第21話
理恵の疲労は頂点に達していた。
家族と連絡が取れなくなって4日目である。
まだ何の連絡も無く、家族の消息は分からなかった。
昨日は父親の会社と弟のアルバイト先、大学のサークルにと足を運んでいた。どれも有力な情報は得られなかった。
今の戸棚にあった家族のアルバム を広げた。
自分が生まれたばかりのときの写真があった。
両親は本当にうれしそうな顔をしていた。
弟の生まれたときの写真もあった。
母親が抱いていた。
家族で伊豆に旅行へ行ったときの写真もあった。
弟がまだ幼稚園の年中さんのころだ。
みんな笑顔だった。
小学校の卒業式、母親は和服、父親はスーツを着ていた。自分は晴れがましい顔をしていた。
理恵はその写真を見ながら頬に涙がこぼれるのを押さえられなかった。
「みんなどこに行ってしまったの」
大きな声で叫びたかった。
昼に近い時間になったとき、刑事から電話があった。
「まだ連絡はありませんか」
「ありません」
「やはり変ですね。こちらも人数を増やして捜索します。あなたは会社に戻られたらどうですか。捜査は我々のほうがプロですからお任せください」
確かにそうだった。
会社のほうでももう有給は限界であった。
会社に長期休暇届けを出そうかとも考えたが、そうなると管理部にはいられないかも知れない。
捜索は警察に任せることも重要なことかも知れないと思った。
「ありがとうございます。お世話になりますがよろしくお願いします」
理恵は会社に連絡して、明日から出社することを伝えた。
主任は心配したが、帰ってくるのはありがたいとも言われた。
好太郎にも電話した。
「今日東京に帰るわ。あなたの着替えはあなたの家に届けておくわ」
「そうか、警察に任せるしかないだろうな。今日は会えないけど明日は会おうよ」
「そうね」
理恵は食器を洗い、掃除をして家を出た。
午後2時過ぎだった。宇都宮から新幹線に乗って、東京駅で乗り換えて、好太郎の実家に向かった。
地下鉄の駅から歩いて3分にある高層マンションの12階が好太郎の実家だった。
家には好太郎の母親がいた。
「理恵さん大変だったわね。うちのお父さんも心配しているのよ」
「ありがとうございます。私にも何が何だか訳が分からない状態なのです」
「心配は分かるけどあなたの体が心配なの。あなたが倒れては仕方ないから」
「はい、でもこう見えて精神力はあるほうですから」
「でもくれぐれも無理はしないでね」
理恵は好太郎の家を後にした。
ひさしぶりに自分の部屋に戻ったが、落ち着くことはなかった。実家の様子がいつも頭に浮かんできた。
きれいに片付けられた居間や台所。
几帳面な母親の面影が濃厚に写っている光景であった。
あらかじめいなくなることを想定していて、きちんと片付けてから家を出たんだろう。
何のために。
それだけだった。
もう疑問の余地はなかった。
旅行などということは考えられない。
失踪したのだ。
ではなぜ弟も連れていなくならなければならなかったのか。
いくら考えても答えの出ない疑問だった。
#22に続く。
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