第12話

理恵は誰もいない実家の居間のソファで呆然としていた。

浮かんでは消える浮かんでは消える不安が理恵の理性を奪いそうになるのを必死に堪えているのがやっとだった。

何をどう考えても分からない。

旅行に行ったというのが客観的には正しいのだろうが、それなら何故自分にひとことも無かったのだろうということを何度も反芻するように考えていた。

そうあってもらいたいと思う反面、もしそうなら、自分は家族として認められてないということだろうか。

それはあり得ない。

何をした覚えも無い。

家族が自分の存在を否定するようなことをしたとも思えない。

唯一、好太郎との結婚だが、最初から結婚を喜んでいたので、そのことが原因で自分のことを家族から除外するなどということは考えにくい。

単に連絡するのを忘れていただけなのか。

父親や弟ならそれもあり得ると思われるのだが、何事にも几帳面な母親が自分に連絡も無しに連絡が取れなくなるような場所に旅行へ行くことは考えられない。

そうでなくても、一週間に最低でも3回はラインを寄こすか、電話で声を聞かせてくる。

やはりどう考えても旅行に行ったということは考えられない。

では、ほかの問題はないのかと理恵は考えた。

まさか、「夜逃げ」。

経済的に困窮していることは何も聞いていない。

そんなことがあれば自分に黙って姿を消すことはあり得ない。

そもそも父親は一応商社の役員だ。給料もそれなりにある。

会社を辞めたという話を聞いたこともない。

つい最近会ったばかりだし、そのときにはそんな雰囲気など微塵も感じられなかったのだ。

色んな思いが脳裏をかすめた。

そんなとき好太郎から電話があった。

居間にある時計を見ると午前9時半だった。

「どうした?」

「誰もいない。見た限るでは、旅行へ行ったようにしか見えない」

「じゃあ旅行じゃないのかな」

「それはあり得ない。私に何も言わずに行くことはあり得ないでしょう。心配するの分かってるんだから」

「それもそうだけど」

「ずうっと考えていたんだけど、変としか思えないんだけど」

「他に理由は思い当たらないのか」

「どこかに行ったとしても携帯には一切出ないなんてことあり得ないでしょ」

「相変わらず電話もラインも返答なしか」

「まったくよ」

「俺は今日は早引きをするよ。そっちに行く」

「いいの?」

「主任には話したらすぐに行けって言ってた」

「じゃあお願いします」

「五時くらいには着くと思う」

理恵は好太郎が仕事のことより自分のことを心配してくれたのが何より嬉しかった。

元気が沸いてきた。とりあえず、痕跡がないかどうか家捜しをしようと思った。

母親が何でもファイルして、居間にあるケースに保管しているのを思い出してまず調べた。

ファイルのなかには、家電の保証書や税金関係、保険関係の書類などが新しい日付順にきちんと保存されていたが、旅行に関するものも、借金の督促状などは一切無かった。

居間のなかをソファの裏側まで含めて探したが何も無かった。

二階の弟の部屋にも、和室にもこれはと思われるようなものは何も無かった。

浴室もきれいだったし、洗濯機に洗い残しのものもなし、洗濯したての衣類もなく洋服箪笥にはきれいにたたまれた衣類がきちんと収納されていた。

その様子を見ると改めて母親が自分に何の連絡もなくどこかへ行ってしまうなどということはあり得ないと確信するのだった。





#13に続く。



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