第八話 女装系男子の部活動見学その1
新体力テストがあった日の放課後。
今日から一週間、先週凛ちゃんと優羽と話していた通り部活動見学がある。見学とはいっても活動に加わることも出来るので、正式な入部は来週からだが入学する前からあらかじめ決めていたり今週中にこれと決めてしまった生徒は部員のように部活動をすることが出来る。
「旭陽ーいくわよー」
「今行くー」
教卓の辺りで優羽と凛ちゃんが待ってくれているので、私は手早く準備をして席を立った。
半数くらいのクラスメイトは先週のうちに距離を縮めた友人たちと誘い合わせて教室を出て行ったりしているが、中には一人で向かう人もいるみたいだ。帰宅部かもしれないし、友人とは違う部活に興味があったのかもしれない。なんにせよ部活が始まるとクラスメイトたちがどんどん互いに仲を深めていくだろうからぼっちの私は浮くことになるかもしれない。慣れてるからいいけど。
「旭陽、文芸部の部室ってどこ?」
「たしかどこかの空き教室だったよね」
凛ちゃんと優羽が私に訊いた。私の姉さんが文芸部員だからだ。
「あーうん。そうなんだけど・・・・・・その前に英梨花の教室寄ってってもいい?」
「いいよ!」
「・・・・・・なんで?」
躊躇いがちに言うと優羽は即座に賛成してくれたが、案の定凛ちゃんが否定的だ。
「英梨花も文芸部に誘いたいから」
私は昼休みの度に英梨花と話しているが、昼食を食べてから向かうので話せる時間は二十分もない。物足りなかったりするし、英梨花ともっと仲良くなりたい。それに文芸部は姉さんによれば中学校の時と同じように部誌に部員が小説を寄稿したりするそうなので、英梨花の書く文章を読んでみたい。
しばらく私を睨みつけていた凛ちゃんは小さく嘆息して、
「分かったわよ。じゃあ早く行って来て。あたしはここで待ってるから」
「うんじゃあちょっと行ってくる」
約束も何もしていないので英梨花はもう帰ってしまったかもしれない。今日の昼休みに誘っておけば良かった、と反省しながら私は早足で隣のクラスを目指す。
「あ、慶も来るんだ」
「行くよもちろん。ボクも羽咋さんと仲良くなりたいし」
「そっか」
私は思わずにやけた。
優羽が英梨花に好感を抱いている。凛ちゃんの心配は杞憂だった、と判断するのは早計かもしれないが私と距離を詰め始めた英梨花を避けたりはしていない。優羽はちゃんと私を女だと認識して、英梨花も私の友達以外の何物でもないのだと思ってくれているのだ。
五組の教室を入り口から覗く。
英梨花がいた。まだ帰っていなかったようだ。
「英梨花ー」
「あ、あーにゃと・・・・・・」私の声に顔を上げ微笑んだ英梨花はしかし私の隣にいる優羽を見て「変態じゃない・・・・・・」とげんなりした。
「安心して羽咋さん! ボクは今賢もごっ⁉」
「え、英梨花は部活動見学行くの⁉」
私はとんでもないことを言おうとした優羽の口を慌てて塞いで英梨花に尋ねた。
自分のことを賢者だと主張するやつはどう考えても変態だよ、優羽。
「・・・・・・ええ行くわよ。文芸部に」
「! 英梨花も文芸部希望だったんだ!」
「ボクたちも文芸部に行くんだよ!」
「・・・・・・ということはあーにゃと敷波さんも文芸部に行くの?」
優羽がいないかのように英梨花は私の方を向いて話している。
「ボクもだよ!」
「うん。私と凛ちゃんとそれから慶も文芸部に入るつもり」
「えぇ・・・・・・その変態も文芸部に入るの? 私も入ったら同じ密室に存在することになるということ?」
英梨花は身の危険を感じたかのように一歩引いた。
「まあそうなんだけど、私も凛ちゃんもいるし、慶は実際そこまでだから」
「・・・・・・確かにそうね。その変態は非力そうだし。私とあーにゃと敷波さんが三人でかかればどうにかなりそうね」
「えっ⁉ よもごっ」
よんぴーとか言わせない。
「じゃあ一緒に行こっか」
「・・・・・・本当に大丈夫?」
不安げな英梨花を連れて凛ちゃんと合流。そして文芸部室に向かう。
部室と行っても単なる空き教室で私物を置くことは許されていない。大抵の文化部も同様でどこか一部屋割り当てられている。
部室が近づいてくると私はあることに気がついた。姉さんが今朝部室で待ってるぞ、と言っていたのに扉に付いている小窓から見える範囲には誰もいないのである。
私は気持ちを引き締め、小声で「心構えはしておいて」と伝えて他の三人から一歩踏み出した。私から張り詰めた雰囲気を感じ取ったのか後ろの三人はぴたりと話すのを止める。
扉に手を掛ける。
緊張を孕んだ静けさにぽーんぽーんとテニスボールの跳ね返る音だけが鼓膜を揺らす。
誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
その瞬間、私はふっと息を止めひと思いに扉を開ける。
パンッ。
破裂音と共に花吹雪が舞う。
「文芸部へようこそ」
私たちの真正面に片膝立ちで座り円錐形の帽子をかぶって文芸部部長、鵜川月乃はけだるげにそう言った。
「や、せっかくクラッカー鳴らしたんだから少しは驚きなよ」
「そう思うなら姉さんがもっとやる気出しなよ・・・・・・」
私はあまりにもいつも通りな姉さんにため息をついた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんとも言えない歓迎をされた私たちは、月乃がとりあえず出した指示に従って五つの席を突き合わせた。私、優羽、凛ちゃん、英梨花の席が長方形を作っていて姉さんの席がその短辺に寄せられている。姉さんは自らお誕生日席的な場所に座ったにもかかわらず何か話し始めるでもなく、他の四人を無言で見つめている。
「ちょっと月乃⁉ どう考えても司会進行はあんたの役目でしょうが! なんで黙ってるのよ⁉」
それにしびれを切らした凛ちゃんがばんっ、と立ち上がりびしぃっ、と姉さんに指を突きつけた。
「わたしはこう思うのだ」
「どう思うのよ?」
そんな凛ちゃんに気圧されることなく姉さんはゆるりと口を開いた。
「世代交代だなぁって」
「早すぎるわ! 一年生はみんな見学に来ただけなんだけど⁉」
「他の三人、この凛のツッコミを聞いたか? 最適な間をあけてから繰り出される的確なツッコミ・・・・・・これわたしいらねえなあって」
姉さんは天井を見つめて肩を震わせている。
凛ちゃんの成長に感動しているのだろうか。
「凛ちゃんにツッコまれたって認識してるってことはボケた自覚あるってことだよね? ならちゃんとして? 姉さん」
「ちょっと旭陽⁉ こんなところでそんな卑猥なこと言っちゃだめだよ! ボクと凛ちゃんと旭陽と月乃ちゃん以外もいるんだから!」
「え・・・・・・? 変態は何を言っているの・・・・・・?」
「ん? 連想しちゃうでしょ? セもごっ⁉」
「慶は黙ってて⁉」
隣に座っている私は優羽の口を慌てて塞いだ。突っ込むという単語から瞬時にセックスを連想してしまうあたり優羽の想像力は本当にすごい。
「ほら、あっという間に盛り上がった。わたしにはこんな元気ないんだよ。若い人間に年寄りは培った技術と知識を受け継いでゆく・・・・・・それが人間の在り方だろう?」
「・・・・・・ちなみに月乃はあたしたちに何を受け継いでくれるの?」
たぶんすぐ近くを見ているけど、どこか遠いところを見ているような気がする月乃に凛ちゃんは仕方なくといった様子で尋ねた。
「え? 書類仕事?」
「面倒事じゃないの!」
「そうでもない。部活の書類仕事なんてあってないようなものだからな」
「どうだか・・・・・・」
本当か嘘か分からないことを言う姉さんに凛ちゃんが胡乱な目を向ける。
これでこの話のオチはついたかのような空気が流れているがそうはいかない。
「というか姉さん、書類仕事一年生に押しつけないよね?」
「・・・・・・ちっ。誤魔化せなかったか。小賢しい愚妹め・・・・・・」
「本当にやる気だったのね・・・・・・」
英梨花が若干引いている。
「ほら、月乃ちゃん! 初対面の一年生に引かれてるよ! しっかり仕切って挽回しないと! まずは自己紹介から! どうぞ!」
優羽は姉さんを促した。
「はぁ・・・・・・二年で文芸部部長の鵜川月乃。そこの愚妹の姉だ。よろしく」
「愚妹て・・・・・・妹にほとんどの家事を押しつけてる姉さんに言われたくないんだけど」
「旭陽、愚妹はだな・・・・・・ふあぁぁ・・・・・・やっぱりいいや」
姉さんは途中まで言って、あくびをすると面倒になったのか言うのを止めてしまった。
「・・・・・・たぶん私を馬鹿にしたわけじゃないって言いたかったんだと思うけど、姉さんに愚妹って言われたくなかっただけだから」
「分かってるじゃないか、旭陽。さすがわたしの愚妹。以心伝心っていうやつだな。うん。よし、これからは旭陽がわたしの代わりに話せ」
「いや、無理だから」
姉さんはそう言う私に構わず続ける。
「じゃあ問題です。今わたしは何を言おうとしているでしょうか」
唐突に問題が出題された。
いつものあれですか・・・・・・。
「・・・・・・ブロッコリー」
「ぴんぽーん。正解」
「あーそっちかー・・・・・・ボク、カリフラワーかと思ったよ」
「え、朝青龍じゃないの?」
私が正解で、優羽と凛ちゃんがニアピンだ。
「えぇ・・・・・・ちょっとみんなが何言ってるか分からないのだけど・・・・・・」
英梨花は混乱していた。
「じゃあその調子で第二問。わたしは今何を言おうとしているでしょうか」
「・・・・・・え、なんだろ」
エスパー伊東を筆頭としたいくつかの選択肢は思い浮かぶが、どれも正解だと確信できない。もう少し思考を重ねてみる。
皆の熟考のために生じた沈黙を破ったのは優羽だった。
「あ、わかった! 『次はそこの君、自己紹介お願い』でしょ⁉」
「ぴんぽーん。ということでよろしく」
「あー・・・・・・」
「惜しいところまでは分かったんだけど」
私も魔法生命体ザビエルまでは浮かんでいたんだけど・・・・・・あーそっちかー。
「・・・・・・自己紹介の前に今の問題? はいったい何?」
「え、大喜利?」
英梨花の質問に凛ちゃんが代表して答えた。
「・・・・・・なに? おおぎり?」
「うん大喜利。べつに意味はないから気にしないで」
「・・・・・・どういうこと?」
「ボクたちは小さいときから一緒にいることが多いんだけど、いつの間にかやるようになった習慣、みたいなものかな?」
私、優羽、凛ちゃんと姉さんは学年は違うけど幼い頃からよく一緒に遊んでいる。私たち三人が私の家で遊んでいるのにいつの間にか姉さんも加わっていたのだ。その関係で、姉さんは私が女装をしていることはもちろん優羽が男装をしていることも知っている。
「・・・・・・あんまり良くはないし、全く意味が分からないけれどまあいいわ。たぶん分からないから。で、自己紹介ですよね?」
英梨花は私たちの大喜利についての思考を放棄し、姉さんに確認する。
「というかなんか流されてるけど結局姉さん司会してないよね?」
「旭陽たちが自主的に流されてくれたのだろう?」
「まあそうなんだけど・・・・・・じゃあ英梨花お願い」
なんとなく悔しいが仕方あるまい。
「・・・・・・あーうん。一年五組の羽咋――」
「ん?」
今まで背中を丸め、頬杖を付いてけだるげにしていた姉さんが頭を持ち上げた。
「どうかしましたか?」
「・・・・・・君の名前はどんな漢字を書くんだ?」
「羽に昨日という単語の一文字目みたいな漢字ではくい。英語の梨の花でえりか、です」
「そうか・・・・・・あ、すまん。珍しい苗字だったから気になっただけだ。続けてくれ」
姉さんはしばらく思案げに目を伏せてから続きを促した。
何だろう。何があるのだろうか。英梨花の名前を聞いたとき姉さんは驚いていたからただ苗字が珍しかったというだけじゃないと思う。まあ家に帰ればいくらでも尋ねるタイミングはあるだろうからそのときにでも訊こう。
「よろしくお願いします」
「うむ。よろしく。英梨花」
英梨花が自己紹介を定型文で締めると姉さんは特に表情を変えることなくそう言った。
「えっと・・・・・・月乃先輩、でいいですか?」
英梨花は突然の名前呼びに面食らったのか、しばらく言葉を詰まらせた。
こういう風に何でもないことのように他人を名前で呼んで、距離を縮めやすくする姉さんはすごいと思う。そこは素直に憧れる。
「なんでもいいぞ。月乃でも月乃ちゃんでも、姉さんでも」
姉さんはそれぞれ順に、凛ちゃん、優羽、私からの呼び名を挙げた。適当だなぁ。
「じゃあ月乃さん、で」
英梨花は照れ気味。
「じゃあさ! ボクも羽咋さんのこと英梨花って呼んでもいいかな!」
「・・・・・・私のことを英梨花と呼びたいのならまず私の胸を見ながら喋るのを止めなさい」
「見てないって!」
「いや、現在進行形で見てるでしょ・・・・・・」
心外だ、と言うように立ち上がった優羽のブレザーの裾を引っ張って座らせる。
凛ちゃんがそんな優羽に呆れたような一瞥をくれてから姉さんに話題を振った。
「自己紹介はこれで終わったわけだけど、月乃。次は何をやるの?」
「・・・・・・第三問。今わたしは何を言おうとしているでしょうか」
再び唐突にクイズが始まった。
「・・・・・・月乃、進行をそうやってあたしたちに丸投げするつもりなのばれてるから」
「それにいい加減疲れたから自分でやって」
「というかそもそもボクたち何やるつもりかなんて絶対分からないし」
「・・・・・・英梨花はどう?」
凛ちゃん、私、優羽にすげなく返された姉さんは英梨花に助けを求めた。
「無理です」
「はぁ・・・・・・仕方がない。わたしがやるか。来年からは自分たちでやるんだぞ」
「なんで月乃が面倒見のいい先輩面してるのよ・・・・・・」
凛ちゃんのツッコミに応じることなく姉さんは自身の机の上に鞄から取り出したカードの束を三束置き、姿勢を正した。少しはやる気になったみたいだ。
「今日は文芸部見学ということで、このカードを使って楽しい創作をする」
「へぇ・・・・・・」
すこし面白そうだ。
「楽しい・・・・・・? あたし創作を楽しいと思ったことないんだけど」
「あはは・・・・・・まあ凛ちゃんは中学校の時、部誌に一回も寄稿しなかったもんね」
「楽しい創作・・・・・・」
眉根を寄せる凛ちゃんに優羽は苦笑い。英梨花は机の上に置かれたカードを興味深げに見つめながら姉さんの言葉を待っている。
「まず始めに全員が一つ目と三つ目の山札から一枚、二つ目の山札から二枚引く」
言いながら姉さんはめくったカードを私たちに見えるように並べた。
【立場】清掃員
【ステータス】オッドアイ
【ステータス】マッチョ
【種族等】神
一つ目の山札のカードには【立場】、二つ目には【ステータス】、三つ目には【種族等】がそれぞれ書かれていた。
「そして、これらの属性を持ったキャラクターを創る。ここではキャラクターの設定を練るだけではなく、そのキャラクターを主人公にした物語のあらすじを考えても大丈夫だ。そういう遊びを今からする」
姉さんは淡々とした説明を終えた。
「これって楽しいの?」
「わたしはそうでもないのだが、創作で一番楽しいのはキャラクターやあらすじを練っている時という人が多いみたいだな。わたしが入部したときに二つ上の先輩が言っていた」
「受け売りかい・・・・・・まあ分かるけど」
私は中学校の時、文芸部だったから何回か小説らしきものを書いたことがある。中二病真っ盛りのときに書いたものだから闇に葬りたいのだがなかなか捨てられなくてまだ自室の引き出しに封印してある。たまに読みたくなって、目を通すと死にたくなる。
そんな風に一応完結させたもののほかに設定は決めたものの、結局面倒で物語にしなかったものもいくつかある。なので今から行うのは、創作の最も楽しい部分だけを抽出したことと言えるかもしれない。
「私もそうね」
意外にも英梨花が同意した。
「英梨花も何か書いたりするの?」
「ええ。私中学校の時文芸部だったから」
「へー」
なら読んでみたい。けど、そうすると交換条件として私の黒歴史も見せないといけないかもしれないのか・・・・・・どうしよう。
「ボクも色々考えるのは好きだからやってみたいんだけど、今の例はいくらなんでも難しすぎない? ボク、何か思いつく気しないんだけど」
「確かに・・・・・・全部結びつけにくいし」
清掃員でオッドアイでマッチョで神って何。
「これ、引き直しはだめなんですか?」
「ルールブックがあるわけではないから、べつにだめではないが今回はなしで。その方が面白いしな?」
姉さんは口の端を吊り上げた。
「うわぁ・・・・・・姉さん意地悪・・・・・・」
「なら月乃は今のでやりなさいよね」
私が姉さんを半目で見ていると凛ちゃんが言った。その顔には姉さんに負けないぐらいの嫌らしい笑みが浮かんでいる。
「・・・・・・いいぞ。わたしにかかればこれくらい造作もない」
一瞬固まった姉さんだったが、すぐに余裕の笑みを纏い直し闘志を瞳に宿した。けだるげな姉さんはどこかへ行ってしまったようだ。
「もう質問はないな?」
姉さんは四人をぐるりと見回した。
全員それぞれに姉さんに応じると姉さんは一層笑みを深めてこう言った。
「制限時間は全員がカードを引き終えてから一時間だ。ではスタート!」
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