第13話 解魔の儀式 異世界のお風呂2
それからシグとカレンは身支度を整え、魔法の素質の確認とやらへと向かった。なんでもそれは教会で行われているらしい。
シグの家から協会までは、徒歩で30分程の道のりだった。
教会の敷地内に入ると芝生の広場があり、奥には壁に豪華な彫刻が施された大きな白い礼拝堂と思しき建物と、その横には礼拝堂と同じくらいの大きさの飾り気の無い四角い建物があった。
「ここだ。お前はあの列に並んで来い」
そう言ってシグが指差したのは、飾り気の無い四角い建物に向かって伸びる長蛇の列の最後尾だった。カレンと同じく、自分の魔法の素質を調べる儀式を受けるために人々が列を成しているらしい。
「すんごい行列ですね……」
「そうだな。魔法が使えればかなり良い職に就ける。
それに精霊の加護は唐突に得る事も有るから、一度ダメでも何度も定期的に素質を確かめにくる奴らがいるのさ。しかし、それも非常に稀で大体は何度やっても結果は同じだ。
そもそも魔法が使える程の加護を持つ奴なんて世界でニ割ほどだと言われてるんだからな。狭き門だ」
話を聞き終えてから、カレンは言われた通りに長い列の最後尾に並んだ。
列に並び始めて一時間ほどが経ったところで、カレンはなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
行列は一定の長方形に区切られた範囲の中で蛇行しているため、カレンは四方を人に囲まれているのだが、居心地の悪さの原因はその周囲の人々が彼女の事をジロジロと見てくることによるものだった。
(ねぇ、セロ。私って、こんなにも皆から見られるほど何か変なのかな? )
こちらの世界に来てから初めての人ごみの中で多くの視線を受け、カレンは言い知れぬ不安に苛まれていた。
(俺から見る限り変なところはないよ。皆カレンのエロ可愛い姿に釘付けなだけじゃないかな)
確かに皆自分の可愛さにメロメロなのかも知れない、などとポジティブに考えるカレン。そう思うと視線もあまり気にならなくなった。
それからしばらくして丁度列の中ごろに来た時、前に並ぶ青年がカレンに声を掛けてきた。
「貴女はこの街の人ですか? とても綺麗な方ですね。貴方程の美人が街にいたらすぐに噂になりそうなのに……」
突然レベルの低いナンパにありそうな事を言われ、思わず愛想笑いを浮かべてしまうカレン。それに気を良くしたのか、その青年は聞いてもいないのに更にベラベラと自分の事を好き勝手話し出した。
「私は侯爵の跡取りなんですがね、貴族の知人達からは大きな精霊の加護を受けているに違いないと確実視されているのですよ」
(なんか自尊心高そうな男だなぁ)
カレンは内心で、女からはあまり好かれないタイプな気がすると思いつつうんざりしていた。
(ま、生前で話す女って妹くらいしかいなかったから、そもそも女から好かれる男がどういうものなのか分からないんだけどね……。
その妹の性格なら、こういうナンパ野郎は怒鳴って追い払いそうだな)
学校で歴代一位の美少女だと言われている妹であるが、その見た目からは想像もつかない気の強さを思い出し、カレンはフフと小さく笑う。
しかし、その笑顔が自分に向けられたものだと勘違いした彼の口は更に加速する。内容はどれも、カレンの気を引こうとして言っている事であったが、その誘い文句には、君が一生行けない様な高級なレストランに行こう、といった様な金持ち特有の嫌みがかった自慢が必ず含まれていた。
控えめに言ってクズ。
青年に対する認識が固まってからのカレンの目はとても冷ややかだった。
しかし、こういった性格の男は自分が人から嫌われてもそれに気付く事が出来ない。なぜなら相手の気持ちを想像する能力が欠落しているためであるということは、生前に国内トップクラス企業の御曹子として多くの金持ちを見てきたカレンにとって常識の範囲だった。
カレンはこの男の様に、世界が自分を中心に回っていると信じてやまない人間が、大がつくほど嫌いだった。
「どんなに誘われても貴方の様な方とは何処にも行きたくないですね」
皮肉を込め、自分に出来るもっとも可愛いと思える笑顔でハッキリと拒絶するカレン。それでも青年が食い下がろうとするので、その時ちょうど見えた広場のベンチで暇そうに列を眺めているシグに向かって大きく手を振った。
それを見た青年は、連れの男がいることに諦めたのか列の前方に向き直ると、爪を噛みながらぶつぶつと何かを呟いていた。
そして、それっきり話し掛けてくる事はなかった。
(単純にキモい死ね)
(俺のカレンに気安く話しかけるな)
カレンが心の中で呟いた後に、セロが不可解な事を言っていたが、彼女はこれを軽く流すのだった。
それから更に二時間程が過ぎた所で、カレンはいよいよ建物の中に入ることが出来た。
入り口ではシグの言っていた通り、最初に湯浴みをして身体を清めるのだと説明を受ける。
その後、男女別の脱衣場の様な場所に案内され、カレンは空いている籠に服モードのセロと下着を脱いで入れた。
(なぁ、カレン。俺はネックレスとかブレスレットにもなれるんだけど……)
(いらない)
カレンは連れて行って欲しそうにするセロの言葉を短く遮り、その場を去る。
浴場の入り口には白い暖簾が掛けられていて、その前の棚にはキチンと畳まれたタオルが置かれている。それを一枚手に取り暖簾を潜り抜けると、そこは驚くことに日本の銭湯そのものだった。
身体を洗うような一人毎に仕切られたスペース。そして各スペースには椅子、桶、鏡、シャンプー、ボディーソープ、リンスの様なものまで揃っている。
そして、その洗い場に対面する場所にはとても大きな湯船が置かれている。
これももしかして過去の転道者が伝えた文化なのかもしれないと思ったが、今のカレンの風呂への欲求を前にしてはそれは些細な事でしかなかった。
急いで全身を綺麗に洗い終えてから湯船に向かい、そしてゆっくりと片足から入り、肩までを湯のなかに沈めるカレン。
「ほええぇぇ~。極楽♪ 極楽♪」
あまりの気持ち良さに、間抜けな声が思わず口から飛び出してしまうが彼女は気にしなかった。しかし、その幸福感を妨げる居心地の悪さを感じ、カレンは強制的に極楽から現実に引き戻される。
列に並んでいた時と同様に、浴場内の人達のカレンへの視線が原因だった。
(さすがにお風呂でじろじろ見られるのは恥ずかしいよ……)
しばらくは湯船の角の辺りで小さくなっていたが、視線は収まる気配がなかったため、カレンはうしろ髪を引かれる思いで浴場を後にして服を着た。
濡れた髪を整えるために、脱衣所にある鏡の前に行くと、なんとドライヤーのようなものまで完備されていた。
ただ、カレンの知っているドライヤーとは違い、電源コードはが無いのにしっかりと温風が吹き出てくるのだ。
(これもシグの行っていた魔機みたいな物で魔法が込められてるんじゃないか? )
セロの的確な推理に、魔法はなんて便利なんだと思うカレン。こちらの世界は科学はあまり発達していない印象だが、魔法によってこのようなモノがあれば、生活の水準はそれほど変わらないのではないかと感じていた。
そして大きな風呂を目的に解魔の儀式を訪れたカレンは、ここにきて初めて自分に魔法の素質が有ればいいなと考えていた。
髪を乾かし終わったカレンは脱衣所を出ると、教会の人に案内されて長い廊下の先にある大きなドアの前に連れてこられた。
「前の方が出てこられましたらお入り下さい」
そう言うと案内人は来た廊下を帰っていく。このドアの奥で魔法の素質、精霊の加護の大きさを測る儀式が行われていたのだった。
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