第30話 パーティーとエルフときどき猫

《レフェクト》


 傷だらけのパーティーを癒やしていた。

 傷を負う姿に戦闘がハードだった事が容易に見て取れた。

 生きているのか、死んでいるのか、この暗がりでは判別出来ない暗闇に転がるいくつもの影。

 横たわる人の影を消えかけの松明たいまつの炎が微かに照らしていく。

 新品同様まで磨き上げたアーマー類は傷だらけとなり、一瞬で歴戦のそれと同じ様になってしまった。 

 ただ、その傷が皆を守った証に思え、少しだけキルロは誇らしく思う。


「取り敢えず、ここから離れよう」


 キルロは皆の無事を確認すると顔を前へと向けていく。

 留まることは危険だ。

 行こう。


「そうね、サッサと行きましょう」


 ハルヲが頷くと、マッシュが手綱を引いていった。


「警戒怠るな」


 キルロは集中を切らさぬよう声を掛けていく。

 倒れたフリをしているヤツ、増援、何が起こるか分からない暗闇。

 細心の注意を払い警戒体制を取る。

 消えかけの松明が炎をくすぶらせ、辺りをぼんやりと照らす。

 照らすのは生きているのか、死んでいるのか、分からないの人の影や馬の影。

 横たわる人の影を避けるように、ゆっくりと進んでいった。


 


 

「もう大丈夫だ」


 安全を確認したマッシュは馬車のランプを灯す。

 その淡い灯が、社内に安堵を呼び込んだ。

 馬車は暗闇の中に溶け込み、静けさを取り戻していく。

 各々が疲弊し、口数は少なかった。

 車輪の軋む音が荷台に響き、緊張が解けていく。ランプの灯りと安堵の溜め息が、緊張を溶かしていく。


「皆、お疲れ様。ネインもめちゃくちゃ助かったよ」


 キルロがネインに笑顔を向けると、少し照れたように視線を外した。


「皆を守るのが私の仕事ですから、当然の事をしたまでです」

 

 照れているのが言葉の端々から感じられ微笑ましい。


「しかし、あの詠唱は凄いな! 初めて見たよ」

 

 キルロが感嘆の声を漏らすとネインの表情が曇る。

 ハルヲはその表情にいち早く気が付いた。


「そうね、私も初めて見たわ。でも、あまり触れて欲しくないって顔ね。良かったらどうしてか教えて貰えないかしら?」


 ハルヲがネインの表情を読み取り静かに尋ねた。

 あれだけのマジックユーザーがどうして前衛ヴァンガードにこだわるのか。

 魔術師マジシャンとしてなら引く手あまたなはずだ。


「それは……」

 

 言いよどむネインに皆の視線が集まる。

 ネインは俯いて言葉を詰まらした。

 気まずい沈黙、車輪の音がやたらとうるさく感じる。

 

「ん、まあ、いいじゃないか! しっかりと一人で後方守ってくれた訳だしさ。しっかり前衛ヴァンガードの仕事こなしてくれたじゃん。なぁ! そうだろう」


 気まずい雰囲気にキルロは膝を打ち、笑顔で皆に言葉を向けた。


「ハハハ、確かにそうだな」

「ま、それもそうね」

「助かりましたです、ありがとうございました」

「キルロが弱かった!」


 キノの最後の一言が地味にダメージを受けたが、場の雰囲気を壊さぬようにスルーを決めた。

 空気が弛緩していく。

 皆の反応がネインの表情の硬さを少し溶かす。


「とりあえず休もう! マッシュ、代わるぞ」

「お言葉に甘えて少し休むか」


 走り通しのマッシュからキルロは手綱を受け取る。

 働き詰めの体が悲鳴をあげる前に休んで貰おう。

 後はゆっくりと進めるだけだ。問題はない。

 白んで来た空を見つめた。

 空が明るくなるにつれ、パーティーの緊張の糸はほぐれていき、喧騒が嘘だったかのように静かな寝息をたて始め、朝を向かえていく。





「見えてきたわよ、あれじゃない」


 手綱を引いているハルヲの一言に、後ろで寝ていた面々が目をこすり、伸びをしていった。

 体に鞭を入れて頭をゆり起こしていく。


『おお』


 ミドラスとは全く違う真っ白な城壁。

 伸びるようにそびえ立つ建造物は青を基調にした色あいに統一され、屋根は金色のドーム状になっている。

 この異国情緒溢れる光景にキルロを筆頭に皆が感嘆の声を上げ、見入っていた。


「おまえさん達は初めてか。観光だったら結構面白い所だけどな」


 マッシュが笑顔を向ける。

 いらぬ足止めを食らい、結構な時間をロスしてしまった。

 予定よりもだいぶ遅くれて到着すると、城壁から中に入り、大通りを進む。

 白い布を巻きつけた民族衣装の人が多い。

 ミドラスとの余りの違いにキルロ、フェインはキョロキョロしては“おー”といちいち感嘆の声を上げていた。


「恥ずかしいから止めて、大人しくして」

「アハハハ」


 ハルヲは顔を赤らめ二人を咎め、その様子をマッシュは笑って見ていた。

 行き交う人々を横目にしながらゆっくりと進んでいくと、金色の細かい装飾が施してある大きな門が見えてくる。


「あれだ」


 目的の宿泊地に着くとキルロとフェインはさらに感嘆の声を上げた。


「すげーな、おい! アレなんだ」

「なんですかね、なんかこっちは見た事のない実がなっていますよ!」

「キャッ! キャッ!」


 貸切りのコテージには立派な中庭つき、部屋は情緒あふれる個室があてがわれ、味わった事の無い高級感。

 余りの豪華さにキルロとフェイン二人のテンションがおかしくなっていく、キノもそれに便乗して騒ぎたてていた。


「いい加減にしろ!」 

「ぐっ」


 ハルヲの手刀がキルロの脳天を貫く。

 その威力にフェインも青ざめ大人しくなった。


『スイマセン』


 キルロとフェインが反省し大人しくなる。


「クククク、相変わらず面白いな」


 マッシュは笑いを堪えられず腹を抱えていた。

 キルロは脳天をさすりながらマッシュを睨んだ。


「しかし、アレって賊だったのかな?」

「どうかな。ただ、きな臭いのは間違いない」


 豪華な夕飯に舌鼓を打っている。

 自然と話題は昨日の意図の読めない、襲撃の話になっていく。

 マッシュも腑に落ちない点が多にしてあるようだ、この話題になると表情は険しくなる。

 昨日の襲撃にはいろいろと合点がいかないところが多すぎるのだ。


「街道にあの人数。しかも騎馬。賊といえば林道、山道ってのが、お決まりでしょ? なんか違和感があるわ」


 ハルヲも違和感があることに同意を示す。


「街道があれだけ荒れたのに特に騒ぎになっていないのも違和感があるよな。まあ、まだ情報が届いてないのかもしれないが⋯⋯」


 マッシュがハルヲの言葉に続いた。違和感だらけの襲撃か⋯⋯キルロは逡巡していた。


「届け出た方がいいのかな?」

「普通だったらね。ただ今は目立った行動は控えた方がいいんじゃない?」


 ハルヲの返答に納得する。

 ここまでわざわざダミークエストを組んで来ているのだ。

 もし賊ならば他の奴に任しておけばいい。

 わざわざ目立つ必要はない。


「しかし、フェインの最後の回し蹴り見事だったな」

「いえいえ、踵を補強して頂いたからです」


 キルロが誉めるとフェインは両の手のひらをブンブンと激しく振って見せ、照れに照れた。

 キノがその様子を眺めニヤリとする。


「フェインのおパ…%&%@!$」


 キルロがキノの口を急いで塞ぐ、フェインは頬を赤らめそっぽを向き、ハルヲがその様子を怪訝な様子で見つめている。


 キノよ、今日イチで心臓に良くないぞ。


 翌朝、ダミークエストは完了、ネインとはここで解散となる。

 ネインは商隊の馬車ですぐにミドラスに戻るという。


「少しノンビリすればいいのに」

「ちょうど良い商隊があったので戻ります」


 ネインはにこやかに手を差しのべる。

 キルロも手を差し出ししっかりと握手を交わした。


「オレ達はもうちょっとこちらでやる事あるので、戻ったら報酬を払うよ。それでいいかな?」

「もちろん」

「それともし良かったらウチに来ないか? ネインなら皆歓迎するよ」


 キルロが視線を向けると、ハルヲもマッシュもフェインも頷いた。


「私は……」

「即答じゃなくていいさ、それとマジシャンでもなく、前衛ヴァンガードでもなく、ネインカラオバ・ツヴァイユースとしてウチに来て欲しいんだ。職なんてなんでもいいよ」


 キルロはいたずらっぽく笑いネインを見つめた。

 ハルヲやマッシュも微笑み、フェインは何度もお辞儀をするとネインから表情の硬さが消えていく。


「またお伺いします」

「うん。またな!」


 きっといい返事をくれるはず、別れの挨拶でそう感じた。


 ネインを皆で見送り宿に戻ると束の間の休息を取った。

 今後の動きはこれから細かい指示がくるはずだがどうやってくるんだろう?



「おーい! いるかー!」


 聞き覚えのある声が響いてきた。


「タント? またアンタか」

「またとはなんだ。仕方ないだろう、仕事なんだから」


 パーティーの面々の装備を見てタントが首を傾げる。

 困惑した表情を浮かべ口を開いた。


「ていうか、何でおまえ等始まる前からそんなにボロボロなんだ?」

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