第29話 受難

 暗闇の中を疾走する。

 道の凹凸に合わせ車輪が悲鳴を上げていた。

 

「舌を噛まないようにしろ!」

  

 マッシュが手綱を引きながら叫ぶ。

 松明たいまつの火がグングンと近づき、炎のぼんやりとしていた橙色の揺らめきが、はっきりとした輪郭を見せると、距離が近づいている事をパーティーに知らしめる。

 キルロは槍を握り締め視界を広く保つべく、視線を世話しなく動かしていた。

 心臓の鼓動が早鐘のように鳴り、焦燥感を煽ってくる。

  

「来るぞ!」


 マッシュが吼えるとヒュンという音とともに多数の火矢が騎馬より放たれた。

 馬車に向かって緩い放物線を描き襲い掛かる。

 幌に跳ね返された矢が、地面をゆらゆらと照らし出す。

 幌から小さい破裂音が鳴ると火の点いた矢がいくつも顔を出していた。

 中の様子が気になり、集中しきれない。キルロは視線を中へ向けると、キノ達が突き刺さった火矢の方を不安気に見つめていた。

消火に当たるべくキノの方へと向かうキルロにマッシュが叫ぶ。


「幌は燃えない! 大丈夫だ!」


 マッシュは短い言葉が、幌に防火の加工がしてある事を告げる。

 いつの間にそんな事まで認識したのか。

 卓越した観察、洞察力に感心しつつ、その言葉を信じキノに大丈夫だと頷き、前方へと視線を戻した。


「ハル、ショートくれ!」


 ハルヲは手にしていたショートボウをマッシュに投げると自分はロングボウを手にした。

 ハルヲも弦を引き、いつでも放てる態勢を作る。


「フェイン! ネインのフォローを頼む!」


 キルロは車輪の音に負けぬよう叫ぶ。車内の緊張が爆発しそうなほど膨れ上がる。

 目を見開き戦闘モードに入っているフェインが黙って頷き後方のネインの元へ移動していく。

 蹄の音が松明の火と共に大きくなってくる。

 ハルヲが弦を弾き、矢を放つ。

 狙いすましたハルヲの矢をかわしながら馬車に取りつこうと騎馬は接近して来る。

 近づく敵にマッシュは闇雲に矢を放った。

 馬の甲高い悲鳴が鳴り響き、人と松明が宙を舞っていく。

 薄明かりの中、人が地面へ転がっているのがおぼろげに確認出来た。 

 次から次へと松明の数が増えていき敵の勢いが増す一方だ。

 なんなんだ、こいつらは?

 中から見守ることしか出来ないキルロは、もどかしさを募らせていく。

 近づく松明の炎に意を決し、マッシュはショートボウを後ろに投げ捨て両手で手綱を強く握り締めた。

 後方を睨めば、松明の揺らめきが大きくなってくるのが確認出来る。

 近づいてくる炎の数がパーティーの焦燥感を煽った。


「フェイン代われ!」


 キルロがショートボウを拾って後方へ移動する。

 心配そうに見つめてきたキノの頭をすれ違いざまに撫でた。

 フェインは前方へ上がり自分の距離に敵が入るのを、目をギラつかせながらじっと待つ。

 ハルヲは休む事なく矢を放ち続け、次々に敵を地面へと投げ打った。

 短い呻きと馬のいななきが闇に溶けていく。

 しかし依然として松明の迫る勢いに衰えが見えない。

 どんどんと増えている?

 賊か?

 狙いは?

 後方に下がったキルロがネインの支える大盾の影から、ショートボウを放ち続ける。

 揺れる馬車から放つ矢は馬車の揺れに合わせてブレて行き、闇に消えていった。

 向かってくる矢をネインは盾でひたすらに跳ね返す。

 増えていく敵を一向に減らす事が出来ない。前後を挟まれ逃げ場もなし。

 埒あかねえぞ、これ。


「思ったより数多いぞ!」

「前方もキリがない!」


 キルロとハルヲが短い言葉でやり取りをする。

 前方は多少削れているのか。

 後方も削りたいが思うようにいかず、もどかしさばかりが募る。

 射程の短いショートボウ、もう少し引きつけるか。

 ショートボウの装填を済ますと射程圏に入るまで耐える。

 飛来する矢はネインにまかせ、ギリギリまで引きつけタイミングを計った。


 もう少し。


 ショートボウを構え、狙いを定める。

 近づく松明の灯が明らかな揺らめきを見せ始めた。


 もうちょい。


 


《ヴェント・ファング》


 え?!


 突然詠唱したネインの横顔を見る。

 詠唱後間髪入れずに空気の塊が敵に向けて飛んで行く。

 数人が後方に吹き飛び自由になった馬が好き勝手に駆けていった。

 ネインは何事もなかったかのように盾をかざし続けている。

 詠唱から射出までリキャストタイムなし?!


「超短縮詠唱……」


 高位のマジシャンだけが使えるリキャストタイムが限りなくゼロに近い詠唱法。

 話では聞いた事あるが実際見るのは初めてだ、詠唱しても態勢にほぼ影響ないなんて間近で見てその凄さに驚嘆する。


「すげーな」


 キルロが感嘆の声をあげるがネインの表情は晴れなかった。


 

「マズいな」


 前方を見やるマッシュが敵の動きをいち早く捕まえた。

 目を凝らし前方から目を離さない。


「どうしたの?」

「ふさがれた」


 こぼれた言葉に反応したハルヲがマッシュに問いかける。

 ハルヲの目には暗闇しか見えないが、マッシュの目にはしっかりと進路をふさぐ騎馬達の姿が写っていた。

 マッシュの表情から緊張感が伝わった。


「突っ切れそう?」

「難しいな、乱戦になるかも」


 “チッ!”とハルヲが舌を打つ、この人数に囲まれるのはキツイ。

 フェインが何かに気がついた様子で左前方を見るとハルヲとマッシュの顔を交互に見やった。


「あそこに馬が二頭いるので、後ろから撹乱してきますです」


 言うや否や馬車を飛び出し、騎乗者を失った馬の方へと駆け出す。

 松明を拾い上げ勢い良く跨がると、もう一頭の手綱を引く。

 フェインが二頭の馬と共に前線へと猛スピードで駆け上がる。

 勢いのついたまま、手綱を引いていた馬の尻に松明をポンポンと当てると大きくいななき馬が狂ったスピードで前を塞ぐ騎馬の列へと突っ込んで行った。

 真っ直ぐ向かってくる荒れ狂う馬に敵の視線が集中しているのを確認すると、松明を投げ捨て左に見える暗い林へとそれて行き、フェインは暗闇へと吸い込まれて行く。

 狂ったように突っ込んでくる馬に、道を塞いでいた隊列が一瞬混乱を見せた。 

 なるほどね。マッシュはフェインの考えを読み取る。

 マッシュは馬車に急ブレーキをかけると馬車が止まっていく。

 それに気がついた騎馬の一部が馬車の方へと猛スピードで突っ込んで来た。

 マッシュは敵の意識を一手に集め、後方から突っ込むはずのフェインとの挟み撃ちを画策する。



 馬車の後方ではネインの超短縮詠唱を撃ち続け粘っていた。 

 キルロも矢を放ち続ける。


「ネイン、魔力は大丈夫か?」

「これくらいなら何の問題もありません」


 かなり連発しているのにまだ余力があるとは相当な魔力の持ち主だな。

 道には吹き飛んだ松明が点々と道標となる。所在ない光がぼんやりと道を照らしている。


 馬車のスピードが落ちて行く、前方で何かあったのか?

 前方を気にする余裕はない、松明の炎が蹄の音と共にグングンと近づいて来る。

 取りつかれるのは時間の問題か。

 キルロとネインは接近戦への構えを取った。


「ネイン!」


 声をかけ、ネインに槍を投げる。

 接近戦に備える。キルロもショートボウを剣へと持ち替えた。

 馬車のスピードが急速に落ちていくと敵の騎馬はあっという間に群がってくる。

 後方はいとも簡単に取りつかれてしまう。

 キルロは剣を振りかざし、ネインは詠唱を続けた。

 次々に繰り出す敵の剣が二人を襲う。

 ネインの盾が激しい擦過音を鳴らし、暗闇にキルロの剣が激しい火花が何度も散らした。



 フェインが敵の死角を確認にすると林から隊列の後方へと突っ込んでいった。

 死角から突然現れたフェインに虚を突かれる。

 フェインはそのタイミングを見逃さない、馬から飛び下りると間髪入れずに後方の敵へ拳を振るう。

 馬と馬の間に入り込み馬上の敵へ拳を、蹴りを、叩き込み隙間を動きまわる。

 狭い空間で暴れるフェインが、小回りの利かない騎馬を混乱へと落とし入れていく。

 ある者はフェインの拳が入った腹を抑え、ある者は馬から振り落とされた所を踏みつけられ、ある者は抑えの利かなくなった馬を抑え込もうと必死になっていた。

 隊列後方から吹き飛ぶ松明がくるくると舞い、宙を照らし、馬のいななきが世話しなく響き渡る。

 落ち着きを失うと連携を失い始めているのが前方からでも確認出来た。

 勝機と見たマッシュがこの混乱に乗じて一度緩めた速度を再度上げると隊列へと突っ込んで行く、騎馬の数およそ30。

 馬車の車輪が再び悲鳴を上げる。

 暗闇ではっきり見えなかった敵の全貌が明らかになった。

 思っていた以上に敵の数が多い。


「減らしてこれか」

「フェインの頑張り無駄にしちゃダメよ」


 前方の確認をしたキルロの溜息にハルヲは檄を飛ばすと、馬車から飛び出し鞭を地面に叩きつけ“バシッ”と快音を響かせた。


『エスート レディ!!』


 良く通る声でハルヲが叫ぶと前方を囲む騎馬達が脚を折って一斉に伏せた。

 急な動きについて行けなかった騎乗者が次々に振り落とされ地面へと投げ出される。

 その様子を視界に捉えたマッシュは馬車を止め、長ナイフを手に地面へ転がる敵へ素早く刃を突き立てた。

 頭、心臓と確実にひと突きで急所を捕らえ、亡き者へとしていく。

 ハルヲも続く、鞭を叩き込むと地面へ転がる敵を二度と立てなくしていった。

 この好機を逃すわけにはいかない。

 ハルヲ、マッシュ、フェインは一気にたたみかけるべく勝負にでた。


 

《ヴェント・ファング》


 短縮詠唱を連発して後方の敵を退けると疲労の色も濃くなってきた。

 行く!

 キルロは馬車の後方から飛び出し敵と対峙する。

 ネインが削ってくれた。残数三。

 三騎対一人で対峙したまま、ジリジリとした時間だけが過ぎていく、頬を伝って汗が滴り落ち剣を握る手に力が入る。

 牽制が続く。槍の切っ先がキルロへ向けて何度も付き突き出され、そのたびに剣で薙ぎ払う。

 緊張の視線が絡み合う。お互いがお互いの出方に最大の注意を払っているのが分かる。

 キルロの視界の片隅に白い光が真っ直ぐな線を描く。

 対峙する敵へと真っ直ぐに向かって行くその白光。

 “ドサッ”と後ろの一騎が倒れる。

 困惑する他の二騎の視線が後ろへと向いた。

 その瞬間、キルロが相手の懐へと突っ込んでいく。

 小さな影が援護するように騎馬に一撃を与えると、馬は暴れ騎乗者は地面へ投げ出される。

 今!

 地面へ投げ出される騎乗者の首へ、キルロは刃を落す。落下の自重、その刃は敵の首を切断し、首は所在なく地面へと転がっていった。

 キノ、待っていろと言ったのに飛び出しやがって。

 助けて貰う形になってしまい、怒るに怒れない。

 さて、あとひとり。どうする?


 一瞬の逡巡の際、最後の一騎が馬上より槍を振るう。

 

 “つっ!”


 反応が遅れたキルロに切っ先が襲う。

 辛うじて受け止めたが、馬上からの勢いある振り下ろしに吹き飛ばされ、背中を激しく打ちつけた。

 まずった!

 追い討ちをかける騎馬が猛スピードで突っ込んで来る。痛みに耐えながら防御の姿勢を取ろうと剣を構えたが、相手の勢いが上回る。

 敵の剣先は転がるキルロに容赦なく襲いかかる、止めを刺すとその切っ先が鈍く光る。キルロはキツく目を閉じ覚悟した。


《ヴェント・ファング》


 ネインの詠唱が、目の前の剣先を吹き飛ばすと、最後の敵が地面へと転がった。

 

「ネイン! 助かったー」

「いえいえ」

「キノ! 大人しくしてなきゃダメだろ」


 前方の様子を伺うと大方片づいていた。

 キノはすまし顔でそっぽを向く。

 フェインの撹乱、ハルヲの機転が功を奏し地面には残り火を灯す松明や、動かなくなった人や馬があちらこちらに散乱している。


「ハアアアァァァーーー!」


 フェインの回し蹴りが最後の一人を捉える。口から血飛沫を上げ宙を舞うと、そのまま地面へと転がっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る