ドゥアルーカ

第38話 蝉

「はっ! ここには碌なヒーラーがいないのか!」


 カイナは診察を受けているキルロの様子を嘲笑し言い放った。


「まぁ、ウチは弱しょ………」

「取り消せ!」


 キルロが軽く肯定しようかと口を開くも、フェインが被せるようにカイナに強い言葉をぶつける。

 フェインは目を見開き、今にも飛びかからん勢いでカイナの目の前に立ちふさがった。

 カイナも怯む事なく睨みを利かすと一瞬で険悪な雰囲気が部屋を満たしていく。


「おいおい、ちょっと待………」

「キルロ!! 見て! 見て!」


 中庭で遊んでいたキノが15Mcはありそうなでっかいアブラ角蝉を手に部屋へ飛び込んできた。

 


 “キシーキシー”と蝉の鳴き声が部屋中に響き渡る。


 

「お! でっかいのを捕まえたな、ハハ……」

「ハハ……、やるじゃない」


 苦笑いを浮かべているキルロとハルヲが険悪な雰囲気の矛先を変えようと、キノを褒め讃えてみた。

 “へへへ”と笑いながらキノは得意満面の笑顔を見せる。

 節のついた脚をカシャカシャと動かす蝉を、引きつった顔でカイナが見ているのにキルロは気がついた。

 キノにアイコンタクトを送ると、キノがニマニマと笑い通じ合う。

 だてに一緒に暮らしていないな。

 そしてそれは明らかなキルロの影響だった。


「エルフのお姉ちゃ~ん、見て! 見て!」


 蝉を片手にカイナに近づく、青い顔しながら笑顔をひきつらせ“すごいわね”と後ずさる。

 キノはさらに笑顔を深め、カイナを追いつめて行く。

 カイナはキノを遠ざけようと両手で必死に防御の姿勢を見せ、キノは華麗なステップでそれをことごとくかわしていく。顔前まで蝉に迫られると弾かれたように席を立ち、カイナは店外へと逃げ出した。

 もちろんいい笑顔でキノがそれを追って行ったのは言うまでもない。


「フェインごめんなさいね。あの子には後でちゃんと言っておくから許してちょうだい。素敵なヒーラーがいるのは私も知っているから」


 シルがフェインに頭を下げるとキノの乱入で、すっかりペースを乱された感のフェインも“いえいえ”と頭を下げる。

 とにかく良かった、険悪な雰囲気で一時はどうなるかとヒヤヒヤした。

 しばらくすると肩で息をするカイナが戻ってきた。後ろにはもちろん蝉を持ったキノを引き連れて。

 キノには至っては全く元気で、息ひとつ切れていない。


「こ、この子はなんなのですか?!!」


 カイナの一言で皆が爆笑した。

 キルロはキノに親指を立てると満面の笑みをキノが返す。


「キノ、もう帰してあげなさい」

「あいあーい」


 ハルヲの言葉にキノは“バイバーイ”と窓から蝉を放すと、カイナがホッとしたのが表情から見て取れた。


「次はカイナ、あなたの番よ。スミテマアルバの方々に非礼を詫びなさい」

 

 シルは普段見せない厳しい表情をカイナに向ける。“私は……”とカイナは何か言い掛けたが言葉をぐっと飲み込む。


「申し訳ありませんでした」

「いや、もういいよ。お互い様だから」


 頭を下げたカイナにキルロが笑顔を向ける。


「ついて来ないでいいって言ったのよ」

「そういう訳にはいきません」


 シルが溜め息まじりに告げると、カイナは直ぐに否定した。

 心配されているのか? なんだか随分とシルは慕われているというかなんというか。


「粗相しないようにお目付役か?」

「粗相なんてしたことないわよ。ついて行くって聞かないのよね、この子」


 溜め息まじりでシルはキルロに答える。

 なんだか大変そうだ。


「で、カイナはなんで今日一緒に来たんだ?」


 仕方ないのでカイナに話を振ってみる。怖いから振りたくないのだが、そのまま居られるのもなんだかばつが悪い。

 シルに釘を刺され怒気が少し収まったようにも見えるし。


「私は常にシル様の側に居るもの。だからだ。なのに……」

「なのに?」

「私の知れない所でヒューマンとハーフと共にクエストに出て、挙げ句の果て大怪我して、帰ってきてからというもの嬉しそうにヒューマンとハーフの話ばかり! なぜだ!!」


 マズイ、なんか火を付けてしまった。

 どうしよう。


「しょうがないじゃない、あの王子様との忘れられない瞬間。ハルの雄々しいまでの躍動。どれも素敵だったのですもの」


 シル、火に油を注がないでくれ。

 ハルは褒められて嬉しさを隠すかのように俯いてしまった。


「誤解を招く言い方をするな、ただヒールしただけだ」

「なぜですか! このような輩に……」

「あれ? ヤキモチですか?」


 キルロの必死の弁明も爆発しそうなカイナには寝耳に水。しかしフェインの一言にカイナが固まる。

 皆の視線が一斉にカイナに向けられると顔を真っ赤にし“何を……”と絶句する姿が。

 なんだか凄く疲れて、キルロは深い溜め息をついた。


「それで今日はどうしたんだ? 遊びに来たって訳じゃないだろう?」

「遊びに来たってだけじゃダメ?」

「いや、ダメじゃないけどさ、そんなヒマじゃないだろう?」

「そうなのよね~」


 シルは残念そうに苦笑いを浮かべると、目に真剣さを宿しキルロ達を見回す。

 本題に入るようだ。


「イスタバールに向かう途中である荷馬車が襲われた。それってアナタ達でしょ? 違う?」


 シルがいつもの口調で問い掛けてきたが、目の真剣さがいつもと違う。

 確認を取るって事はタント経由で聞いたとかでは無いようだ。答えていいものかキルロ達は逡巡する。


「荷馬車ってなに?」


 ハルヲがまずジャブを打つ、答え次第では言わない方がいいのかも知れない。


「フフフ、そうよね。こちらもちゃんと言わないとね。こちらというか私の動きを教えないとかな」

「シル様!」


 カイナがシルの発言を諫めようと声を上げたが、それをシルは面倒そうに手で払うしぐさをしてキルロ達に真っ直ぐ視線をむけた。

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