第七話 女装系男子のハーレム主人公体験
下駄箱で互いに自己紹介を終えた私たち四人はグラウンドに向かう道すがら話していた。優羽と凛ちゃんはペアの人とはぐれてしまったなどの理由で単独行動をしていたらしい。
進行方向に向かって左端から私、優羽、凛ちゃん、英梨花の順に並んでいる。
「あなたと旭陽が友達だってことも分かった」
凛ちゃんは英梨花を睨みながら言う。
英梨花はそんな凛ちゃんに眉をつりあげることもなく平然としている。
「さっきのが言葉の綾だってことも、まあ理解はした」
英梨花によると、私が凛ちゃんと優羽に迷惑していて英梨花に助けを求めたと思ったようだ。確かに私は困っていたけども。別にそこまで強い表現じゃなくてもどうにかなっていたと思う。
「でもあーにゃって何⁉ 旭陽のこと⁉」
「・・・・・・」
荒ぶる凛ちゃんに、無言の優羽が怖い。
「あー」
「そうだけど?」
なんとかしようと思った私がとりあえず口を開くと、英梨花があっさりと認めた。いや、まあ事実なので仕方がないんだけどね・・・・・・。
「なっ・・・・・・⁉」
分かっていただろうに絶句する凛ちゃん。
「『あーにゃ』ってかわいいでしょ?」
「かわっ・・・・・・⁉」
「⁉」
「えぇ⁉」
目を丸くする凛ちゃんに、静かに息をのむ優羽。英梨花は全くいつも通り。私はそんなことを言った英梨花に驚いている。
私がかわいいのは知っているのでかわいいと言われても多少嬉しいぐらいだが、英梨花がまさかそんなことを言うとは思っていなかった。
そんな私たちをしばらく不思議そうにみていた英梨花の顔が瞬く間に赤くなった。
「か、かわいいってあれよ⁉ 容姿の評価じゃなくて・・・・・・あ、や、もちろんあーにゃはかわいらしいのだけどね⁉ あ、うぅあああ・・・・・・! そ、そうじゃなくて! 私はあーにゃっていう言葉の響き自体がかわいい、ということが言いたかったの!」
英梨花は普段の冷静そうな様子からは想像できないほどにあたふたと言葉を連ねて自爆し、一層赤くなった顔で言い繕った。
「あー英梨花、大丈夫。分かってたから」
そんな英梨花につられて私まで恥ずかしくなりながら英梨花がかわいそうだったので落ち着いてもらうために嘘をついた。これで私をかわいいと評価したことは気にしなくていいのだと、英梨花は思うだろう。
「え・・・・・・? それってつまり私が勝手に自爆しただけってこと・・・・・・⁉」
「あ、違――」
「そうよ」
「・・・・・・(こくり)」
誤解が生じていることに気づいた私は訂正しようとするが、遮って凛ちゃんが肯定し優羽も頷いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「え、英梨花⁉」
項垂れる英梨花を、私からは顔が見えないが凛ちゃんはおそらく満足げに見ている。
どうにかしてフォローしないと・・・・・・!
「慌てる英梨花はかわいかったから気にしなくていいよ!」
英梨花が意気消沈しているのは言わなくてもいいことを言ってしまったからで、それを取り消すことは出来ないから褒めて立ち直らせるために私はそう言った。
「かわっ⁉」
「なっ⁉」
「っ⁉」
「あ・・・・・・」
三人の視線に失言をしたことに気づいた私はハーレム主人公っていつもこんな感じで大変なんだなぁと思った。軽はずみな言動は止めよう。
状況はラノベそのものだが、残念ながらこれはたぶんラノベじゃないのでここでオチが付いて時間が勝手に飛んだりはしない。だからなんとかほのぼのとした普段の会話に戻らないといけない。しかしどうにか出来るのはたぶん三人の立場とか性格を考えると私しかいないので私がどうにかしないといけない。いつもこの役目を負わされていると思うとハーレム主人公かわいそうだなぁ。
「ところでみんなは五十メートル何秒なの?」
「・・・・・・この子をかわいいっていったことを否定してフォローはしないのね」
私の露骨な話題転換に凛ちゃんが呆れている。
「え? あーにゃってそうなの?」
「うん。旭陽は全人類をかわいいと思ってるから。べつにキミは特別じゃないよ。一番かわいいのは凛ちゃんだし」
「そ、そう・・・・・・なら良かった・・・・・・のかしら?」
「もういいよそれで・・・・・・」
ここで優羽の根も葉もない主張を否定するとこじれるだけなので流す。まあみんな落ち着いてきたようで何よりだ。私が胸をなで下ろしていると英梨花が口を開いた。
「あーにゃは何びょ――」
「それよ! その呼び方! あたしが聞きたいのは!」
「・・・・・・ボクも気になる」
「あーにゃがどうかした?」
再び声を荒げる凛ちゃんと静かに声を添えた優羽をすっかり普段の落ち着きを取り戻した英梨花が迎え撃つ。英梨花は少しもそんなつもりはないようだが、凛ちゃんが一方的に睨みつけている。
凛ちゃんが怒っているのは、私に英梨花とこれ以上仲良くするなと釘を刺したにもかかわらず名前で呼んだり渾名で呼んだりする関係になっているからだろう。
「呼び方は――」
「あーにゃ、ってあんたが勝手に呼び始めたの?」
呼び方は、英梨花と関わるなという話の本質じゃないと思うので流してもいいんじゃ、というような事を言おうとして凛ちゃんがかぶせて来た。
そう思ったのだが、渾名だと親密な感じが出てしまうから関係あるのか・・・・・・。
もう少しよく考えて行動するべきだった。
なんにせよ私は英梨花との間に凛ちゃんと優羽を挟んでいるから会話に加わりにくい。
「いいえ。あーにゃがあーにゃと呼べにゃ、と言ったの」
語尾のにゃは再現する必要あった?
「・・・・・・にゃ・・・・・・どういうこと?」
凛ちゃんがにゃ、と呟いた。こんな時でもかわいい凛ちゃん。あやうく魅了されるところだった。
「・・・・・・旭陽?」
「あーそれは――」
「あーにゃの友達にはあーにゃのことを『あーにゃ』と呼ぶ人がいるから――」
「いないけど⁉」
凛ちゃんのキレの良いツッコミ。
「・・・・・・ボクは聞いたことない。旭陽には友達二人しかいないし」
「え? どういうこと、あーにゃ?」
英梨花が言うと、三人が私の方を向いた。
「・・・・・・からかいたくなって適当ぶっこきましたすみません」
「・・・・・・・・・・・・」
凛ちゃんの視線に殺意が宿った。
「え?」
英梨花はぱちぱちとまばたきをした。
「旭陽・・・・・・」
優羽は静かに呟いた。
「つまり何? あーにゃは私を騙してたの?」
「う、うーん・・・・・・まあそうなる、ね」
「ふーん・・・・・・敷波さんと
英梨花は私から視線を切って、凛ちゃんと優羽の方に向けた。優羽の苗字が陽羽里。優羽は男装しているので英梨花は優羽の事を男だと認識していてくん付けで呼んでいる。
「え、ええ。そうよ」
「・・・・・・うん」
「そう。なら私は彼女のことをこれからもあーにゃと呼ぶわね」
「なんでよ⁉」
「えぇ⁉」
「なんであーにゃまで驚いてるのよ・・・・・・」
「いや、だって・・・・・・そりゃかわいくて気に入ってるけど、適当に考えたやつだし・・・・・・」
それに、まあ後ろめたい。
あのときは何も後のことは考えずにやりたいようにやっていたけど、よく考えてみると、というよりこの状況になってみると優羽に対して後ろめたい。優羽と目を合わせて話せないと思う。
もともと英梨花はあーにゃとは恥ずかしがって呼んでくれないと思っていたし、そうでなくてもしばらくしたら旭陽と呼ぶよう頼むつもりだった。だから後ろめたいだなんて思わないはずだった。なのにこんなことになるなんて本当に運が悪い。
けれど、
「あーにゃって呼んだらだめ?」
「いいよ」
私は英梨花に気を遣わせないために間髪を入れずに了承し笑った。
英梨花も微笑む。彼女は何も気づかない。
「旭陽⁉」
自分から言い出しておいてこの場では嫌とは言えない。もしも凛ちゃんと優羽がいなくて英梨花と一対一のときなら可能性はあったけど、少なくともこの場では言えない。優羽に気を遣っている感じが出てしまう。
凛ちゃんにはあとでちゃんと謝ろう。
「どうしたの凛ちゃん」
「なんで・・・・・・ってやっぱり今はいいわ」
私と目を合わせた凛ちゃんは意図を読み取ってくれたのか、矛を収めてくれた。
ここで凛ちゃんが怒気混じりに何かを言うのは不自然だし、優羽が何か気づくかもしれない。そのようなことを伝えようとしたのだが、まあほとんど伝わっていないだろう。伝わったのは、このまま言ってしまうとなんとなくまずいので落ち着いた方がいい、ぐらいだと思う。凛ちゃんとは幼稚園からずっと仲が良いけどこんなもの。以心伝心なんてできない。こんなことを思ったのは初めてだと思うけど、私と凛ちゃんは別の人間なのだ。
そうして私たちは言葉少なに残りの種目に並び始めた。
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