第31話
理恵が意識を取り戻したのは、警察署の休憩所のなかにあるソファの上だった。
好太郎の変わり果てた姿を見た瞬間それまでの疲労とショックで崩れ落ちたのである。
薄目を開けると好太郎の母親が心配そうに覗き込んでいた。
「気が付いた。よほど疲れが溜まっていたのね」
母親は涙声だった。
「すいません、お母さん。迷惑をかけてしまって」
「そんなことないのよ。しばらく寝ていてね。今は少し休みなさい」
「お父さんは」
「好太郎のそばにいるわ。もうじき大学病院に運ばれるの」
「解剖されるのですか」
「刑事さんはそう言っていたわ」
「いつごろ結果がでるのでしょうか」
「二日はかかると言っていたわ」
「お母さんは好太郎さんのところに行ってください。私は立ち上がれるようになったら行きますので」
「無理はしないで。倒れて怪我でもしたら大変だからな」
「分かりました」
理恵は気を失っているときに夢を見ていた。
好太郎といつか歩いた多摩川の河川敷だった。
好太郎は野球をしている少年たちを見ていた。
「俺はショートだったんだ」
そう言っていた。
その横顔が眩しかった。
それだけだった。
どうして私を置いていってしまったの。
あなただけが頼りだったのに。
私はこれからどう生きていけばいいの。
そう考えると涙が頬を伝わった。
しばらく休んでいると、刑事がやって来た。
「森内さんが大学病院に運ばれますが、見送りますか」
理恵は立ち上がった。
すこしふらついた。
刑事が肩をかしてくれた。
理恵と両親は警察署の裏口から運ばれる好太郎を見送った。
「理恵さん、うちに泊まってください」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
ひとりになるのが怖かった。
恐怖と不安でおかしくなりそうだった。
そんな理恵を好太郎の両親は察していたのだった。
理恵は次の日に会社に休暇届けを出した。
上司たちも同情して、事件が落ち着くまで休職扱いにすると言ってくれた。
理恵はしばらく好太郎の家に泊まらせてもらうことにした。
両親もそのほうが心強かったのだ。
二日後司法解剖の結果が知らされた。
「死因は心不全」という結果だった。
理恵と両親は警視庁に行った。
「死因から見ると他殺ではなく病死という判断になります。薬物反応もなく、外傷もない。臓器に損傷もない。突然心臓が停止したということです」
「そんな馬鹿な」
父親が顔をこわばらせた。
「まだ捜査はしておりますが、死因の特定状況では他殺の可能性は少ないというのが現状です。あまりにも不審な案件ではありますが、継続して捜査をしておりますので、しばらくお待ちください」
理恵は混乱した。
どういうことかと思った。
突然死。
そんなことはありえない。
あんなに健康だったのに。
突然死を起こすような状況に追い込まれたのではないかと思い、その点を刑事に聞いたが、捜査中だから分からないというばかりだった。
「とにかく捜査の結果を待とう。葬式の準備もしなくてはいけなし」
理恵と両親は失望の深淵に立たされていた。
#32に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます