第九話 女装系男子の部活動見学その2

 設定を考え始めて四十五分後。

「できた・・・・・・」

 優羽がどこか楽しそうに呟いて、全員設定を作り終えた。

 開始十分くらいで凛ちゃん、三十五分頃から立て続けに私、英梨花、姉さん、そして最後に優羽という順番だった。

「どうだった?」

 姉さんがうきうきといった様子で尋ねた。

「・・・・・・そんなに」

「楽しかった」

「ボクもっ」

「私も楽しかったわ」

 凛ちゃん以外はみんな満足げに笑っている。

 とても楽しかった。与えられた条件から大体の方針が定まるとあとは一瞬だった。一つ設定を決めてしまうとドミノ倒しのように頭の中に物語の映像やら台詞やらが思い浮かんでそれらをどうにか言葉にする。また書いているうちに複数の設定を思いついてどれを使えば面白い話が出来るか、頭の中で分岐させてみながら決める。頭に追いつかない自身の手の速度に苛立ちながらも書き殴り、どんどん形になっていく物語に喜びがこみ上げる。最高だった。

 受験勉強のせいで久しく忘れていたが創作は楽しい。

「・・・・・・」

 みんながわいわいとどこが楽しかったなどと話しているなか、凛ちゃんがむくれていた。一人だけみんなと同じように楽しめなかったことを気にしているのだろう。

「凛ちゃん、気にしなくていいと思うよ」

「な・・・・・・べつに気にしてないし」

 私がそう声を掛けると凛ちゃんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。どうにか凛ちゃんの機嫌を直したいのだが、しばらくはキャラクター創りの話題で盛り上がるだろうから今すぐには無理だろう。あとでできたらフォローしておこう。

「よし、じゃあ発表会だな。誰から始める?」

 そんなことを考えながら凛ちゃんの横顔を見ているとそんな姉さんの声が聞こえてきた。

「え?」

「どうした、英梨花?」

「発表会ってことは今書いたのをみんなに見せるということですよね?」

「そうだが・・・・・・え、だめか?」

「あぁ、いえ。見せようと思って書いていたわけではなかったので。私はいいですよ」

「誰か見せたくない人とかいるか?」

 姉さんの問いかけに私たちは異口同音に大丈夫、と答えた。

「じゃあ初めは誰からにする?」

 私はすっと手を挙げた。

「じゃあ私から」

「ほう。自信があるようだな」

「まあね」

 姉さんのからかうような笑みに私はいつもと同じ声音で答えようと努めた、んだけど少しだけ得意げな声音になってしまった。

 自信はめちゃくちゃある。小説にまとめたらアニメ化はあと一歩で実現しないかもしれないがコミカライズはいけるし、新人賞は余裕で受賞できる。そして顔出しすると超美少女JK作家と各所で話題になるところまで見えている。これは勝った。

 そんなことを考えながら私はみんなが読みやすいように紙の向きを変えた。


【立場】幼馴染み

【ステータス】天才

【ステータス】薄幸

【種族等】人間

【設定】彼は剣の天才だった。この世に生まれ落ちたときからそれは決定していた。生まれて数秒後には剣を握り、同時にすさまじい剣気(通常は剣士として重ねてきた過酷な訓練に比例して大きくなってゆくオーラのようなもの)をみなぎらせた。これにより息子が素晴らしい剣才(剣の才能のこと)を備えていることを確信した両親は町で一番の剣士に息子を鍛えさせた。彼はめきめきと成長しすぐに師匠を上回ると、両親は新たに王都から有名な剣士を迎え指導に当たらせた・・・・・・(ここから彼の大冒険が展開されていく)


 みんなが読み終わったあと私に小説を書いて、と迫ってくる光景を想像して無意識ににやついてしまいながら待っていると全員読み終わった。

「どうだった?」

 誰が読んでも価値観とか関係なしに最高の出来なのは間違いないのだが、やはり人に訊くときは緊張する。そのせいか私の声はいつもより小さかった。

「お、面白いと思うよ・・・・・・?」

 まず優羽。優羽の目が泳いでいた。たぶん私の才能に動揺しているのだろう。

 私は心の中でガッツポーズをしながら「ふ、ふーん」と、喜んでいるのがばれないよう気をつけて言った。

「へ、へー・・・・・・あーにゃってこんなお話を書くのね・・・・・・」

 次に英梨花。こめかみをぴくぴくとひくつかせている。涙をこらえているのだろう。まあ大号泣必至のシーンもあるからなぁ。

「・・・・・・ねえ旭陽。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「ん? なになに? 何でも聞いてよ」

 そして凛ちゃん。何でもどんとこい、だ。

「・・・・・・この『隻腕隻眼ハーフ&ハーフ』っていうのは何?」

「主人公が龍に襲われている幼馴染みを自分の片方の眼球と片腕を犠牲にして助けだして隻腕隻眼になったわけだけど、のちにそれでも強すぎる主人公を畏敬を込めて表した異名だよ」

 これを書いているときはめちゃくちゃ燃えた。痛みに悶えている主人公が『絶対無双』に覚醒して龍を一太刀で切り伏せるところとか最高。それで主人公を泣きながら治療する幼馴染みとかもう・・・・・・!

「ふ、ふーん・・・・・・マヨネーズかと思った・・・・・・」

「え、何?」

 凛ちゃんの声が小さかったので何を言っているか聞こえなかった。

「何にもない・・・・・・」

「そう?」

 珍しく歯切れの悪い凛ちゃんだったが、おそらく私の物語の威力がそうさせるのだろう。私は自分が怖い。

「姉さんはどう思った?」

「中二」

「は?」

「だから中二。実際に物語にしてみないと分からないが、面白くなさそうだな」

「え? 嘘だよね?」

「いや本当だ。まあ反省会は家に帰ってからでも出来るから今は置いておいて。全ての発表を下校時刻になる前にすませるぞ。次だ」

「えぇ・・・・・・」

 もしかして黒歴史とあんまり変わらないレベルなの・・・・・・? 面白く思えるのって今が書き終わった直後だからで興奮してるからだったりする・・・・・・? そう考えると恥ずかしく思えてきたんだけど⁉ 凛ちゃん、優羽、姉さんはいいとしても英梨花にもそう思われてたらきつい・・・・・・。

 そんな風に私が一人で悶えていると凛ちゃんの作品をみんなが読み始めていた。とりあえず自分のことは脇に置いて、急いで目を通す。


【立場】先生

【ステータス】モテる

【ステータス】偏食

【種族等】男

【設定】この人は生徒にめちゃくちゃモテていた。特技は壁ドン、頭ポンポン、顎クイ、髪クシャ・・・・・・などなど全てのモテテクをマスターしており女子生徒全員がこの人のことが好きだった。でも、ある日教頭に顎クイ(事故)の現場を目撃されてしまいクビになってしまうが、その人のことが好きだった内気な少女といろいろあって結ばれる。あとこの人はパクチーしか食べない。


「適当すぎでしょ⁉ なんでパクチーしか食べないの⁉」

 デトックスどころか、栄養失調で死ぬんじゃ。

「いや、だって途中でめんどくさくなったから・・・・・・」

 私が突っ込むと凛ちゃんはきまずそうに目をそらした。なんか自分の中二原稿がどうでも良くなった。

「あはは・・・・・・じゃあ次はボクが」

 優羽がやや照れながら設定用紙を差し出した。


【立場】芸術家

【ステータス】ラッキースケベ

【ステータス】変身できる

【種族等】女

【設定】彼女は素晴らしい才能を持っていた。目で見て触れたものなら何でも性交に・・・・・・じゃなくて精工に描くことが出来るのだ。ある日彼女は巨乳を描きたくなった。しかし彼女は貧乳である。そこで彼女は家宝を使って、ラッキースケベ体質のイケメンになることにした。家族に事情を話して男として学校に通うことになった彼女はラッキースケベによりあらゆる種類のおっぱいを次々と揉んだ。しかし、彼女は気づくと元の体に戻れなくなっていた。そうして彼女は男として生きていくことになる。彼女には幼いころから思いを寄せる幼馴染みがいた。その幼馴染みは男の子で彼女も男の子になってしまったから恋人になることは出来ない・・・・・・(ここから健気な彼女の不器用な恋愛が描かれる)


「うぅ・・・・・・ぐすん」

「・・・・・・変態にしてはやるじゃない(ぐすん)」

「慶・・・・・・わたしは少し嫉妬するぞ・・・・・・」

「えへへ・・・・・・ちょっと恥ずかしいな」

「・・・・・・」

 とてもいい話だった。

 序盤のとんでも展開には戸惑ったものの後半から始まった険しい恋路にはおもわず涙をこぼしそうになった。まあ良いところだけを切り取っているから、というのもあると思うけど素晴らしい。その証拠に英梨花、凛ちゃん、姉さんは涙ぐんでいて優羽は頬を赤くしてうつむいている。

 でもこのモデル、絶対優羽と私なんだよなぁ・・・・・・。

 だから泣けない。優羽がこんな物語を望んでいて、こんなことを思っているんだと気づいてしまうと罪悪感が襲ってきて泣けない。どれだけ優羽が悩んで、涙を流して、私が女であることを受け入れようとしてくれているのかと思うと胸が張り裂けそうになる。いっそ私は女装をしているだけだと話してしまえれば楽なのに・・・・・・なんていう月並みなことを思う。けれど、そんなこと絶対に出来ない。私は優羽と仲の良いままでいたい。ずっとこのままがいい。高校を卒業して、大学に進学して、就職して、退職して、病気に罹って、死んで。何がどうなっても私はこのままがいい。時計の針に進んで欲しくない。だから私は強引に力業で止めた。その結果、うまくいっている。今日なんてほとんど中学校までの私たちと変わらない。まだほんのわずかに残っているぎこちなさもいつか風に吹かれた砂に埋もれて気づかなくなる。『だから気にしなくていいんだ』とは割り切れない。こんな自分のことしか考えないだめな私を好きになってくれた優羽に申し訳ない。

「つ、次は私でいいですか?」

 英梨花は少し涙声。

「い、いいぞ」

 姉さんも涙声。

「この作品の後に出すのは嫌だけれど、アンカーよりはましだと思うから・・・・・・」

 みんながしんみりする中、英梨花が紙を差し出した。


【立場】研究者

【ステータス】影が薄い

【ステータス】オタク

【種族等】人間

【設定】舞台は異世界。彼女は眼鏡をかけた地味な女性で薬草オタクの薬草研究者だった。彼女には好きな人がいた。町の衛兵。しかしそんな衛兵が町を襲った魔物の毒にやられてしまった。新種の毒だった。彼女は彼を治すべく研究に没頭した。そして偶然寿命を交換する薬が出来上がった。彼女は彼に自身の寿命を一ヶ月だけ残して全て捧げた。どうやって治ったのか疑問に思う彼だったが全快すると仕事に復帰した。そしていつも各家庭に無償で薬を配っている優しい女性がいないことに気がついた。彼は彼女の見舞いに訪れると彼女の症状がまったく自身と同じであることに気づいた。見舞いに通っているうちに薬の説明書を見つけた彼は彼女が自身に寿命を差し出したことを知る。彼は「どうして?」と尋ねる。彼女は「あなたが好きだから」と答える。彼も彼女のことを慕っていたことを伝えた。彼女はそれを聞くと微笑んでキスをねだった。彼は彼女と唇を重ね、しばらくしてから離すと彼女はすでに事切れていた。その日が丁度薬を使ってから一ヶ月後だったのだ。


「うぅ・・・・・・ぐすん」

「だめだ・・・・・・涙が止まらん」

「・・・・・・いい話だね」

「・・・・・・」

 凛ちゃんと姉さんが上ずった声で、優羽は静かに呟いた。私は木目を見つめている。

「そう・・・・・・良かった」

 英梨花はふぅっと息を吐き出した。きっと優羽の後でプレッシャーを感じていたのだろう。

 でもたぶん二人が泣いているのは優羽の話で涙腺が緩んでいたからだ、なんていう意地の悪いことを私は考えてしまった。

「最後はわたしね・・・・・・」

 姉さんは音を立てずに紙を差し出した。


【立場】清掃員

【ステータス】オッドアイ

【ステータス】マッチョ

【種族等】神

【設定】

『転生したら清掃員だった件』


 いやパクりだし・・・・・・私は胸中でひっそりと呟いて読み進める。


 異世界を筋肉で無双したマサオは筋肉神になった。さらなる強者を求めるマサオは異世界に行くことにした。転生先は弱者しかいない現代日本。転生し直そうとするマサオだったが一年あけないとだめらしい。仕方なくマサオは生きていくために清掃員になった。マサオは赤と青のオッドアイでゴリゴリのマッチョだったので気味悪がられることも多かったが同僚の笹野さんやマイケルと友情を深め清掃員という仕事に愛着を覚えるようになった。しかしそんなある日、マサオの元いた世界から復讐のためにドラゴンがやってきた。彼は筋肉神としての力を解放し撃破する。彼は英雄として称えられ、彼の元に芸能界など各所からオファーが殺到する。しかし彼はこう言った。「ワイはただの清掃員やさかい」


                              (完)


「なんかもう急に冷めたんだけど・・・・・・」

「二連続でしんみりしたのだったから余計ね・・・・・・」

 私も凛ちゃんと全く同意見だったので同意した。

 あんなに気落ちしていたのに、今はまあ仕方ないし、と思えている。物語の力って本当にすごい。

「ま、まあアンカーとしては良かったんじゃないかしら・・・・・・」

「確かにしんみりした気分で終わるのも、嫌だしね・・・・・・」

 珍しく英梨花と優羽が意見を同じにしている。

「・・・・・・なんかすまんな」

 姉さんは肩を落として心底申し訳なさそうに謝った。

 その後すぐに下校時刻になったので私たちは机を元通りに配置し直して五人で帰った。そのときの優羽に特に変わった様子はなく私は安心した。さっきのオリキャラ創りで想いがぶり返して私のことを過剰に意識する、なんてことはなかったようだ。優羽はどうしてあれを書いたんだろう。優羽の性格からしてあれが私への当てつけ、なんていうことはないだろうし、あれを書くと私がどう受け取るのか気づかない優羽ではないので、無意識だろうか。優羽自身あれが自分と私をモデルにしていることに気づいていないとか。そんなことを一人で黙って考えていると、私以外の誰かが私に話を振って思考が途切れる。再開してもまた話しかけられて進まない。私はいい加減面倒になって考えるのを止めた。家に帰ってから考えればいいや。

 英梨花と優羽がいなくなって全ての事情を知っている私と凛ちゃんと姉さんだけになっても、先週の金曜日とは打って変わって凛ちゃんは私にそこまでしつこく英梨花と距離を置けということもなく簡単に注意をするにとどめた。凛ちゃんは結構脳天気だから、今日の優羽の様子を見て考えを改めたのかもしれない。

 姉さんも特に何も言わなかった。実はこの女装計画、姉さん発案だったりするのだが姉さんもそこまで優羽のことは心配しなくていいと思っているのだろうか。まああれで意外と頼りになるから、本当に心配しなくていいのかもしれない。

 そう思うとなんだかそこまで大事ではないような気がして、優羽はあれを書いたことで私への想いを吐きだし、吹っ切れ始めたのかもしれないと結論づけるとあまりにも簡単な宿題をスパッと済ませてラノベを読むことにした。まあなんとかなる。現実には物語ほど起伏はなくて、ピンチなんてそうそう訪れない。そんなことを展開の激しいラノベを読み終わった私はぼんやりと思った。

 まあでも、優羽にひどいことをしているのは事実なので優羽の私への思いが完全に断ち切れた頃に精一杯の謝意を込めてどこかみんなで旅行に行こうかな。ほんとに行くとしたら小学校を卒業したときに行ったっきりだ。あのときも仲直りするための旅行だった。楽しかったなぁ。絶対にまた行きたい。私と優羽と凛ちゃんと姉さんと、そこに英梨花も加わって旅行に行っている姿を思い浮かべていると眠気が襲ってきた。

 今日は良い一日だった。

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