第35話 未開拓地

 キノが見つけたのを皮切りにポコポコと見つかるのではと思ったが、残念ながらそんなに甘くはなかった。

 周りの警戒を怠らぬよう慎重に探索を進める。

 少し移動してはその周辺、また少し移動して、それを愚直に繰り返していた。


「あった! あった!」


 キノがまた黒金岩アテルアウロルベンを見つけた。

 見つけていない大人の面目が立たない。

 ひっくり返すと前の物と同じように、ポコッとした膨らみが見て取れた。先程より少し小さいが間違いない。


「良く見つけるわね。薄暗いから見つけづらいのよね」


 ハルヲが嘆息する。


「だよな」


目がいいはずのマッシュまで同意した。


「ありましたです!」


 今度はフェインが満面の笑みで手を上げた。

 キノに続いてフェイン⋯⋯まさか⋯⋯。


「ピュアなハートの持ち主じゃないと見えないとか、そんなんじゃないよな」

「だったら、私にだって見つけられるはずじゃない」


 ハルヲの返答にどう反応すべきかキルロが固まった。“あ、削らなきゃ”と呟き逃げる。

 ハルヲは怪訝な表情を浮かべ、マッシュに視線を向けるとハルヲの視線に気づかないフリをして視線を遠くへと向けた。

 ハルヲは“フン”と鼻を鳴らして、辺り散らすかのごとく闇雲に草を刈り始め、ハルヲの周りに草の山が出来上がる。

 

「三つか、こんなものなのかな?」

「流石に想像すらつかないわね。多いのか少ないのか」

「ま、ゼロじゃないし、見切りつけても悪くないんじゃないか」


 キルロがアントンのバックパックにこぶし大ほどの白精石アルバナオスラピスを詰め込み、また足を動かした。

 パーティーは西へ進路を変え、慎重に歩き始める。

 ここから先は未開拓地、より一層の警戒が必要だ。

 レストポイントから先、エンカウントしてないのも気持ちが悪い。

 パーティーは気を引き締め、視界を忙しなく動かしていった。


 

 鬱蒼とした木々が続く。未開拓地とはいえ、今までの印象とそう変わらない。

 パーティーは未開拓地を奥へ奥へと進んで行く。


グルゥ……。


 スピラが足を止めて低く唸った。サーベルタイガーの低い唸りがパーティーに警戒を呼び込む。


「なんか臭いよ」


 キノも異変を訴える。

 パーティーの警戒感がさらに上がり、皆が装備を手にした。

 神経を研ぎ澄ませ、ちょっとの異変でも感じ取ろうと集中を上げる。

 パーティー全員が視線を左右に忙しなく動かし、最大限の警戒をした。

 何も感じ取れないのが逆に不気味さを後押しし、拍動は上がっていく。


「マッシュ、見えるか?」


 キルロが確認をとると“いや……”と小さく返し集中を上げる様が目に入った。

 心臓がさらにイヤな高鳴りを見せ始める。

 スピラとキノが同じような反応を見せたという事は、間違いなく“何か”がここを捉えている。

 なかなか視界に入って来ない、そんなに遠くから気配がするものか?

 見えない、分からないという不安の種がばら撒かれ、徐々に芽吹き始める。


 !!


 マッシュが何かに気がついた。

 風が吹かないはずなのに草が揺れている。

風?

 羽ばたき?! 

キルロが上を見上げる。

 もやが掛かった空は、陽を遮っているだけで何もない。


「ァアア!」


 フェインが叫びを上げ地中に引き込まれていく。

フェインの体が見る見る草葉の茂みへと吸い込まれる。


「下だ!!」


 マッシュが叫ぶ、敵の姿が見えない。

 どこだ??

 思考が固まる。

 ダメだ! 止めるな!

 キルロは自分に言い聞かせる。


「マッシュ!」


 ハルヲが叫ぶと槍を投げ渡した。咄嗟の判断。長ナイフでは不利とみた。

 フェインは?!


「ハァっ!」


 フェインの掛け声が聞こえた、自力で脱出を試みている。

 声のする方へ皆が駆け出す。

 

『……グゥゥゥ』


 何かの小さい唸り声が聞こえるとフェインが立ち上がった。

 一瞬、安堵したがフェインの表情から焦りの色が消えておらず近寄ってみると左の足首から激しい出血をしている。

 破れた皮膚からゼリー状の脂肪が飛び出し、吹き出す血の奥に白い骨が見えた。

 何かの牙がフェインの骨まで届いた。

 切迫した状況が続いている事を暗に示している。


「大丈夫……じゃないな。とりあえず下がれるか?!」

「ワニです! 間違いありません」


 フェインはその場から動かず皆に告げる。

 ワニ? 鰐? 森に?

 フェインは下がらない、いや、下がれない。

 あの傷では動くのは無理か。

 フェインの額からは脂汗と思える汗が、吹き出ており痛みを我慢しているだろう、表情は険しいままだ。


「フォローに回るぞ!」


 マッシュがフェインの前に立つ、ハルヲとキルロもフェインの側に立ち構える。

 その横でスピラとキノが生い茂る草を意に介さず、森鰐ヴァルトウィルムの気配を感じとると一直線に茂みへと飛び込んで行く。

 スピラは爪と牙を立て、キノはくるくると攻撃を交わしながら二本のナイフを突き立てた。低い唸りが聞こえると首をキョロキョロと動かし、また跳ねるように草葉の茂みへと消えて行った。


 カサっと目前の草が揺れた。

 森鰐ヴァルトウィルムはこちらを間違いなく視野に入れている。

 伸びる草葉がパーティーの視界を塞ぐ。見えない圧がじりっと迫って来る。

 右か左か正面か、フェインを囲む三人の手に自然と力が入り、表情は険しくなっていく。

 ハルヲの視界の外から何かが飛び込んできた。反射的にそちらに視線を向ける。

 

 長い口を大きく開き、上下に備わる牙が赤黒く汚れていた。

 体長は200Mcを超えるだろう体躯。

 鈍い灰色のゴツゴツとした表皮に爬虫類らしく縦に長い瞳孔は冷ややかに獲物を捉えようとこちらを真っ直ぐ見ている。


 短く太い脚が音もなく地を蹴りハルヲの脚を狙う。

 蹴った勢いのまま森鰐ヴァルトウィルムは首を横にし、赤黒い牙を突き立てようとハルヲの脚目掛けて低く態勢のまま猛然と飛び込んで来た。

 ハルヲは剣を地面に刺し、剣を支えにジャンプをすると赤黒い牙はバチンと空打ち音を響かせ勢いのままに剣に食らいついた。剣ごとハルヲを草葉へ引き摺り込もうとその強靭な顎は剥がれない。

 マッシュがその瞬間を見逃さない。

 引き摺り込もうと体を振る森鰐ヴァルトウィルムの眉間へと槍を突き立てると、低い小さな唸りを上げ森鰐ヴァルトウィルムは動きを止めた。

 あの顎はマズイ。誰もが今の一撃で感じる。

 草葉が揺れる度に緊張感が上がっていく。

 神経はすり減り、呼吸は荒くなる。

 皆が落ち着けと自身に言い聞かせ、冷静を保とうと尽力していた。

 20Mi程だろうか離れた所に大きな岩がある。

 あそこまで行ければ、フェインの治療出来るはずだ。今の状況ではかなり厳しいか⋯⋯。


「200秒! いや180秒でもいいフォローいけるか?」

「正直、厳しい。ゴメン」


 キルロがヒールの為の時間を作れるか問いたが、ハルヲの答えが全てを物語っていた。

 視線を草葉が揺れる方へと常に気を配る。この状態での瞑想状態えいしょうは命取り、この場でのヒールは余りにも無謀か。


「あの岩までフェインを運べないか? あそこまで行ければ治療出来る」


 キルロの提案にハルヲは逡巡する。

 ここに留まった所で好転はしない。

 キョロキョロと視線を動かし思考をフル回転させる。


「アントン!」


 大型兎ミドラスロップのアントンを呼び寄せる。

 背負っていたバックパックを外してやると地面をバチンと蹴り、やる気を全開にする。

 “ゴー”と声掛けるとまさしく脱兎のごとく草葉の茂みへと消えて行き、ジャンプするたびに垂れた耳が跳ねていた。


「キノー!」


 ハルヲが呼び寄せると茂みの中からナイフを持ったままのキノが現れた。


「あそこの岩までフェインを運ばなきゃいけないの、守ってくれる」

「あいあーい」

「マッシュ、アントンのフォローお願い出来る?」

「もちろん。そっち頼むぞ」


 キノが真剣な表情で頷き、ハルヲもマッシュに黙って頷いた。

 ハルヲがバックパックを背負い、キルロがフェインを背負う。


「行こう」


 キルロが声を掛ける、たった20数Miだが、とてつもなく長く感じる。丸裸で敵の陣中を突っ切るようなものだ。

 小さな、小さな、守護者に全てを託し、岩へと小走りで駆けて行く。

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