第五話 女装系男子の懊悩

「旭陽、ちゃんと優羽の告白をなかったことにするために女装してるの分かってる?」

 三人で電車に乗って降りて優羽と別れてしばらく何気ないことを話してから凛ちゃんが言った。たぶん怒っている。

「分かってるけど。どうかした?」

 女装にも慣れてきたし、女性らしい仕草もかなり板に付いてきたと思うんだけど。

「なんで優羽の告白をなかったことにしたいのか覚えてる?」

「・・・・・・覚えてるけど」

 凛ちゃんが私の質問には答えず質問を重ねてくる。嫌なこと聞くなぁ。

「じゃあなんで?」

「・・・・・・私と凛ちゃんと優羽が仲の良いままでいるため」

 嫌だけど、というか罪悪感で潰れそうになるから考えたくないんだけど、私は優羽の気持ちを踏みにじる方を選んだのだ。わざわざ女装してまで壊したくないぐらい大切な関係なのだ。

 こういうときはきまってずいぶん昔、一週間ぐらい口をきかなくなったときのことを思い出す。今となってはいい思い出だと言えなくはないけど二度と経験したくない。それぐらいぐちゃぐちゃな喧嘩で、今の状況がそれに似てなくもないのが笑えない。

 だからそれを回避するためなら私は何でもする。

「そう。ならしばらくその羽咋っていう人と仲良くするのは止めて」

「え・・・・・・どうして?」

 だったんだけど、あまりに唐突な凛ちゃんに私は一瞬足を止めた。全く意味が分からなかった。

「優羽がまだ旭陽への想いを断ち切れていないから」

「私が女の子なのに?」

「うん」

「それは優羽が言ってたの?」

「ううん。私の勝手な推測」

「じゃあ――」

「でも絶対に当たってる」

 私は続く「違うかもしれないんじゃ」という言葉を飲み込んだ。凛ちゃんの口調が強く確信に満ちたものだったからだ。

 ならばそうなのかもしれない。

 少し考えてみる。できるなら凛ちゃんと同じ結論が導かれないことを願いつつ。

 こんなことを考える私って死んだ方が良いんじゃ、と思うけど優羽の私に対する思いの丈はどれぐらいなのだろう。まあやっぱり死んだ方が良いことを考えるけどかなり大きいはずだ。なぜなら複雑な三角関係なんて生じなくても痴情のもつれで関係が壊れるなんていうのはありえる話である。優羽も私たちと過ごす時間を心地よいと思ってくれているだろうに、私に告白をしてきたということはそれなりの覚悟があったということになるからだ。優羽が両刀なのかどうかは知らないが、それほどの恋心が私が女の子だったからというだけで冷めるとは考えにくい。というか今気づいたけどこの計画優羽が両刀だったら破綻してたんだね。

 ・・・・・・凛ちゃんの推測、あたってそうです。

「・・・・・・って理由訊かないの⁉ ずっと待ってるんだけど!」

 と黙々と頭を回しながら歩いていると凛ちゃんが突然言った。

「あぁ、まあ、うん。なんかあたってそうだし」

 私は曖昧に頷いた。

 「いや、聞いてよ! や、分かったのなら良いのかもしれないけど! というか旭陽が理解したなら万事解決、卍ハピネスなんだけど!」

「まんじはぴねす・・・・・・」

 万事解決と、卍ハピネスで韻を踏む凛ちゃん。凛ちゃんからはシリアスが微塵も感じられない。・・・・・・まあ助かるんだけども。

「どうやって私と同じ結論に辿り着いたの⁉ それが合ってたら何も言わないから言って!」

「どうって・・・・・・ごにょごにょ・・・・・・」

 言えるわけがない。恥ずかしすぎる。いくら凛ちゃんが相手でも無理。さっきのを音読し始めるとタッチの差で走馬灯が回り始める自信がある。そしてその走馬灯は卍ハピネスで終わるのだ。嫌でしょ。

「え、何?」

「なにもないですやっぱり分かりません。どうしてなんですか凛ちゃん」

「全く」凛ちゃんはやれやれと肩をすくめて「分からないのなら初めから言いなさいよね!」

 凛ちゃんは鼻の穴をわずかに広げて(小ぶりでかわいい)、胸を張って(なかなかのボリューム!)、どや顔をした(かわいい!)。

「おしえて凛ちゃん」

 こんなコーナーがあったら私は欠かさず見る。

「すぐに終わっちゃうんだけど」

 えー⁉ でもちょこっとしたコーナーほど面白いものだ。何回も見よう。

「三人で羽咋さんと旭陽の仲がいい、みたいな話してたでしょ? そのとき優羽の様子がいつもと違う気がしなかった?」

「いわれてみれば・・・・・・」

 というか気づいてたけど、せっかくの「おしえて凛ちゃん」を遮りたくないのでわざわざ言わない。

「優羽の表情がいつもよりも固かったかも」

「そう。しかも他の話をしているときは普通だった」

「ということは・・・・・・」

 私は唾をゴクリと飲み込んだ。

 凛ちゃんが眼鏡をかけていたら、きっときらりと光っていただろう。

「優羽は旭陽の事がまだ好き、ということね」

「なるほど・・・・・・」

 ふうっと満足げに息を吐き出した凛ちゃんに私は戦慄した。

「なんて鋭い観察眼・・・・・・!」

「まあね」

 どや顔リターンズ。

 それから凛ちゃんは真面目な顔に戻って

「まあなんにせよ、羽咋っていう人とはしばらく関わらないこと! わかった!?」

 そう言った。きっとそれが正解なのだろう。

「あー・・・・・・まあ・・・・・・考えとくよ」

 凛ちゃんと過去の私にとっての。

 だから私は簡単には頷けなくてそんな曖昧な返事しかできなかった。

「考えとく、じゃなくてそうしないとだめ!」

「・・・・・・善処する」

「よろしい」

 私が渋々言うと、凛ちゃんはむふんと頷いた。

 ・・・・・・いつも思ってるけど凛ちゃんちょろいな。それでいいのかな。

「じゃあ私は帰るわね。また明日」

 るんるん凛ちゃんは分かれ道にさしかかったところでばいばい、と手を振って帰って行った。

「うん」

 私は凛ちゃんの背中をしばらく見つめてから、自宅に向かって歩き出す。

 羽咋さんと喋るな、かぁ・・・・・・。

 できることなら羽咋さんとは話したい。思っていたより同じラノベ好きと話すのは楽しいのだ。優羽の気持ちに踏ん切りが付くまでとはいえ、変に期間を空けると気まずくなったりして話さなくなる可能性もあるし。とはいえ、確かに優羽は私が羽咋さんと仲良くしているのを気に掛けている様子だったが私は羽咋さんとただの友達でいるつもりだ。優羽は私が女であることを疑っていないようだし、時間が経てば私に対する気持ちが残っていたとしてもなんとも思わなくなる気もする。しかしそれまでに優羽の感情が爆発してしまうと元の木阿弥。

・・・・・・板挟みだ。

 同じようなことをぐるぐると考えていると、女装していなかったらこんなことを考えなくても良いんだよなぁ、と思った。

 もしも私が女装をしていなかったら優羽と付き合っていた。この時期ならきっと私と優羽はかなり仲の良いカップルで、今週末デートに行ったりしたのかもしれない。

 けれど、どうなんだろう。うまくいったのかな。万が一別れたりした場合私と優羽と凛ちゃんは今のように仲良く一緒にいられるのかな。分からないけれどうまくいかない可能性もあると思う。むしろその可能性の方が大きい気すらする。それに私と優羽が付き合っていた場合、羽咋さんと親しくならなかったかもしれない。優羽はおそらくあまり私を縛ったりしないと思うけど、まあ優羽と付き合ってるのにわざわざ五組まで羽咋さんと話すために行くというのは優羽に申し訳なくて私にはできない。羽咋さんも私が女の子だから話しかけてくれたかもしれなくて、男だったらそもそも羽咋さんと知り合えてなかったかもしれない。

 何が正解で、何が不正解なのか、どれだけ考えても何も分からない。

 私は何を判断材料にすればいいのだろうか。

 そんなことを考えたり考えなかったりしながら、私はラノベを読んで週末を過ごした。

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