第34話

好太郎の父親から電話が来た。

「探偵社から報告が来たんだ。言いにくいことだが、結論として分からないということなんだ」

「どういうことですか」

「何の痕跡も残さず、消えたとしか言い様がないということだった」

「プロが調査しても分からないんですか」

「家族全員の交友関係、仕事関係、友人関係、親戚関係、近所との関係、どこをどう深堀しても何も出てこないということだった。

担当者が言うにはこんなことは初めてだというんだ」

理恵は絶望の淵に立たされた。

「何でそうなるんですか。私の家族は何だったんですか」

理恵は思わず声を荒げた。

「分かるよ、その気持ち。とにかくうちに来ないか」

「すいません、興奮してしまって。伺います」

理恵は、洗い立てのシャツとパンツをはいて、急いで家を出た。

好太郎の家に向かう電車のなかで、理恵はいろいろな思いが頭をよぎっていた。

小さいころ、家族で出かけた山のキャンプ。

小学校の入学式。

弟との喧嘩。

次々と現れては消えた。


駅を降りてマンションに向かう道に上り坂がある。

足取りが重たかった。

家族を探す手がかりはもう無いのか。

家族がいなくなってもう二ヶ月になろうとしている。

このままでは、家族からの連絡を待って自分の一生を送ることになるのか。

最愛の好太郎の親とこれ以上付き合うことで家族のことに加えて、好太郎のことも自分の重みに加わるのか。

それは当たり前じゃないかとの思いもあった。

愛していたからこそ、彼の家族の悲しみとも共有していかなければならないという責任のようなものもあるのではないか。

とりとめもなく考えていると、階段に躓きそうになった。

理恵はその場に立ち止まった。

後ろを振り返った。階段の下に、家族と好太郎が微笑んでいた。

幻覚だった。理恵の目頭から大粒の涙がこぼれ出た。

二分くらいその場に立ち止まっていた。背後から声がした。

「理恵さん」

好太郎の母親だった。

「心配だったから迎えにきたの」

理恵は階段を駆け上がり、母親にすがりついた。

大きな声で泣いていた。

母親は、理恵の肩を抱きしめた。

何も言わなかった。

しばらくしてやっと理恵は平常心を取り戻した。

「すいません」

「いいのよ。うちに入りましょう」

リビングで母親は紅茶を出してくれた。

父親がおもむろに話し始めた。

「実は私たちここを引き払って、私の生まれ故郷の広島に帰るつもりなんです」

理恵はショックだった。

家族に好太郎、それに好太郎の両親まで自分からいなくなるのかと。

「ここでは好太郎の思い出があまりにも強く残っているからね。溜まらないんだ。幸い、広島に親の残した家があって、独身の姉が住んでいたんだが、今度介護施設に入ることになって、それで思い切って私たちの終の棲家にしようということになったんだ」

「そうですか」

理恵はそれしか言えなかった。

好太郎の両親とは結婚が決まって初めて会った。

好太郎の事件が起きるまでには二回しか会っていない。

事件があって付き合いが深まったが、それだけの話なのだ。

他人は他人だった。


「理恵さんも希望を持ってください。家族が突然帰ってくることもあるでしょうし、新しい人も出来るでしょう。好太郎のことは忘れて、新しい人生を歩んでください。ここにいて理恵さんの支えにならなければならないのは分かっているのだが、我々も齢ですから」


好太郎の両親の言うことはまっとうである。

理恵は得心するしかなかった。


「いつでも広島に来てください」


好太郎の両親は別れ際に言ってくれたが、もう会うことはないだろうと思った。




理恵は、駅までの道の途中にある階段の上に立った。


夕方に近づいている空はくっきりとまだ青い色が濃かった。


雲がはるかかなたにあった。



その下にはどんな人たちが、どんな暮らしをしているのだろうかと考えた。


自分がその空の下で暮らしたらどうなるのだろうかと考えた。


自分はそこでどんな仕事をして、どんな人たちと交わるのだろうか。




私の居場所はあるのか、そう考えていた。






終わり。






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空の果てに私の居場所はあるのか egochann @egochann

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