第3話 白蛇
「あなたは本当に変わっているわね」
ハルヲは神々しさえ感じるキノの白さと金眼を、まじまじと見つめ、しみじみと言葉をこぼす。
「そんなに変わっているのか?」
ハルヲの言葉にキルロも一緒にキノを覗く。
「西方の国で、蛇を
「あ、本当だ。確かに⋯⋯しかも何だか、蛇っぽくない眼だな」
「そうね、確かに縦長の瞳孔じゃないわね⋯⋯うーん⋯⋯」
ハルヲは腕を組んで唸り始めてしまった。そんなに珍しいのか?
ハルヲは悩んでいたかと思うと不意に顔を上げ、従業員を呼んだ。
「アウロー! ちょっと来てー!」
奥で作業していた優しい顔つきの男が、足早にやって来る。ハルヲが全幅の信頼を寄せる
「はいはい。あ! キルロさん! こんちわ」
「よお!」
「で、どうしました? あれ!? この仔どうしたのですか? 白蛇を
「してない! してないよ」
アウロはキルロの両肩を掴み、ぐわんぐわんと激しく揺すると、キルロはされるがままに、首をガクンガクン揺らした。
いい奴なんだけど、こと
「アウロ。
「分かりました」
「登録用紙? って、何が始まるんだ?」
「キノをちゃんと
「はぁ⋯⋯」
そっちのけで準備が進められ、手持ち無沙汰のキルロは近くでのんびりとしているクエイサーの腹を、またモシャモシャとし始めた。ゴロゴロと喉を鳴らし、まんざらでもない姿を見せるとキノもサーベルタイガーの大きな体に寄り添った。
蛇ねぇ⋯⋯。
そのぎこちないキルロの手つきに、キノは頭を突き出す。キルロ手に感じる、少し冷たい感触。ゆっくりとキノの頭を撫でると、気持ち良さそうに頭を預けて来た。
「まぁ、宜しく頼むよ」
キノが返事するかのごとく頭を振って見せると、忌避感が和らいだのか、固かったキルロの表情も解けていった。
「キルロ、キノ。準備出来たからちょっと来て」
ハルヲの呼び声に、困惑しながらもハルヲの元へと向かう。
用意されていた茶色と黄色の二色のピアス。二色が綺麗に半円に分かれていた。
「何が始まるんだ?」
「
「はぁ⋯⋯」
改めて見るとクエイサーの首にも茶色と黄色の二色のスカーフが首に巻かれていた。
あれにそんな意味があったとは。ただのおしゃれだと思っていたよ。
「
ハルヲが呟くように詠唱すると小さな緑色の光球がキノの鼻先に吸い込まれていく。
「アウロ、ピアッサー頂戴。大丈夫よ。痛くない、すぐに終わるから」
手にする小さなピアッサーが鼻先でバチンと音を鳴らした。キノはその音に、少し驚いて見せたが、イヤがる素振りは見せず、ハルヲは慣れた手つきで鼻先に二色のピアスを取り付けた。
視界に入る見慣れぬ物に、キノは仕切りに赤い舌をピアスに向けては、小首を傾げ困惑する姿を見せる。その姿が妙におかしくて、キルロもハルヲも噴き出してしまった。
「プッ⋯⋯いやいや、キノさん、なかなか似合っているぞ」
キルロが親指を立てて見せると、納得したかのようにキノは首を振って見せた。その姿はなんだか上機嫌に見えた。
「キノ、もう一息頑張って。
ハルヲが首筋に緑色に光る指先を滑らせた。
「これで終わり」
人差し指ほどのハンコを当てると、バチンと音がして首筋に『Ha―553』と印字されていた。
「この数字が登録番号か?」
「そうよ。これでキノと外歩けるわね。もう巻き付けて歩かなくても大丈夫よ」
今度はハルヲがいい笑顔で親指を立てて見せた。
「別の巻き付けたわけじゃないんだけどな⋯⋯まぁ、いいや。サンキュー、サンキュー助かったよ。じゃっ!」
「ちょっと待ったぁ!! えーキルロ様、今回の登録料7万ミルドとなります。お支払いの程、宜しくお願い致します」
「へ?」
ハルヲは、にこやかに手の平を差し出していた。その|商業的な笑み《ビジネススマイル】に、キルロは鳴らない口笛を吹きながら、白を切る。
「おい、こら。手数料はおまけしたやったんだぞ! 純粋な登録料だけなんだから、払え! そして、ここまでしてやった私にひれ伏せ!」
「どういう事だよ!?」
とは言ってもここまでして貰って、逃げ出す事は出来るわけもなし。
「はぁー」
キルロの頭の中で今日のハイミスリルが、羽を生やし飛んで行ってしまった。
■□■□
キノは楽しそうに街中を進んで行く。だが、キルロは7万ミルドの衝撃に足取りは重かった。
白蛇自体が珍しいのにそれを
とは言えだよな⋯⋯。
元来、目立つ事は極力避けて来た身としては、突き刺さる街中の視線が痛い、痛い。
いつもの帰り道が長くこんなに長く感じるなんて。
家に辿り着くと、キルロはベッドのドサっと体を投げ出し、大きく伸びをした。
「んあっぁぁ~疲れたぁ~」
採取に行って追いかけられて、白蛇と出会って⋯⋯なんと盛沢山な一日。もっと穏やでハッピーな一日になる予定だったんだが⋯⋯。
体の疲れと気疲れから、
■□
「う~ん⋯⋯」
何かが足先を突っついていた。窓辺から光が差し込み、すっかり朝を迎えている。
寝ぼけ眼で足先をみると、ぼんやりと浮かぶ大きな白蛇の姿に思わず叫びそうになった。
そうだ、蛇いるんだった。
大の苦手だったものが一日二日でそうそう治るものじゃない。衝撃的な朝の目覚め⋯⋯というにはお日様かなり高い所まで上がっていた。
ぐきゅるるうぅぅ⋯⋯。
キルロのお腹が鳴ると昨日の夜から何も食べていない事に気づいた。
腹減ったな。
狭い台所で、簡単なご飯の準備を始めた。残り物のスープにパンと干し肉とフルーツ。
あ! しまった。何あげればいいのか聞くのを忘れた。
足元でこちらを見上げているキノに苦笑いを浮かべた。
とりあえず水だよな。
皿に水を入れ、テーブルの足元に置くと赤い舌で器用に飲み始めた。その様子を眺めながら、スープを口に運んで行く。
何喰うのかな? 虫とかネズミ? 用意するの大変かな? あ! 干し肉なら大丈夫か。
「ほら、キノ、肉だ、肉。うまいぞ」
足元のキノに干し肉を晒すも、興味も示さなかった。仕方なく自身の口へ運ぶとキノも隣の椅子の上によじ登り、キルロの食べる姿を熱心に見つめる。
「何だ? 食わないんじゃないのか?」
キルロはもう一度干し肉を、キノの目の前に差し出すとパクっと食らいつき一気に食べていった。
「おお。うまいか。んじゃ、もっとやるか。食え、食え」
皿の上にあった干し肉をすべてキノ前に置き、自分はパンをもそもそと食べ始めた。
キノは干し肉を咥えながら、キルロの様子を見つめる。
パク。
キノがいきなりキルロの手にあったパンに食らいつき飲み込んでしまった。
「ぇ? ええええええー! 蛇って、パン食って、いいんだっけ?」
軽いパニック状態。
キノを抱え、店を飛び出した。行き先はただひとつ、いつも頼りのあそこ。
「ハルヲ! ハルヲーー! ハルヲ!!」
大声で
「お?!」
キルロの姿にハルヲは一瞬顔をしかめたが、何かひとり納得すると、頷きながら手の平を差し出した。
ハルヲの差し出す手の平を見つめ、キルロは一瞬固まってしまう。キルロは、そっとその差し出されたハルヲの手の平に、自らの手を重ねた。
重なり合うふたりの手と手。
互いの温もりが重なり合い、そして視線が重なり合った。ハルヲの頬は、みるみるうちに紅潮して行く⋯⋯。
「ちっがーう! 何さらすんじゃあー!」
「いってええー!!」
キルロの腿裏に、力強い見事な蹴りが決まった。
キノを抱え悶える事しか出来ないキルロは涙を浮かべ、不条理を訴えた。
「何すんだよ! もう少し手加減しろ!」
「うっさい! 7万持ってきたんだろ、早く出せ!」
「あ、いや⋯⋯。そっちじゃないっす」
「ああ!?」
ハルヲの顔がさらに険しくなっていく。
「待って、待って。ちょっと緊急事態⋯⋯キノがパンを食べちゃってさ、大丈夫かな?」
「えっ?! キノあなた、パン食べちゃったの?」
これにはハルヲも少しばかり驚いた顔を見せ、困惑を見せた。キノの体に触れ異常を探していく。
「うーん。今、これといった異常は見られないわね」
「そっか。良かった」
「しかし、あんたパン食べただけで、すっ飛んで来るなんてどれだけ親バカなのよ」
不敵な笑みでハルヲに言われ、かなり気恥ずかしい。
「まぁ、いいんじゃない。大切に育てるのはいい事だしね。なんかあったら、またいらっしゃい」
「うん、マジ助かる。サンキューな。よし! キノ帰るぞ」
ハルヲの笑みに見送られ、ふたりは
これは早々に7万返さないとなぁ。厳しいけど頑張らないとか。
恩も返したいが、返し方が思いつかないなぁ。
まぁ、恩はゆっくりと返して行くか。
「あ! 干し肉買って帰らないと。キノ、屋台寄って帰るぞ」
ふたりは、街の中心街へと歩いて行った。
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