第16話 大好物

 二人がシグの家に帰って来た時には、辺りはすっかり暗くなっていた。教会からシグの家までは徒歩で30分位であったが、帰り道シグは一言も口を開かなかったので、カレンにとっては少し気まずい道中となってしまった。


 ただ、そのお陰で街並みをじっくりと眺める事はできたのだが……。


「まぁ座れ」


 言われるがままリビングのテーブルに着くと、昨晩と同じようにシグは白雪花の蜜が入った暖かいミルクを出してくれた。


「これからこの世界で生きていくのに、魔法の素質を確かめる事は有意義だと思って連れていったんだが、まさかお前があれほどの加護を受けているとはな」


「ごめんなさい」


 何かとてもシグに迷惑を掛けてしまったように思えて、ついつい謝ってしまうカレン。しかし、シグは儀式の結果についてはあまり深く気にしていない様子で話す。


「いいや、謝る事じゃない。

 それよりも司祭の申し出はしっかりと理解できたか」


 セロと頭の中で話していたので聴いていませんでしたとは言えないため、カレンは無言で首を横に振った。


「やはり理解出来ていなかったか。簡単に言うと、とんでもない加護を受けているのだからそれを活用するために、魔法を教える学園に学費も要らないから入学しないか。そういう提案だ」


 それからシグはまずこの街が、ブライトウィンという名であると説明した。そしてブライトウィンは大陸に4つしかない魔法技学園を有する学術都市であり、その学園では魔法の素養がある若者が、日々魔法使いや魔技師としての技術を磨いているとのことだった。


「学園ですか……」


 カレンは転道前の経験から学校というものに良いイメージを持っていない。それは、イジメが原因で入学から一年で高校を中退し、それ以来ニートとして過ごしていたことによるものだ。


 この思い出が、シグから聞いた司祭の申し出を受けるのを躊躇わせていた。


 しかし、この世界の知識が全くないカレンにとって、学園と言う場所は絶好の情報源であるのは明らかである。そしてそこでは魔法も学ぶことができる。


「嫌なら断われば良い。腹が減っただろう。飯を作ってくる」


 そう言ってキッチンへと消えるシグ。


(何を悩んでいるんだ。俺がついてんだ。学園なんてどうってこと無いさ。)


 カレンが悩んでいることを理解しているセロ。彼はカレンに優しい言葉を掛ける。そして頭の中でありがとうと礼を言うが、それでも彼女は決断には至らない。


 学園に行くにしても、もうひとつ解決しなければならない問題があるからだ……。


 シグからは二、三日中には出ていってくれと言われているのだ。今日でもう二日、明日にはここを出ていかなければならない。


 学園に行こうにも住むところがない彼女は、何よりもまず仕事を見つけ、生活の基盤を作る必要があった。


 家族共々殺されてしまい転道者となるや、この二日間だけでも色々な出来事が一気に起こった。怖い思いもしたし、今でも絶えず不安を感じて常に気が張っている。


 そんな状態でこれからのことを考えていると、胸の辺りがもやもやして、カレンの感情は爆発しそうになってしまう。


「今日も疲れたろう。これを食って早く寝な」


 しばらくしてキッチンから出てきたシグはカレンの前にパンとスープを並べた。


「俺は料理が得意じゃない。味は期待しないでくれ」


 出されたスープをスプーンですくい上げ、そっと口に運ぶカレン。


 シグの宣言通りお世辞にも美味しいとは言えない味だった。しかし、確かに美味しくはないのだが、何か心が暖まる味だ、とカレンは思う。


 さきほどまで胸の奥できつく張っていた糸が、スッと緩むような、そんな気がする。


 そして何度かスープを口に入れた時、何故かカレンの瞳からは涙が溢れ、テーブルに雫が落ちる。


「そんなに不味かったか?!」


 普段無愛想なシグが、カレンが泣いているのを見て慌てた様子で問う。カレンはそれに対して首を大きく横に降りながらカ否定した。


「違うの。確かに美味しくはないんだけど、私、このシグさんの作ってくれたスープとても大好きだよ」


 一度涙を拭い、なんとか笑顔を作り感想を述べたカレンであったが、我慢が出来たのはたったの一瞬。次は大声をあげて再び泣き出してしまう。


 その様子をシグは優しい目で見つめ、そして彼女が落ち着きを取り戻すのを待ってから、軽い咳払いの後でとある提案をした。


「その……だな。学園に行く行かないに関わらず、もしお前さえ良ければ、これからもこの家にいて構わない」

 

 予想していなかった申し出にカレンは驚き、真っ赤に腫れた目で彼を見つめる。偶然拾った自分に、何故そこまでしてくれるのか分からないとでも言いた気な顔をしながら。


 二日間しか一緒に過ごしていないが、カレンには男の優しさが嫌というほど伝わっていた。笑わないし、話し方はぶっきらぼう、そしてどこか暗い雰囲気をしているが、それでも内面から滲み出る優しさ。それをシグは持っていた。


 自分がこの家に世話になったら迷惑ではないだろうか。シグの優しさに言われるがまま甘えてもよいのだろうか。


 申し出のありがたさと、それらの考えがひしめき合い葛藤するカレン。

 

 だが彼女にとってこの申し出はまたとない機会なのは事実。


 そしてさんざん悩んで出した答えは、シグの世話になることだった。


(ただし必ず、いつか必ず恩返しをしよう。この人が与えてくれた優しさ以上に)


 そう強く決意してシグに告げる。

 

「シグさん。私学園に行きたいです。何でもしますのでここに置いて頂けませんか。御願いします!!」


 深々と頭を下げてお願いするカレン。しかし、カレンの葛藤も虚しくシグはほとんどリアクションを取らなかった。まるでカレンがこの家にいることは当たり前だと言わんばかりの態度。


「構わないと言っただろ。俺は先に寝るからな。

 あと、シグさんは止めろ。シグでかまわん」


 そういって不器用な男は自室で休むため、二階へと上がっていく。


「本当にありがとう!!お休みなさいシグ!!」


「……フン」


 姿が見えなくなる直前、カレンは男の微かな笑い声を聞いた気がした。


 シグの振る舞ったスープ。この日、それはカレンにとってこの世界で初めての好物となった。彼女は皿に残った最後の一口を味わいながら、心のなかでシグの優しさに再び感謝した。

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