し伸べるがハルヲは意に介さず手綱を引いた。

 遠ざかるマッシュがどんどん小さくなっていく。

 馬車が大通りを抜け、街道に出るとたくさんの馬車が行き交う。

 たまに兵士が街道の警備に当たっている姿が目に入る。

 帰りは賊の心配はなさそうだ。

 安堵感と共に睡魔が襲ってきた、夜に向けて一眠りしておこう。



 2日ばかり走り通すと午後の日差しの中、順調にミドラスへの入口へたどり着いた。


「お疲れ様。またな」

「ギルドへは明日でも私の方で行っておくからアンタは大人しくしるのよ」

「お疲れ様でしたです」


 “ああ”と軽く返事し二人に手を振った。

 店の前で下ろして貰い引きずる足で我が家へ入ると一気に疲労が襲ってくる。

 窓から差し込んでいる柔らかな日差しが心地良い。キノと二人、ベッドに倒れ込み気がつくと翌日の朝になっていた。



 久々に炉に火を入れる。取り急ぎ装備のメンテナンス始める。

 たった一回で折角ピカピカだった装備がボロボロだ。

 ゴーグルを嵌め、槌を握り、叩き始める。

 久々に見る火花だ、傷ついた装備を叩き磨く。

 あ! そうだ。

 大人しくしていろと言われたが、日用品の買い物くらいいいだろう。

 ついでに買いたいものもあるし。


「キノー、街行くかー?」

「行くー!」


 元気な声が帰って来た。

 一段落したら街へ行こう。



 


 鍛冶仕事に追われているとギルドの手続きが終わったとの連絡が入る。

 ネインに連絡を飛ばし、後日受け渡し日を決めた。

 マッシュはまだイスタバールを満喫しているのか戻っていない。マッシュは後回しにして、ミドラスにいる面子だけで報酬の山分けをする事にした。


「お久しぶりです」


 ネインが小さな笑みを讃えて店を訪れた。

 大した日にちは経っていないはずだが、言葉通り久しぶりに感じる。

 各々挨拶を交わして席に着いていく。


「あ、ウチは人数での単純割りなのでいいかしら? 少ないって事はないかと思うけど」


 ハルヲの言葉にネインは驚きの表情を浮かべる。


「いいのですか? それで?」

「ウチの団長の方針なのよ、バカでしょう」


 ハルヲが呆れた口調で答える。

 目を瞑り、腕を組んでキルロは黙って頷く。ちょっと威厳を出してみたかった。

 しかしバカは余計だ。


「いやぁ……、ありがとうございます」

 

 微笑むネインに報酬を渡す。一人あたま7万ミルド。かなりいい額だ。

 当たり障りのない近況を話し合い、バカを言い合う。


「それはそうとネイン、考えてくれたか?」

 

 キルロはネインを真っ直ぐ見据え問いた。


「お世話になろうと思います。宜しいですか?」


 ネインが真剣な顔で答える、キルロは口角を上げハルヲとフェインに視線を送る。


「来てくれると思っていたよ。改めて宜しく。そしてようこそ」


 キルロが手を差し出すとネインとしっかりと握手を交わした。


「宜しくね」

「宜しくです」


 ハルヲも手を差し出し、フェインは両手を差し出して各々握手を交わした。

 ネインの表情からも硬さが和らいでいく、幾分、緊張していたみたいだ。


「マッシュにも改めて。いい報告が出来るな」


 満面の笑顔で皆を見渡した。

 

 ネインカラオバ・ツヴァイユース加入。 


 別れ際にスミテマアルバレギオがアルフェンの直属であることをネインに告げると、さして驚くでもなく、マッシュのようにすんなりと受け入れてくれた。

 ハルヲはフェインとキルロの治療の為残り、フェインの足の具合を確認している。

 

「大丈夫そうね、動きはどう?」

「そうですね。ちょっと硬さがありますが、違和感程度です」

「それは動かしているうちに、きっと取れるわよ」

「はい」


 フェインはグニグニと足を動かし感触を確かめる。


「ほら、アンタも」


 ハルヲが椅子をバンバン叩きキルロに指示する。

 頭を掻きながら座ると痛めた足をハルヲに投げ出す。

 ハルヲの両腿の上にキルロの足が乗っかり、ハルヲが患部の確認を始めた。


「お邪魔するわね~!」

 

 入口から聞き覚えるある艶やかな声が聞こえ、居間へと誰かが向かってくる気配を感じた。


「シ⋯⋯ル⋯⋯!?」


 ハルヲが目の前に現れた妖艶なエルフの姿に口からこぼれた。キルロは背中越しに“シル?”と首だけ向ける。


「あら? なになにその格好は? お邪魔だったかしらね。でも、邪魔しちゃおうかしら~」


 弓なりの目でニヤニヤしながら二人の様子を眺めたかと思うと、キルロのすぐ隣に座りグッとキルロにくっついた。

 柔らかなシルの感触にキルロはドギマギし、顔がどんどんと赤くなる。

 ハルヲはその様子にどんどんと青くなる。


「や、止めて下さい! 今日はマッシュさんいないのですから!」


 行動不能になりそうなハルヲを救えとフェインが声を上げ、キルロからシルを離した。


「あら、残念ね」


 シルはちょっと口を尖らせて、フェインを軽く睨んだ。


「それはそうと何しに来たんだ? あと、シルの後ろでこっちを睨んでいるお姉ちゃんは誰?」


 シルの後ろに緑が少し入った綺麗な金髪をボブぎみに短く切りそろえたエルフ。

 エルフには珍しくクリッと丸い目を持つ細身のエルフが、緑色の瞳でキルロとハルヲを睨みつけている。


「カイナ」

「すいません、シル様」


 シルに諫められたカイナは、シルに直ぐ頭を下げた。

 顔上げるとまた、キルロを“ふんっ!”と睨んだ。


(なんかこえーよ、このエルフ)


 声に出せないキルロは、そっと視線を逸らしていった。


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