第十二話 女装系男子のお買い物
週末、つまり土曜日。
私はショッピングモール内の映画館入り口付近で英梨花を待っていた。私たちが今から見る予定の作品はラノベが原作であるにも関わらず全国の劇場で広く放映されているため、映画館にこだわる必要がなかった。そのため私たちは色々な施設がキュッと集まっているショッピングモール付設の映画館を選んだのだ。
ベンチに座ってソシャゲで時間を潰すこと数分。
英梨花からLINEがきた。
『あーにゃどこ? 私は今自動ドアの前にいるのだけれど』
この映画館の出入り口は一つしかないので、
『じゃあ英梨花はそこで待ってて。今行く』
と送ってから私は立ち上がってそちらに視線を向けた。
休日なので、カップルやら家族やらでかなり混雑しているが、その中から英梨花のシルエットに合致する人を探すとすぐに見つかった。
「英梨花ー」
私が声を掛けると、英梨花がこちらを向いた。
「あ、あーにゃ。こんにちは」
英梨花はふわりとスカートを舞わせながらこちらに振り向いた。
「うん、こんにちは。英梨花すごく似合ってるね」
英梨花が着ているのは白シャツに丈の長い黒色のレースフレアスカート。デザインはかなりシンプルでレースにあしらわれた黒の水玉模様以外は無地。英梨花の落ち着いた雰囲気とうまく合っている。
「そう? ありがとう。あーにゃもすごく似合ってるわ」
「良かった」
私が着ているのは丈の長いワンピースにカーディガン。可憐さ重視で私が服を選び、念のため昼まで寝ていた姉さんを叩き起こして確認してもらったから、不自然ではないのは分かっていたけどそう言われると安心できる。女装した私服姿を見られるのは家族以外では初めてだったからなんやかんやで緊張していたのだ。
一言二言交わしてから、とりあえずチケットを買う。まだ上映まで少し時間があるので割と良い席が取れた。
「英梨花どこか行きたいところある? なかったら書店行くのに付き合って欲しいんだけどいいかな?」
「ええ。私も買いたい本があるから丁度良かった」
「そっか良かった。なんていう本?」
そんな会話をしながら書店に着いた。これなら書店で待ち合わせの方が良かったかも、と思ったがそうするとチケットを買いに一度映画館に行ってまた戻ってこないといけないので映画館で待ち合わせをしてやはり正解だった。
私の欲しい本は二冊ともラノベで英梨花の欲しい本のうち一冊はラノベだったのでまずは二人でラノベコーナーに向かう。私たちが今いる書店はラノベの品揃えが結構いいので入荷していないなんてことはない。
英梨花は一冊、私は二冊先日発売されたばかりのラノベを手に取った。英梨花と同じものが一冊、別のものが一冊だ。
英梨花は私の持っている自分が買わなかった方のラノベを見て言った。
「あーにゃ・・・・・・それ書店で買うの?」
「買うけど。どうかした?」
「どうかした、って・・・・・・そのタイトル気にならないの?」
「あぁ」
私は言われて、改めてそのタイトルを見た。
『エッチマンガ先生』
タイトルはこんなだが内容はそれほどエッチではなく面白い。
「うーん、店員さんにレジとかでもしも『エッチマンガ先生』が凝視されてたら気になるけど、そんなことないし」
「でも、店員さんは必ずそのタイトルに目を通しているのだからわかりやすい反応をしていないだけかもしれないわよ?」
つまり、店員さんは内心引いているかもしれない、と。
「そんなこと言ったら買えないラノベ多くない? 長文タイトルとか」
例えば、「お母さん」とか「妹」とか「娘」がヒロインなんだろうなぁ、と思ってしまうタイトルとか。あとは「エッチマンガ先生」みたいに、「エロゲー」とか「絶頂」とか「セックス」みたいなもっと直接的な言葉が入っているタイトルとか。
「そうね」
英梨花は私の予想を裏切ってすんなりと首肯した。
「え、でも英梨花は『テクノブレイクで死んだ俺の異世界絶倫無双』を読んだんじゃなかったっけ?」
一番始めに会ったときにそう言っていた。
これが買えるのなら大抵のラノベは買うことが出来るのではないだろうか。
「電子書籍でね。電子だけの購入特典が付いていたからお得だったわ」
「えっそうなのっ?」
私は購入特典は基本付いてこないが今いる書店でラノベを買っている。付いてくる店はここより遠いので面倒なのだ。けれど同じ値段で書籍以外のものが付いてくるのなら当然そっちの方がいい。
「ええ。あとは電子書籍には現実世界の本棚を圧迫しないという利点もあるわね」
これは大きい。受験期間を除くとラノベを読み始めて二年強。徐々に自室の本棚が埋まってきており丁度本棚の増設を検討し始めたところだったのだ。
「へー! ・・・・・・私も始めてみようかな、電子書籍」
「それに初回購入者に限り半額還元しているところもあるから金銭面でもお得よ」
つまり実質半額ということでは⁉
「えー⁉ 何だって⁉ 今すぐお母さんに頼まないと!」
そして階段をどたばたと駆け下りてふすまをがらりと開けてそれをお母さんに伝えるとお母さんはこう言うのだ『でも昔やってたとき結局溜めて止めちゃったじゃない』私は瞳にやる気をみなぎらせて『今回は大丈夫! もうこれしかないんだ!』『ふぅ。仕方ないわね。ちゃんとやるのよ』『やったぁ!』そして志望校合格。
「え・・・・・・? べつにお母さんに頼む必要はないと思うのだけど・・・・・・」
「あ、あはは・・・・・・そ、そうだよね」
今の流れは完全に通信教育のチラシに付いているマンガのそれだったので英梨花はその寸劇をしたいのかと思ったのだがそうではなかったらしい。
「まあでも私はとりあえず紙でいいかな」
シリーズの途中から電子書籍で揃え始めるのはなんとなく嫌だし、学校ではスマホの使用が禁止されているので休み時間に読めない。何か気になる新シリーズが始まったら検討しよう。
「結局紙なのね・・・・・・まああーにゃは恥をかくことに耐性がありそうだものね。火曜のアレでだいぶレベル上がったんじゃない?」
「ま、まあね。火曜のアレでだいぶ強くなったよ」
火曜のアレ、英梨花による私のキャラ創作いじりのことである。
今思い出してもまだ少し恥ずかしい。
「そう? なら良かった」
「いや、良くないから・・・・・・」
「ふふ、冗談よ冗談」
私が半目になると英梨花は「次はあっちの方に行きたいのだけど付いてきてくれる?」と笑った。
私たちは英梨花の指した方向へ二人で歩き始めた。
「でも昨日のことは置いておいても私、ここの書店で店員さんに言いにくいタイトルを伝えて探してもらったことがあるから、タイトルを見られるぐらいならなんとも思わないんだよね」
今思えばタイトルを音読しなくてもスマホの画面に書影を表示して見せれば良かったと思う。
「ここの書店、本の場所の検索をできたんじゃなかったかしら?」
「そうなんだけどアルファベットの入力が出来ない仕様だから」
「・・・・・・ちなみにタイトルは?」
「『JKナツは異世界で売女になった』」
それを聞いた店員さんの表情は今でも忘れない。完全に蔑まれていた。
「それは・・・・・・災難だったわね」
英梨花はその場面を想像したのか、私を哀れんだ。
「まあそのラノベにそれだけの恥をかいた価値はあったからいいんだけどね」
そんなことを話したりしながら私たちは書店で買い物を終え、映画館に向かった。
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