第4話 鍛冶師と蛇との初採取

 キルロが、小さな擂り鉢状の溶鉱炉に火を灯し、そこに空気を流しこむ。ゴゥっと燃え上がる炎から、熱を感じる。

 火力を安定させ、ハイミスリルの塊を溶鉱炉へとそっと入れ、ドロドロになった銀塊から、不純物を取り除き、純粋な金属片へと加工していく。


「キノ、危ないからそこで大人しくしているんだぞ」


 分かったのか、分っていないのか、キノは何だか嬉しそうに首を振って見せた。

 不純物を酸化させ、ミスリル本体は酸化させないようにタイミングを計る。繊細に、そして大胆に、作業を進めていく。キルロの装着したゴーグルから、汗がしたたり落ちていく。

 集中とセンスを問う瞬間を迎える。

 この瞬間がたまらなく好きだった。


■□


 まっていた鍛冶仕事をこなす日常。

 キノを連れ回す姿もご近所では見慣れた風景の一部となり、かなり過ごしやすくなった。

 子供達は恐る恐る近づくと、興味深そうにキノを眺めたり、触りたいのかもじもじしていた。

 “叩いちゃダメだぞ”とキルロが言うと、子供達は、恐る恐るではあるものの、はじける笑顔で撫で始めた。

 キノが気持ちよさそうに撫でられている姿に、キルロも笑みが零す。


 ハルヲに借金返さないとだよな。


 早く借金を返したいし、もう少し素材が欲しいし、どうしたものかと子供達と戯れているキノを窓から見つめ、思案する。

 

 近場から採取始めてみるか。あ、でもキノを置いておけないよな。危険の少なそうなやつをとりあえずか。


 どこかのドワーフエルフに“過保護”だと言われそうだが、安全第一と、装備を整え街から近いもっともポピュラーな採取場をキノと一緒に目指した。

 木洩れ日の間を抜けて行くと、森はどんどんと深くなり湿り気を帯びた空気が鼻腔をくすぐる。緑が深くなるにつれモンスターとエンカウントが徐々に増えていく。

 現れるモンスターが、キノに牙を剥く。だが、あっという間にキノは屠ってしまい、白目を向くモンスターが、森の中に増えていくだけだった。

 

 つ、つえーな、おい。

 この辺では敵なしなんじゃないかこれ。

 

 キルロが剣を構える頃にはもう終了、それを繰り返すだけだった。


 ま、そらぁそうか。レギスボアズの群れ一喝だもんな。


 難なく採取場に到着すると。いつも通り、周辺を警戒しながらゴーグルを装着し、岩肌を撫で、握りしめたピッケルで削り始めた。


■□■□


 しばらくするとキノが鎌首を上げ、警戒する姿が目に入った。


「なんかいる? のか?」


 目を凝らしても、キルロの目には何も見えない。また採取に戻ると、キノがキルロの足をツンツンと突っついてくる。

 キノに視線を落とすと、必死に何かをアピールしてきた。

 キノの指す方へ必死に目を凝らす。

 灰色の長い毛を纏う大型犬をふた回りほど大きくしたダイアウルフが三匹、こちらを獲物と見定め向かって来た。


「キノ、ナイスだ」


 この距離なら迎え撃ちができる。

 

 バッグパックを下ろし背中の剣を抜刀、キノと共にゆっくりと構えた。

 ダイアウルフが獲物を見据えた鋭い目つきで、力強く地を蹴りこちらへと突進を見せる。

 俊敏で、2~5匹程の小さな群れを作って狩りをする習性があり、弱いものからその鋭い犬歯と牙で襲うと言う狡猾さを持つと言われていた。

 キルロは、ぐっと剣を握る手に力を込めキノの方へ警戒を向ける。

 だが、その一瞬の判断の誤りが形勢を逆転させてしまった。

 ダイアウルフが狙いを定めたのは、キルロだった。


「?!」


 唸りを上げる三匹が一斉にキルロの頭、腹、足へと同時に襲う。その襲撃は逃げ場を作らせないと、どこまでも狡猾だった。

 頭を狙う牙は、剣を歯牙に咬ませそのままの勢いで地面へと叩きつける。

 腹は左手の篭手に備えたラウンド形の小盾で素早く腹部をカバー。鈍小盾は打突音を響かせ、ダイアウルフの突進を阻んだ。

 たが、下半身は無防備な状態となってしまう。


 『グルゥゥゥゥゥゥゥゥー』


 クソ!


 ガラ空きになった脛へ、ダイアウルフは唸りを上げながら突っ込んで来た。

 キルロは、脛の肉を抉られるのを覚悟する。

 だが、次の瞬間、キノが勢いよくダイアウルフの腹へと体当たりを見せた。

 見事はカウンターとなったキノの体当たりに、地面に転がるダイアウルフが無防備な姿を晒す。

 その一瞬をキルロは見逃さない。踏ん張っていた足をバネにして地面に転がるダイアウルフに斬りかかる。

 キノは、キルロが弾き返した二匹を牽制するため、キルロと二匹の間に割って入り、唸り続ける二匹が近づけぬよう睨みをきかせ動けなくした。

 両手で握った剣が柔らかい筋肉を一刀両断すると、断末魔を上げることもなく、血を吹き出しながら二つに分れたダイアウルフが、足元の血溜まりに沈む。


 まずは一匹。


 すぐさま唸りを上げている二匹と対峙しているキノの横に並び立つ。二匹と二人が対峙すると、血溜まりに沈んでいるダイアウルフに、少し怯みを見せる。

 その姿を見逃さずキノが飛び込む。

 それを見たキルロが、アシストするかようにもう一匹へ剣を振りかざす。

 キノはダイアウルフの腹部へ一直線に飛び込むと、胴部へと巻きついた。自分の攻撃が届かない所に飛び込まれ、悶絶するダイアウルフが、軽いパニックを起こす。

 仰向けに倒れ込み、自身の体ごと地面へキノを叩きつけようと試みる。 

 叩きつけようと、ダイアウルフが首をもたげると、キノはその無防備な首元へ牙を剥き、喉元を噛み切きってしまう。

 その横では、キルロが再び、ダイアウルフの首を一刀両断すると、灰色の毛が真っ赤に染まった骸が三つ、地面へと転がっていった。


「やったな、キノ」


 キルロは、満面の笑みでキノの頭を撫でた。

 撫でられたキノも、嬉しそうに見える。

 普段だったら2~3人組のパーティーでも手こずる相手をあっという間に片付けてしまった。

 ちょっと危なかったけど。

 キルロは、採取に戻り予定通り鉄鉱石やミスリルを削りだし街へと帰還する。

 そして、ダイアウルフの毛皮を三匹分手に入ったのは嬉しい誤算となった。


■□■□

 

 街に戻るとその足で街の中心で、大きな存在感を示しているギルド本部へ毛皮の換金へ向かった。

 ギルド本部は八角形の巨大な建物で、入口が8ヵ所あり各入口が各部署に直結し効率良く作業が進むようになっている。

 冒険系クエスト、素材の買い取り、衣食住系の仲介卸など生活に関わるあらゆる事柄、全てを取り仕切っている。

 個人の向けのものから、大口のソシエタスへの受注発注など規模も様々だった。

 ソシエタスというのは、会社みたいなもので、大きなものから小さなもの。冒険に特化したものや、生活雑貨に特化したもの。そして、全てを取り扱っている巨大なものまで、様々な形のものがある。

 キルロの場合、ソシエタスには加入せず個人で鍛冶屋を営んでいる。たまに仕事が途切れると、ギルドに顔出して鍛冶系の注文や、ちょっとした採取や簡単な討伐クエストがないかチェックしに訪れ、日常的に世話になっていた。


 なんか適当なクエ(スト)ねえかな⋯⋯。

 

 キルロは、換金がてら手頃な発注かクエストがないかチェックしてみたが目星いものはなし。仕方ないと、換金だけ済まして帰路についた。


■□


 中心街の白蛇連れは目立ってしまう。

 ヒューマンや獣人系やエルフ、ドワーフなど様々な人種が歩いているが白蛇を連れてる人などいるわけがない。

 ご近所ほど奇異な目で見られないが、何やら周りがコソコソ話しているのは聞こえてないフリをしてやり過ごすことにしていた。

 気にしていたら切りがない。そう割り切っていた。

 家に着き、今日の戦利品を並べ整理を始めた。


 思ってた以上にスムーズな採取が出来たな。


 毛皮は一枚残しておきたかったが、借金という背に腹は代えられない事情がある。

 ミスリルや鉄鉱石と共に、希少なコーラリウムが手に入ったのも嬉しい誤算だ。

 武器や防具としては使えないが、ミスリルと並び魔力に影響を与える使い勝手の良い石だ。

 魔術師マジシャンの杖などに使えば、術者の補助として活躍出来る石なのだが⋯⋯。


 魔術師マジシャン絡みの仕事って、あんまし鍛冶屋にこないんだよな。


 杖系は鍛冶屋ではなく、魔法アイテムを取り扱う魔術屋が常だ。

 魔術屋に売るかな? ギルド通すより高く売れそうだし。


 と、キルロはコーラリウムを手のひらで転がしながら、そんな思いにふけっていた。

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