第14話 解魔の儀式 大精霊の加護1

 五分ほど経っただろうか、突然乱暴に大きなドアが開き、そこから先ほどの嫌みな金持ちの青年が出てきた。


 青年は目が合うと、フラフラと近づいてきてカレンの前に立ち止まり、泣きそうな顔をしながら早口に話し出した。


「私はもう15回も来ているんですよ!!

 私でだめなんだから、貴女のような外見だけの人間に精霊の加護が宿るわけがない。私は……、私は皆からそのうちとんでもない加護が宿ると言われているんだ!!

 今回は貴女のせいで失敗したに過ぎない。次こそは……」


 よくも、初対面の自分ににそこまで言えるものだと思い呆れるカレン。ここまでくると逆に清々しいとさえ感じていた。


(やっぱりこういうタイプの人間は自分の失敗や才能の無さも他人のせいにするクズで間違いなかったのね)


 自分の中の彼への第一印象が正しかったことを少し得意気に感じながら、カレンはこのタイプの人間がもっとも嫌がる態度で反撃することにした。


「あら、残念でしたね。でも、確実視されてるんですよね? なら16回目以降のどこかでは上手くいくかもしれませんね~」


 カレンが皮肉たっぷりの笑顔を浮かべて言うと、男は何か必死で怒鳴っていたが、気にせず目の前の大きなドアを開き中へと入っていった。


 このタイプの男は無視ではなく、軽く流されるくらいの方がこたえるのだ。


 そこはバスケットコート二つ分、つまり一般的な学校の体育館くらいの広さの部屋だった。

 その部屋の最奥に大きな鏡を持つ巨大な女神像が見え、そしてその横に黒いローブを着た老人が立っている。


 また、部屋の中の様子が見学出来るように吹き抜け構造になった二階があり、儀式を見守る人々で埋め尽くされていた。


 カレンは像に向かって歩く最中、二階の最前列で手すりに肘をつきながら自分を見つめるシグに気がつく。


(シグさん見に来てくれたんだ)


 彼に気に掛けて貰っている事が嬉しくついつい笑顔になる。しかし次に、シグの横に立つ男を見てその笑顔はひきつってしまっていた。


 なんとあの青年が爪を噛みながらこちらを凝視していたのだ。


(なんかもう、ここまでくるとキモいんですけど……)


 しかも啖呵をきった手前、もし自分にも精霊の加護が無かったら少し恥ずかしいなと思い、途端に緊張してしまうカレン。


 魔法は使ってみたいが、本日の主目的は風呂であり、その目的を達成した今となっては正直なところ儀式が少し面倒臭いとも感じていた。


 さっさと終わらせて帰ろうと、歩く速度を上げて老人の元へと向う。そしてカレンは、老人から像の前に置かれた高さ30センチほどの丸い台の上で、像の持つ鏡に向かって立つように言われ、それに従った。


 近くで見た像の持つ鏡の大きさはかなりのものだった。しかも、その鏡面はよく見ると液体で出来ていて絶えず波打っている。


 魔法の存在する世界なのだから、こういう鏡があっても不思議ではないとは思いつつも、鏡のあまりの美しさにカレンは感動を抑えれず見惚れてしまっていた。


「コホン。始めてここに来られた方ですね。私はこの教会の司祭をしておりますレーヘルと申します。

 さて今から貴女様の魔法の素質、つまり精霊の加護の大きさを測る『解魔の儀式』を執り行います。

 方法は実に簡単。そこから鏡に向かって手を前に出し、自分の中から聖なる力を放出するイメージをするだけで構いません」


 それだけならすぐに終わりそうで良かったと思うカレンであったが、それと同時に聖なる力を放出するイメージというものがよくわからない。


「もし貴女様に精霊の加護が有れば、水鏡の中の聖水が答えてくれる事でしょう。さぁそれでは始めて下さい。貴女様にアルティ様のご加護があらんことを」


(はぁ?!)


 知った単語が聞こえた気がしてもしやと思い、目の前の女神像を確認し、そしてカレンはこの教会の崇拝の対象を理解した。


 そう、この教会はカレンを転道させ、更には身体や精神を女へと改変した悪魔、アルティを崇拝しているのだった。


(アルティ崇拝とか、余計儀式のモチベーション下がってきたよ……)


 しかし、シグが連れてきてくれたのだ。途中で辞めるわけにはいかないと思いとどまり、カレンは儀式を終わらせるため、司祭に一つだけある質問をした。


「あのー。放つイメージの瞬間に声とか出しても良いんですか 」


「構いません。貴女様のやり易い方法でどうぞ」


(よし……それじゃぁ……)


 カレンは右手をアルティ像の持つ水鏡に向ける。


 そして拳を一度強く握りしめてから人差し指と親指だけを開く。


 よくある拳銃を表すシルエット。アルティがカレンを転道させた時と同じ形。シグがカレンの命を救った武器。


 そして人差し指の先を水鏡の中心へと照準を合わせてから、一度目を閉じて精神を集中した。


「ふぅー……」


 カレンの美しい唇の隙間から、一度大きく息が吐かれた。


 主役の準備が整ったことを感じとり、観客達の空気も一気に張りつめ、部屋の中が静寂で満たされる。


「ごくりっ」


 シグの横に立つ青年が生唾を飲み込む音。それが合図であったかのようにカレンの目が開いた。

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