第二話 女装系男子のおっぱい

 家に帰ってすぐ優羽に夕飯後に会えないかとLINEを送った。

 夕飯後を指定したのは凛ちゃんに言った通り優羽が頭の中を整理する時間をおいてから話したかったからだ。

 それから何かを読もうとしてもすぐに気が散って、ソシャゲでさえも集中できずぐだぐだと二時間ほど過ごしたとき、優羽からLINEがやってきた。

 優羽は家族と食事に出かけるようで少し遅くなるかもしれないとのことだったが、会うことになった。

 そして午後九時ごろ、優羽の準備が整ったらしいので家に来てもらった。

 呼び鈴が鳴ったので私が出る。パジャマは中学校のときのものをそのまま使っているという設定で男物を使うけど、仕草とかは女の子っぽさを意識して。

「あ・・・・・旭陽」

 ガラガラッと玄関を開けると表情の硬い優羽と目が合った。

 優羽は男の子モードだった。まあ優羽は母親と夕食を食べに行ったみたいだからその流れだろう。

「久しぶりだね!」

 時間が止まったのは一瞬で優羽はすぐに相好を崩した。ちょっとだけぎこちない。

「うん久しぶり。飲み物入れてくるから先に私の部屋に行っててくれる?」

「はーい。お邪魔しまーす」

 優羽に合わせて私もできるだけ以前のような調子で応えた。

 優羽はいつものように春休みの間家族と旅行に行っていたから中学校の卒業式以来、つまり二週間ほど私は優羽と顔を合わせていなかったのだ。

 昔は、というか私が小学生だった頃は春休み優羽がいなくて寂しかったものだが今年は考える時間ができたのでむしろ好都合だった。

「わたし、びっくりしちゃった。まさか旭陽が本当は女の子だったなんて」

「今まで言えなくてごめんね」

「いいよいいよ気にしなくて。ちなみになんで旭陽は男の子のふりしてたの?」

「ああうん――」

 それから私は春休みの間に凛ちゃんと姉さんと一緒に考えていた設定を語った。

 私の家は結構立派な和風の屋敷で、庭には盆栽を大きくした木みたいなのとか池があったりする。それで思いついたのが、跡継ぎに男児が必要でという設定。男児として育てることで跡継ぎとしての自覚を持たせるみたいな感じ。私には姉と妹がいるのだが、私が生まれた時点で両親はそれ以上子供を産むつもりがなかったので私がその役目を担うことになったということにする。

 ちなみに私の両親は、というより父親が海外に赴任中なので両親ともにお盆と正月ぐらいしか帰ってこない。なので私が女装をして学校に通っていることを両親には伝えてない。

 以上のことを優羽に話した。

「え・・・・・・それ大丈夫なの? おじさんとおばさん帰ってきたら旭陽すごく怒られちゃわない? 勘当とかされちゃうんじゃ・・・・・・」

 優羽は心配そうに私を見つめてくる。

「大丈夫、なことはないんだけどまあたぶんなんとかなると思う、かな。もし本当にそうなったら凛ちゃんとか優羽の家に少しの間お世話になるかも」

「えぇーーー⁉ やっぱりだめだよ! 男の子の振りしたままでよかったじゃん!」

「そうすると優羽を騙すことになっちゃうし・・・・・・」

 現在進行形で騙してるのに。

 胸が痛む。

「あ・・・・・・そっか・・・・・・ごめん」

「や! そうじゃなくて!」

 あー、返答を間違えた。優羽に自分が告白したせいで私が男装をやめたんだ、と解釈させてしまった。

「もともと男の子の振りするの嫌になってたし⁉ 優羽はあんまり関係ないというか!」

「ふふ・・・・・・気を使ってくれてありがと」

「ありがとうだなんて・・・・・・僕は全然・・・・・・」

 優羽の穏やかな微笑みに耐えられなくて私はうつむいた。

「あ、旭陽! いま僕って言った! やっぱりまだ慣れてないの?」

「うそ⁉ 無意識だった・・・・・・」

 なんて今は落ち込んでいる場合じゃない。

 今日の目標は優羽との間で告白の件について清算して、以前のように話せるようになることだ。

「学校で僕って言ったら・・・・・・べつにだめじゃないか。うん。ボクっ娘なんていうのも流行ってるみたいだし」

 優羽は独り言の様に呟いた。

「まあ私はボクっ娘にはならないけど。というか、優羽、私が女の子かどうか確認しなくていいの? 優羽って結構疑り深いでしょ?」

「え、そんなことないと思うんだけど・・・・・・」

 そのためには優羽に私が女の子だとまずは確信してもらわないといけない。優羽は私のことを信用しているので私が本当は女の子である、ということを疑ってはいないと思うけどやっぱり何か根拠があった方がいい。

「いや、疑り深いって。だって『地球温暖化の原因が二酸化炭素の温室効果ってほんと⁉』とか『☆5の排出確率、1%とか絶対嘘だよ!』っていつも言ってるでしょ」

 優羽はロジカルなのだ。

 だから私の思う優羽の疑り深さというのはその方面のもので、私に対しては優羽は疑り深くない。

 それが判っている上で、私は強引に私が女の子である証明をする話題につなげるために疑り深いでしょ、と優羽に言った。

「後半のは言ったことないよ! それ言ってたの旭陽だから!」

「え、そうだっけ?」

 だって本当に低い。私はソシャゲにはあまり課金しない派なのでもうちょっとどうにかして欲しい。お小遣いもそんなに多くないし。

「そうだよ! 旭陽お小遣いほとんどソシャゲにつぎ込んだこともあるぐらいソシャゲ大好きでしょ⁉」

「うぅ・・・・・・というか、そんなことはどうでもよくて!」

 それで爆死したことなんて思い出したくない。

「確認しなくていいの?」

「わたしはべつにしなくていいけど。そもそも確認なんてどうするの? 一緒にお風呂入るの? それとも下着でも脱ぐの?」

「さすがにそれは恥ずかしいから・・・・・・」

 去勢したわけじゃないのでちゃんと私の股の間にはイチモツがぶら下がっている。なので女の子な優羽とお風呂に入ると大変なことになる。色々大変なことになってばれてしまう。

「じゃあどうするの?」

「おっぱい触って」

 私はあらかじめ考えていた台詞を言った。いい流れだ。このままいけばちゃんと証明できる。

「・・・・・・は? なにもう一回言って?」

「だから私のおっぱいを優羽が触って本物かどうか確かめて。服の上からだけど」

「えぇぇぇぇえええええ⁉ おかしいよ⁉ まあ結構妥当なところかもしれないけど!」

「それが実はおかしくないらしくて。姉さんが言ってたんだけど、女の子は挨拶代わりに揉み合うこともあるんだって」

「そうなの⁉」

 私も最初聞いたときは絶対に嘘だと思った。

 でもそれが本当なら、体は女頭脳は男な私が女の子のおっぱいを揉んでも不自然ではなく、むしろ友好の証なので他人のおっぱいを揉むことにより友達をつくることができることになる。一石二鳥どころではない・・・・・・! しかし、実際に揉んだ場合、執拗に揉みすぎて不審がられ挙句の果てには男だとばれてしまい、そしてセクハラで訴えられることになりかねないのでしない。やってしまうと普通にだめな人間になってしまうからやらないけどね。

「うん。ということで触ってくれない?」

 言いながら完全に痴女の発言だなぁと思う。

「えっと・・・・・・でも、なぁ・・・・・・」

 もじもじと優羽が照れながら、ちらちらと私を見てくる。

「たぶんだけど私の方が優羽のよりも大きいと思うからさわり心地がいいんじゃないかな?」

 優羽のおっぱいは何もしなくても服の上からなら女の子と気づかないぐらいには小さい。もちろん実物は見たことないのでただ着痩せしているのかもしれないが見るからにぺったんこなのでそれはないと思う。

「え、うそうそ! 絶対にそれはない! 私の方が女の子歴長いんだから!」

 女の子歴が長いと何だというのだろう・・・・・・。

 というか私が本当に男装していたのなら女の子歴とやらはそんなに置かれた状況が変わらない優羽と私で変わらないのでは。

「じゃあほら、確認してみてよ」

 私はおっぱいを下から持ち上げて挑発する。

「ぐぬぬ・・・・・・」

 しばらく私の胸部を睨みつけていた優羽だったが、喉をごくりとならして「じゃ、じゃあ」と言ってから指をそろそろと私のおっぱいに近付ける。

 ほよん。

「ぇ」

 優羽の顔は完全に敗者のそれだった。

 私のおっぱいは科学の随を集めて作成された「最先端科学的おっぱい」である。大人のおもちゃを作っているところにオーダーメイドで作ってもらった。かなり高かったので私はやむを得ず貧乳になった。しかし、その感触は本物のおっぱいをこえる柔らかさで、科学はおっぱい部門において生命に打ち克ったのだ。一度つつくと人間の指はその持ち主の意思とは無関係に人工おっぱいに吸い込まれていき気づけば「人工おっぱいジャンキー」になっている。嘘。たぶんそこまですごくないけどかなり本物に近い。ほぼ一日中付けていたがはずれなかったのもすごい。

「どうだった?」

 無意識に自慢するような声音になった。私は何もすごくないんだけど。

「・・・・・・わ、わたしのおっぱいの方がおっきいかな」

 優羽は私のおっぱいを親の仇のように睨んでいる。

「えーぱっと見でも私の方が大きいでしょ」

「そ、そんなことないよ! じゃあ旭陽も私の触ってみて! 絶対にわたしの方が大きいから!」

 真っ赤になって頬を膨らませて優羽は私を見上げていた。

「え、えぇぇぇぇ・・・・・・むり、かな」

「なんで⁉ 触ってよ!」

 むきになった優羽は私の腕を掴んで自信の胸部に近付けようとする。

 私のことを女の子だと思ってるからこんなことするんだろうけど・・・・・・!

「む、無理だから⁉」

「勝ち逃げするの⁉」

「勝ち負けとかないから⁉」

 そうやって三十秒ほど触る触らないの攻防を私と優羽は繰り広げた。

「「はぁはぁはぁ・・・・・・」」

 すごく疲れた。

 おっぱいを触らないための努力で疲れる日が来るとは思わなかった。触るための努力で体力を消耗することもないと思うけど。

「引き分けってことで・・・・・・」

「今日は解散・・・・・・」

 優羽に続いて私も立ち上がる。

 私と優羽は息を切らしながら一緒に階段を降りて玄関で靴を履いた。

「あ、ここでいいよ」

「いや、送ってくよ」

「そう?」

「うん。すぐそこだし」

 私と優羽はそろって外に出た。

 火照った体に夜風が涼しい。

 ぽつぽつと街灯の灯った道路を適当に話しながら歩く。

 その間ずっと優羽からの告白について何か言わなきゃと思って糸口を探していたのだが、結局最後まで見つからず優羽の家まで来てしまった。

「じゃあ旭陽。ばいばい。また明日」

「あー・・・・・・」

 何か言わないと。

 そうやって頭を回していると優羽が言った。

「また明日からも友達としてよろしく!」

「・・・・・・うん。よろしく。また明日」

 これが一番丸いんだろうけど、優羽に言わせてしまった。

「ばいばーい」

「ばいばい」

 大きく手を振って玄関の奥に優羽は消えていった。

 私も小さく振っていた手を下ろして元来た道を引き返す。

 本当に僕が女の子だったら何も悩まなくて良かったのに。

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