第十話 女装系男子の黒歴史
部活動見学の次の日。
いつもと様子の変わらない優羽に改めてほっと胸をなで下ろしてから、昼休みになると私は英梨花を訪れた。
「えりかー」
「あ、あーにゃ。こんにちは」
「うん。英梨花は何読んでるの?」
英梨花の読んでいたラノベの話から、私が読んでいるラノベの話とかして、
「昨日の部活動見学楽しかったわね」
英梨花がそんなことを言った。
「あ、あーうん・・・・・・」
私は自身の頬が引きつるのを感じた。
実はも何もないのだが、私にとって昨日のオリジナルキャラクター創りは黒歴史と化していた。
今朝一人で電車に揺られながら昨日私が書いた設定を思い返していると、床を転げ回りたくなるほど恥ずかしかったのだ。出来ることなら昨日の私にマジパンチを食らわせてやりたい。思いついたものをそのままを書き殴っていたので、冷静に考えるとあちこちで矛盾が生じていたり、設定がガバガバでツッコミどころばかりが目に付く。しかも、どこかで見たことのあるシーンも多く、中には丸々パクってんじゃん・・・・・・なんていうシーンもあった。
だから黒歴史。
私は悶え死ななくていいように話題の向かう先を調整する。
「そういえば昨日の部活動見学の時、英梨花中学校の時小説を書いてたって言ってたよね。結構書いてたの?」
不自然にならない程度の話題調整。たぶんうまくいった。
「そうね・・・・・・中二と中三の春と秋に短編を書いたから、全部で四本かしら」
英梨花は特に不審に思うようなそぶりを見せずに普通にそう答えてくれた。勝った。
「へー。どんな話を書いたの?」
受験生の中三が短編書くって・・・・・・と一瞬思ったけど英梨花はうちの高校の附属中学校出身なので受験していないのだった。
「どうって・・・・・・ええと、昨日みたいなのかしら」
「あ、ごめん。質問が漠然としすぎてたかも。昨日みたいなのっていうと戦ったりするんじゃなくて・・・・・・誰かが誰かを好きになるような話をメインに据えたもの?」
恋愛モノと言うことに抵抗を感じた。
英梨花が昨日書いたのは確かに恋愛モノだったのだが口にするのは躊躇われたのだ。なんだか恥ずかしいからかもしれない。
「そ、そうね・・・・・・」
「やっぱり昨日みたいな異世界を舞台にした話が多いの?」
「ぐ、ぐいぐい訊いてくるわね・・・・・・」
英梨花は前の座席に座っている私の方に顔は向けたままで、視線をわずかに私から逸らしている。
「え、だめ?」
私の口からきょとんとした声が飛び出した。
「べ、べつにだめではないけれど・・・・・・」
そう言う英梨花は頬を染めている。その視線はやっぱり私から逸れたままだ。
「だめじゃないけど?」
照れている英梨花に気づいた私はにやつきながら先を促した。
なんだか面白い。英梨花が照れているところは何回か見たことあるけど、いつも落ち着いている感じがするからこんな風に英梨花が照れているのを見るのは何回目でも面白い。それもかなり意識的に照れさせているからなお面白い。仲良くなってるんだなぁと思う。
「・・・・・・あーにゃって意外と意地悪よね」
「えー? そうかなー?」
あー。口角が上がる。英梨花の口調が素っ気ない。
唇を尖らせたり、むくれたり、そんなわかりやすい反応ではないけど、いじけているのが分かる。
「・・・・・・なら先にあーにゃがどんなお話を書いていたのか教えて。あーにゃも中学校の時文芸部だったのだから何か書いたのよね?」
「う・・・・・・」
思わずそんな声が漏れた。
それが英梨花の耳に届いてしまったのか、英梨花の頬からは赤みが引いていき口の端がつり上がっていく。
あ、やらかした?
「何も書いてな――」
おそらく強ばっていた表情を緩め、即座に別の言葉で上書きしようとしたがもう遅い。
英梨花がいつも通りの声音で台詞を被せてきた。
「何か書いていたのね?」
その美しい顔に浮かぶのは嗜虐的な笑み。
狩られる・・・・・・!
直感的にそう思った。
今私たちを客観的な立場から例えると、おそらく蛇と兎。
断るまでもなくその美しさゆえにより恐ろしく見える英梨花が蛇で、その愛らしさゆえにより庇護欲をそそる私が兎。
つい先ほどまでは、私が乳搾りの人で英梨花が搾られる乳牛、あるいは英梨花が野生の鳩で私はその鳩を追いかける幼児ぐらいに例えられていただろうに、今は立場が逆転どころか私が被捕食者で英梨花が捕食者に例えられてしまうと思う。
昨日帰りながら中学校の時文芸部に所属していたことを言わなければこんなピンチに陥ることもなかっただろうに・・・・・・!
「か、書いてません」
私の主張を英梨花は無価値と切り捨て、
「あーにゃが書いていたのは昨日のあれみたいなの?」
反撃とばかりにその内容について訊いてきた。
「アレ・・・・・・」
アレ。
間違いなく『あの恥ずかしい設定』を指している。つまり英梨花は私に気を遣って『アレ』と表現してくれたのであり、そのように表現したということは私が昨日書いたものは恥ずかしいものであると英梨花が認識しているということだ。
「どうかした? あーにゃ」
黙り込んでしまった私を英梨花が不思議そうに見ている。
「あぁいや、何にもないよ。ただどんなの書いてたかなーって思い返してただけ。私が中学生の時は昨日みたいなのも書いたし、明るく楽しいラブコメも書いたかな」
黒歴史には違いないけど、実際に書いたのには間違いはないので結局認めることにした。ついさっきまでは咄嗟のことでひたすら直観で書いてない、と返答していたけどよく考えると優羽と凛ちゃんは私が何を書いていたのか知っているわけだし嘘をついてもばれるかもしれない。そうなったときは英梨花に嘘をついたことが知られる訳で、それは嫌だと思った。恥ずかしいが仕方ない。
「どんなラブコメ?」
「うーん・・・・・・だめだ。覚えてない」
本当に覚えていなかった。仮に覚えていたとしても恥ずかしいから言わないだろうけど。
「本当に?」
疑いの視線を私に向ける英梨花。
「うん。ほんとほんと」
「・・・・・・口にするのが恥ずかしいからではなくて?」
「うん」
「ふーん・・・・・・」
まだ英梨花は私のことを信用していないようだった。
む。
「そんなこと言うってことは英梨花、英梨花の書いたのは口にするのが恥ずかしいものなんだ?」
私は再びにやにやを纏い直して、からかってみる。
そこまで疑われるとさすがの私もおこなのだ。
「な・・・・・・!」
英梨花は目を見開いて固まった。
「へー? ってことはやっぱり・・・・・・?」
私がさらに続けると英梨花は何か言おうと口を開くも、すんでの所で口をつぐんで深く息を吸った。
吸い込んだ息を吐き出した英梨花の目は据わっていた。
え、英梨花おこ・・・・・・?
「あーにゃの昨日のアレほどじゃないわよ?」
「な――⁉」
ばたん。
私は英梨花の机に突っ伏した。英梨花の小馬鹿にしたような視線と、明らかな嘲笑に私は耐えきれなかったのだ。
「あーにゃ⁉」
英梨花が心配そうに声を少しだけ荒げてくれた。
心配してくれている英梨花に申し訳ないのだが、しばらく顔を上げられそうにない。かなり熱いので顔も耳も真っ赤なのが分かる。今英梨花と目を合わせると発狂しかねない。
うぅ・・・・・・お嫁にいけないよぉ・・・・・・。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴った。
ラッキーガールな私。もしもこのまま昼休みが終わらなかったらいつかは顔を上げて英梨花と目を合わせないといけなかったから。
私は両手で顔を目だけ見える様にして覆いながら立ち上がって出口に向かって歩き始めた。五組の生徒から注目を集めているのが分かる。
がたん。
右足が机にぶつかった。
「あ、あーにゃ⁉ 大丈夫⁉」
英梨花に見えているかどうかは分からないが、私は英梨花に背を向けたままこくこくと何回も頷いて再び歩き始めた。英梨花には悪いが今は答える余裕も、例えば肩の上から親指を立てて大丈夫だと応える余裕もない。
うぅ・・・・・・お嫁に行けないよぉ・・・・・・。
それから五回ぐらい足をどこかにぶつけた。
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