第26話

好太郎は、地下鉄のなかでやくざの関連会社の男に捕まった 。

男は次の駅で降りるように促した。好太郎は誰かに助けを求めたかったが、社内にはひとりしか乗っていなかった。

しかもその客は寝ていたのである。

「別にどうのこうのしようというんじゃないから安心しな。ちょっと頼みたいことがあるだけやから」

「何であなたに頼まれたりしなければならないのですか」

好太郎は震える声を振り絞った。

「草野はんに頼んでいたことをあんたに頼みたいねん」

「それはどんなことですか」

「だから次の駅で降りてゆっくりと話そうや」

そうしているうちに次の駅に着いた。

好太郎と男は電車を降り、階段を上がって地上に出た。

国道に面した出入り口を出ると、そこには黒塗りの車が停まっていた。

なかには、昼間会社に来たもうひとりの男が運転席にいた。

「このなかでゆっくりと相談しようや」

好太郎を乗せた黒い車は国道を北上していった。


理恵はそのころ会社で会議に出席していた。

休んでいるときに決まった新しい店の店長らが参加しての経営会議だった。

理恵は管理部門の資料をそろえて役員たちに配布する役目であった。

会議は午後5時に終わり、残務をこなしてから帰宅した。午後7時をまわっていた。

理恵は仕事で遅くなってなるべく自炊していた。

結婚を控えて生活費を切り詰めて少しでも貯金していた。

会社の帰りに買ってきたからあげと味噌汁だけの夕食を作り、ゆっくりと食べていた。

家族の失踪からその日で一週間が過ぎようとしていたが、弟に変な尾行者がいたことくらいしか情報がなかったが、何もないよりましだと考えた。

好太郎の声が聞きたいと思い電話をした。

「電波の届かないところにいるか、電源が入っていないためお繋ぎできません」というアナウンスがあった。

電車に乗っているか、車を運転しているのかと思い、ラインした。しばらくスマホを見つめていたが既読にはならなかった。

久しぶりにゆっくりした気分になった。

実家にいたときは、どうしても家族の匂いがして不安感に支配されていて休めなかった。

外で物音がすると家族が帰ってきたのではないかと耳をそば立たせたりして神経がとがっていたせいでもあった。

テレビをぼんやり見ていて少しうとうとして、気が付くと一時間ほど経っていた。

スマホを見ると、まだ味読のままだった。

電話をしても繋がらない。

もう一度、ラインをした。

「すぐに連絡ください」

不安だった。

家族が失踪しているうえに好太郎に何かあったら自分はどうしていいのか分からなくなるだろうと感じた。

時計は午後十時をさしていた。

好太郎からは何の連絡も無かった。

理恵は意を決して好太郎の実家に電話をした。

電話に出たのは好太郎の父親だった。

「こんばんわ、理恵さん大変だったね、みんな心配しているよ」

「ありがとうございます。好太郎さんは帰っていますか」

「いや、まだだよ」

「遅くなるという連絡はありましたか」

父親は母親に聞いた。

「連絡は無いそうですよ」

「私も連絡しているんですけど繋がらなくて」

「遅くなることはいつもあることなので心配は要らないと思うのだけど、もう少し待ってみたらどうかな」

「そうですね、私は家族のこともあるのであせってしまって」

理恵は好太郎の父親に言われたことで少し心が落ち着いた。

仕事のせいか、もしくは同僚と飲みにいって正体を無くしているのかも知れない。そう考えると気が楽になった。

だが、その夜好太郎からの連絡は無かった。





#27に続く。





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