第15話 解魔の儀式 大精霊の加護2
「ごくり」
張り詰めた緊張の中、突然響いたその音が合図だった。
そしてカレンはその瞬間に目を見開いた。
「ばーんっ♪」
ーーキイイィィィィン!!!
カレンの可愛らしい掛け声と同時に、指先から甲高い音を伴って放たれる白い閃光。
それを受けた鏡の中の液体は、一瞬で蒸発してしまう。
更に光の筋は鏡を貫通し、アルティ像の心臓辺り、そして次に像の背後の壁も貫いた所で細い筋となり、最後には消滅した。
再び訪れた静寂。誰もが開いた口が塞がらない。
二階の見学者達はカレンと穴の空いた女神を交互に見つめて愕然としていた。
「えーっと……、これは皆こういう風になるものなんですよ……ね? 」
(そんなわけないだろ……)
セロに突っ込まれるも、混乱して頭が回らないカレン。彼女はすがる様に恐る恐る視線を司祭レーヘルへと向けたのだが……。
当の司祭は白目を剥き、顎が外れているのではないかと思えるほど大きく口を開けていた。
マズいことをしてしまったのではないかと不安になるカレン。言われた通りの事をしただけなのだが、流石に女神像と壁に穴を開けてしまっては、後でかなり怒られるかもしれない。
(どうやって謝ろう……)
そのままどうして良いのか分からず、次はシグの方に目線をやって助けを求める。しかし、シグもまた手すりから落ちそうな程に身を乗り出して、カレンを見ながら固まっていたのだった。ついでに隣の嫌みな青年も全く同じ反応をしている。
(ねぇセロ! 私悪いことしちゃったのかな?! )
(さぁ、分からないけど、アルティ様の女神像ぶっ壊すのはヤバいかもなー)
(そんな! 私捕まっちゃったりするのかな)
泣きそうになりながら頭の中でセロに話しかけるカレン。今すぐこの場から逃げ出したいという思いでいっぱいだ。
(どうだろうね。でも捕まったとしても俺が助け出してやるさ)
格好いい事を言うセロであったが、捕まってしまったらセロでなんとか出来るとは思えないカレン。結果として彼女の不安は増幅されてしまう。
「コ、コホンッ。少し良いですかな。」
カレンがオロオロしていると、なんとか正気を取り戻したかのように司祭が口を開いたが、心なしかまだその顔はひきつっているように感じられた。
「私も信じられませんが、結果を受け止めねばなりますまい。貴女様は並々ならぬ精霊の加護を授かっていらっしゃる様だ……。
私の知る限りではありますが……、過去にこのような事象を引き起こしたのは、簒奪の魔女と呼ばれているリズだけでしょうな……」
その言葉が発せられた瞬間、二階の見学者達がざわめき出す。
リズはシグが言っていたレイア王国を乗っ取りこの世界に意図的に戦乱をもたらした簒奪の魔女。カレンと同じ転道者だ。
「この解魔の儀式は、その人が持つ精霊の加護の大きさに応じて、強制的に基礎魔力を放出させます。
そして魔力を受けた水鏡の中の聖水が、その魔力の属性と大きさに応じて反応するのです。
例えば、魔力が大きければ水鏡の中の聖水は爆ぜてこぼれ落ち、魔力が弱ければ聖水に波紋を生じたりと。
普通はどんなに魔力が強くとも鏡の本体を貫通するような威力など、到底放出できるものではありません。この結果を見るに、貴女様は通常の精霊ではなく、大精霊の加護を受けているのでしょう」
ようするにカレンの解魔の儀式は規格外の結果であるという事だった。
「混乱されておるようですが、取り敢えず話を進めさせて頂きましょう。
先程は儀式によって強制的に魔力を放出しただけで、未だ貴女様は魔法を使うことが出来ません。
しかし、その素質だけであればあの魔女と同等であり、今後の魔法の修練によっては『大魔法使い』となれる可能性もあるでしょう」
司祭の言葉によって更に周囲のざわめきが大きくなる。
しかし、この世界や魔法について全く知識の無いカレンには、司祭の話の半分も理解できていなかった。
但し、自信が秘めた魔力が並々ならないものだろうという点は儀式の結果からもなんとなく感じ取っている。
だが何故自分にこれほどの魔力があるのだろうか、と疑問に思う。
異世界物のアニメなんかでは転生時のチート能力として、絶大な魔力なんかを神様から与えられるのはありがちだが、自分が得たのは限界突破された魅力値だけなのだ。どう考えてもこの結果に結び付かない。
(関係なくは無いね)
カレンの考えを遮るように、頭の中でセロが突然口を挟む。
(カレンは大精霊の加護を受けているし、更にカレンの魅力でその大精霊様はメロメロ状態だ。そんな奴の魔力が人並みな訳ないだろ?)
(魅力で大精霊がメロメロ?)
カレンにとって、精霊がどういうものなのかわからないが、自分の魅力が大精霊を魅了した事で、これだけの魔力を得ているということなのだろう。
(でもセロがどうして精霊に詳しいのよ。前に話したときはこっちの世界の事全然しらなかったじゃない)
(それは俺がその大精霊だからだよ)
さらっと核心について告げるセロに対して、カレンはそういう大事な事はもっと早く伝えてほしいと思う。
(それがわかってたら事前に調べて、もっと魔力をセーブして放出したり出来たかもしれないのに……。
ってか、そういう大事な事はちゃんと言ってよ、役立たずの猫モドキ!!)
(猫モドキ言うな!! ふて寝してやるからね!! )
(ていうか私にメロメロとか言ってなかった?
へぇー、やっぱり私の可愛さでそんな風になってたんだー)
ふて寝によって会話を打ち切ろうとするセロをカレンはからかったのだが、セロからの反応は無かった。
(本当に都合いいんだから……)
「ーーであるからして、貴女様がお望みでしたらブライトウィン魔法技学園への推薦をさせて頂きたいのですが、如何でしょうか」
セロとの意志疎通で司祭の話を聞いていなかったカレンは、突然自分へ投げられた問いかけに焦る。
学園? 推薦?
どう答えて良いのか判断に困って再度シグに助けを求めようと二階を見たが、そこにはもうシグの姿は無く、カレンが肩をガックリと落とした時だった。
「ちょっと待ってくれ」
背後から声がして振り返ると、いつの間にか一階に降りてきたシグがゆっくりとカレンと司祭の元へ歩いてやって来た。
「俺はコイツの……その……保護者みたいなものだ。その申し出の答え、後日でも構わないか」
「ええ、このお嬢様がそれをご了承されるのであれば全く問題ございません」
「教会の被害についてはどうなんだ。コイツに責任を追及するのか」
「見ての通り被害は甚大ですが、お嬢様は我々の指示に従い儀式を行ったまでです。責任を追及するなどもっての他かと。むしろ当教会で解魔された方から将来大魔法使いが生まれるかもしれないとあれば、これは大変喜ばしいこと。アルティ様もきっと御許しくださるでしょう」
登場するや次々と話をまとめるシグ。カレンにはとても頼もしく心強い。なによりも女神像や建物の破損についての不安を解消してくれたことで、とても安心することができた。
「では今日はこれで失礼する。行くぞ」
シグはカレンの腕を掴んで振り返り、出口へと向かって歩いていく。
ーービシっ! ピキピキッ!
しかしその時、背を向けた女神像から嫌な音がしてシグとカレンは一度立ち止まり後ろを振り返る。音の原因は胸に空いた穴から女神像の全身に向かって亀裂が進展したことによるものだった。
みるみる司祭の顔が青ざめる。彼にはその次に起こることが予想できていたのだろう。
「あぁ……だめです……耐えてください……アルティ様」
しかし数秒後、彼の願いとは逆に大きな音を立てながら瓦解するアルティ像。
シグはなにも言わず、戸惑うカレンを引きするように出口へと向かう。部屋を出る直前、泣きそうな顔でうなだれる司祭に対し、カレンはペコリと頭を下げてからその場を去るのだった。
その後の儀式が継続できないとわかり見学者達も部屋を出て行った後で、どうしようもないと諦めたように司祭は顔を上げる。
静まり返った部屋の中、窓から差し込む光によって瓦礫から出た塵がキラキラと輝いている。
美しい、と司祭は思う。まるでアルティが祝福しているようだと。
先程までとは違い、落ち着きを取り戻した今のレーヘルにとって、被った損害など些末なことの様に思えていた。
それよりも、後世に語り継がれるかもしれない今日の出来事に立ち会えた喜びを感じているのだった。
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