第34話 リスタート

「ようやく、一息つけるな」


 洞口の奥へと進む。今はこの深い闇が安息の場と化した。

 疲れた体を思い思いに投げ出し、安堵の溜め息を漏らす。


「ですねですね」

「エンカウントの高さより、一個体の強度がこの間より高い気がするんだよな」

「ですねですね、前より少し面倒臭くて時間かかっちゃいましたです」


 フェインが思い出して、疲れた顔を見せた。


「だな。火山石ウルカニスラピスもひとつ使っちまったしな」

「あの数はキツイです」

「だな」


 マッシュも嘆息を漏らす。

 岩壁に囲まれた洞窟で、パーティーがやっと人心地つけた。

 疲労の色を隠せないほど、パーティーは疲弊している。

 まだ何も出来ていないのが現状だが、一度ここでリセットをしたい。


「ちょっとアンタ背中見せてごらん」

「いいよ、大したことないから」


 “いいからー!”っと半ば強引にハルヲは、キルロをうつ伏せにした。

 “あぁ……”と背中を見たハルヲが声にならない声を上げ、額に手を当てた。


「アントン」


 ハルヲが呼ぶと大きな体をヒョコヒョコさせながら、ハルヲの側にやってくる。背負っているバックパックから、皮の小箱を取り出した。


《トストィ》


 ハルヲは背中の傷に沿うように指を滑らせ、小さく詠う。


「麻酔まで使えるのか?!」


 マッシュがハルヲの詠に目を剥いた。

 フェインは羨望の眼差しで、ハルヲを見つめる。

 ハルヲはそんな二人を一瞥だけして、皮の小箱から消毒液と針と糸を取り出す。

 バグベアーの爪でパックリと開いたキルロの腰を、消毒して縫い始めた。


「凄いですね! でも痛そうです」

「今は麻酔効いて痛くないはずよ、痛くても縫うけど。傷を縫うってだけなら人も動物も変わらないわよ。コイツの場合は特にね」

「ハハハ」

「マッシュ! そこで笑うな」


 フェインは物珍しそう見入っていた。

 マッシュは灯りを手に患部を照らし、ハルヲの治療を見守っている。


「よし。とりあえずはオーケーよ」

「わるいな」


 装備を直しながら感謝を告げると、ハルヲは笑みを向け返事した。


「キノは大丈夫か?」

「元気!」

「そうか、またスピラとアントン頼むぞ」

「あいあーい」


 キノが元気なのは何よりだ。明るい材料のひとつになる。

 疲労困憊のパーティーの口数は少なく黙々と補給と休息を取っていく。 

 今は弛緩した空気に身を委ね、回復に専念しよう。



「しかし、またバグベアーに追い掛けられた。そんなのばっかだよ」

「運命よ、運命、諦めなさい」

「そんな運命受け入れられるか!」


 キルロとハルヲが軽口を叩き合っていると、パーティーもだいぶ復活の兆しが見えてきた。

 目にも力強さが戻り、ポジティブな空気がパーティーを包む。

 ぼちぼちリスタートするか。


「フェイン、マップいいか」

「はいです」


 キルロの前にマップを広げ、ハルヲとマッシュもそれを覗きこんだ。


「ここから一番近い採取ポイントはどこだ?」

「そうですね、ここが一番近いです」


 フェインはキルロにマップの一点を指差す。

 ハルヲは腕を組み、マッシュは顎に手をやりながらマップを見つめた。


「まずはそこで採取しよう。そこからすぐ西が未開拓だ、マッピングも兼ねて西を目指すのはどうだろ?」

「悪くないんじゃないか」

「そうね」


 マッシュとハルヲも賛同した。

 フェインも頷き探索のリスタートの準備に掛かる。


「次に同じような状況になったら、すぐさま撤退しよう。クエスト失敗でも仕方ない。退路確保を第一優先で」


 キルロが皆を見回しながら告げる。


「わかったわ」


 ハルヲを筆頭に皆が頷き同意した。

 あれだけの群れにもう一度囲まれたら、体力的にきつ過ぎる。

 危険な綱渡りをする必要はない。リーダーとして全員を無事に帰す、それが何よりも大切な事だ。それより優先される事案はない。


「とりあえず、レストポイントが確保出来たのは何よりだな。回復に集中出来るのはデカい。ウチのマッパーは優秀だ」


 マッシュが笑みを浮かべてフェインを誉めると、フェインは案の定顔を真っ赤にして“いや、あの、そんな事は”と手足をワタワタさせる。


「ちょっとウチのマッパーで遊ばないでよね~」


 ハルヲは笑いながらマッシュに釘を刺すと、フェインはさらに困惑を深めていく。

 元気な姿を確認してキルロは腰を上げた。


「よし、そろそろ行こうか!」


 キルロが告げる。

 皆も同意し脚に力を込める。

 洞窟を出発しスロープ状の岩場を下り底へと向かった。


 鬱蒼とした木々の間を抜けて行く。

 フェインの案内でマッシュが道を切り開き、パーティーはゆっくりと歩を進め目的地を目指す。

 先ほどのエンカウントで狩り尽くしたのだろうか、不気味な程静かだ。

 パーティーの足音と漏れる吐息だけが耳を掠めている。


「静かね」

「だよな。いなけりゃいないで、楽でいいんだけど」


 後方の警戒にあたっているハルヲとキルロが言葉を交わす。

 今の状況を良しとするか、考えあぐねていた。


「この辺りのはずです」


 フェインがポイント到達を告げた。

 皆で足元を探索し始めた。ナイフで邪魔な草を刈り、黒金岩アテルアウロルベンを探す。


「あんまり離れないように!」


 草を刈りながらキルロが声を掛ける、なかなか見つからない。

 心のどこかで焦っているのか。

 “見ればわかる”って言っていたけど、ホントにわかるのだろうか? そんな疑念すら湧いてくる。


「あったー!」


 キノが声をあげる。

 皆がキノの方に振り返ると、足早に駆け寄った。


「これか……」


 キルロがその石を見つめる。

 黒く光り凸凹のほとんどないツルッとした50Mc程の漆黒の岩。皆が見惚れるほど、綺麗に見える不思議な岩だ。確かにこれなら、見てすぐわかる。間違いようがない。

 早速、岩の底を確認するべく、ひっくり返そうと岩を手にする。


「よっと、軽っ!?」


 思わず口から漏れるほど軽かった。子供でも持ち上げられそうな軽さだ。

 ツルッとした底に一カ所ポコッとこぶし大に、出っ張った場所が見受けられた。

ここだな。

当たりをつけると腰に備えているピッケルで慎重に削っていく。

 岩肌は柔らかくポロポロと面白いように剥がれ落ちていき、白い半透明、仄かにキラキラするものが少しずつ現れてきた。

 白精石アルバナオスラピスだ。間違いない。

 黒金岩アテルアウロルベンを丁寧に削いでいくと、コロっとまるで植物の種のように白精石アルバナオスラピスが転がり落ちた。

 落ちた白精石アルバナオスラピスを手に取ると、キルロは皆を見回し笑みを浮かべ、皆も笑みを返し視線を交わしあった。

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