第28話 松明

 エルフの一言にハルヲの表情が変わった。

 俯いて鋭い視線をエルフに飛ばしてはいるが、暴言を吐いて噛みつかないだけマシか。


「何だ、そのやっぱり珍しいか? エルフとドワーフのハーフは。オレらはもう慣れっこだからそういう感覚がわからないんだよな、ハハハ……」


 場の雰囲気がこれ以上重くなるのは芳しくない、軽い感じで受け流そう。

 話題も変えなきゃ。


「そうそう、こっちは副団長のハルヲンスイーバ・カラログースだ」

「副団長殿……」


 うん? “殿”??


「副団長殿、素晴らしい! ドワーフの血を持つエルフ! いや、エルフの血を持つドワーフ! 羨ましい。実に羨ましい! ああ! 私にもドワーフの血が流れていれば……」


 エルフはハルヲを羨望の眼差しを送ってみたり、自己嫌悪で落ち込んでみたりと、なにやらひとりで忙しない。

 キルロとハルヲはその様子にただただ呆気に取られ、目の前で起こっている状況の整理の為に、互いに脳みそをグルグルとフル回転させていた。


『どういう事?』

 

 キルロとハルヲが顔を見合わせハモって見せた。

 二人ともこの状況から置いてきぼりをくらっている。変わり者というか、何と言えば良いのか。混乱が困惑を呼び、目が回りそうだ。


「あ! すみません。私、ネインカラオバ・ツヴァイユースと申します。ネインとお呼び下さい。志望職は前衛ヴァンガードです」

「へえー。ってぇ? え?? あなたが前衛ヴァンガード??」

「あああー! あの時の!」


 ハルヲは困惑と混乱の色を強め、キルロはいつぞやのエルフとの出会いを思い出した。


「え? え? え? 前衛ヴァンガードなんて出来るの??」

「志望は前衛ヴァンガードです。志は高くあります」

「この間のお客さんか!」

「そうです。先日はお世話になりました。正直まだ余り活躍出来ていないのが実状ですが」


 ハルヲの質問には答えていない気がするのは気のせいか。


「何でそんなに前衛ヴァンガードにこだわるんだ? エルフなら弓師ボウマンとかマジシャン系の適性があるんじゃないのか? 前衛ヴァンガードの適性があるエルフって聞いた事がないんだが……」


 ネインに質問しながらハルヲに視線を向けると、ハルヲも同じ質問をしたかったようでネインに困惑の視線を向けていた。


「屈強な体と圧倒的なパワーで敵の攻撃を受けきり、自分の身を挺してパーティーを守る。こんな尊い職がありますか! いやない! そうは思いませんか!」

『はぁ……』


 ネインの熱弁に圧倒されキルロとハルヲは気のない返事をするのがやっと。

 結局出来るのか、出来ないのか、全くわからない。

 悪い人ではないが、扱いに困るな、これ。


「結局、前衛ヴァンガードに適性はあるのかしら?」

「はい、副団長殿。このパーティーを、身を挺して守る所存であります」


 ダメだ、わからん。

 どっちかと言うと出来ないなこれ。

 さてどうする。





「……………というエルフが面談に来てさ。悪い奴じゃないんだけど、出来るのか出来ないのか分からないんだよねぇ。まいった」


 後日、マッシュとフェインにも集まって貰いネインの扱いをどうすべきか、一緒に考えて貰うべく面談の顛末を話した。


「私はもう何も言えないわ。やる気だけはあるみたいだけど」


 “団長任せた”とハルヲは匙を投げる。

 ずるいな。

 マッシュあたりに丸投げしよう。


「オレは団長と副団長に従うさ。悪い奴じゃないなら、入団しても問題にはならないんだろ?」


 先回りされた、さすがマッシュ読みが早い。


「あのー、イスタバールまでその方も一緒に行ってみてはどうでしょうか? もう少しその方の人となりが分かるかと思いますです」


 フェインがおずおずと手を上げると一番建設的な意見を語った。

 思わぬ所から最良の意見が出て一同は、驚愕の表情を浮かべる。


「あぁ~すみませんです。やっぱりそんなのダメですよね……」


 三人の表情を否定と捉えたフェインが、急いで自分の意見を無しにしようとワタワタとし始めた。


「「「いや! それいい!」」」


 否定しようとするフェインに三人揃って快諾の返事をした。





 装備の準備が終わり、製作、整備ともどもしっかりと完了した。

 やっぱり鍛冶仕事は楽しかったなぁ。

 ネインにも今回助っ人として、イスタバールまでの参加の打診をした。特に仕事を入れてなければ参加するはずだ。

 整備された街道を進むだけの簡単なクエスト、戦闘とかにはならないと思うが二日程かかる行程でネインとの相性は図れる。

 本番はイスタバールに着いてから、そこからが勝負だ。



 後日、タントの予告通りダミー商会の【アルンカペレ】より依頼が入った。

 大型の馬車が手配され、結構な量の荷物が持ち運び込まれる。

 これ全部ダミーなのか。キルロは積み上がるその荷を見上げていた。

 装備品のチェックに、念には念を押し万全を期す。

 テイムモンスターの手配などもあるので、ハルヲの店に馬車をお願いした。



 出発の日、良く晴れた日。メンバー達が、ハルヲンテイムに続々と集合していく。

 各々の装備を次々に積み込んでいった。

 ハルヲは今回、サーベルタイガーのスピラと大型兎ミドラスロップの二頭を連れていくということだ。二頭の頭を撫でながら、馬車へと誘導していくと大人しく馬車に納まっていく。

 装備品のグレードも上がった。

 我ながらいい出来だと自負する。

 ネインも予定通り無事に参加の運びとなり、マッシュ、フェインと挨拶を交わし出発の準備を粛々と進めた。

 ネインの装備はキルロが以前に作製した大盾、アーマーは軽装系だ。

 やはり前衛ヴァンガードの適性はないのかも知れない。重いアーマーは装備出来ないのと見て間違いないだろう。


「いってらっしゃい、皆さん気をつけて」

「いってらっしゃい、キノ無理しちゃダメだよ」


 アウロ、エレナを筆頭に今回も従業員に見送られながら出発。

 採取に行く時に使う林道などと違い、街道は広く整えられて快適に走れる。

 陽の光を邪魔する重なり合う葉もなく道一面に陽の光が降り注いで明るく柔らかな光が心地よい。

 すれ違う馬車もミドラスを出発した直後は多かったが、進むに連れて減っていく。

 静かな時が馬車を包んでいた。


「何事もなくイスタバールに到着出来そうだ」

「油断は禁物です」


 キルロの気の緩んだ言葉にネインが注意を則す。確かに緩み過ぎは良くないが静かで快適な旅はいい。カタコトと心地良い車輪のリズムが眠気を呼び込む。

 各々がリラックスして旅の時間を過ごしていく。


 夕闇が訪れる。

 街道の雰囲気も日中とは変わり静かな時を刻み始め辺りが黒一色に塗られると静寂が一気に押し寄せ旅人達を包み込んだ。


「代わろう」


 日中休んでいたマッシュがハルヲと変わり手綱を握る。

 夜に備えて夜目の利くマッシュには休んで貰っていた。


「静かだな」

「そうだな、周りに街もないからな生活音が全くない。余計に静かだ」


 ヒマを持て余す、キルロはマッシュの横に座った。

 他の面子は横になって眠っている。

 寝られる時に寝るのも大事な事だ。


「ネインはどうだ? いい奴だろ」

「そうだな、おまえさんがそう言うなら間違いないさ。オレはおまえさんのそういう所は、心配していないさ」


 キルロは前を向いたまま微笑む、真っ直ぐに褒められると照れくさい。

 

 “うん?”


 マッシュの表情が変わった。


「後ろのヤツら起こせ、何かヤバイ」

「本気か?!」


 マッシュは騒がず静かに伝えてきた。

 キルロは急いで後ろで寝ていた四人を起こし、警戒するよう静かに伝える。


「ネインは後ろを警戒してくれ。騒がず静かに」


 ネインは黙って頷いた。

 ハルヲはショートボウ、フェイン、キノも装備を手にして臨戦体制にはいる。


「キノはスピラとアントンをしっかり守ってくれよ」


 マッシュは馬車のランプを急いで消し暗闇の中を疾走する。

 ひとつ、またひとつ松明の揺れる炎が200Mi程先で前方を塞いでいた。

 スピードを落とそうとマッシュがしたときネインが静かに吼える。


「後ろも!」


 松明たいまつの小さな炎が後方でも確認出来た。

 マズイ!

 前後挟まれれば八方塞がりだ。

 松明の揺れる炎は前後合わせて20程か?

 近づいてくる様を凝視する。上下に揺れる松明、馬に跨がっているのか。

 マッシュは松明の炎が刃先に反射しているのを遠目で確認した。

 確実に武装している。

 ターゲットはウチか?

 賊? 街道でか?

 しかし機動力ではあっちが断然有利。

 重い馬車を引きずっているこちらとは雲泥の差だ。

 どうする? 行くしかないか。


「突っ切るぞ!」


 マッシュの言葉に全員が緊張を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る