第9話

好太郎の会社の部長が東京の西の山のなかで発見され、死亡が確認された。

警察が死因を解明するために司法解剖を行い、その結果が二日後に好太郎の会社にもたらされた。

「ビル総合管理会社管理部長の草野源一氏は山中を彷徨いそのために体力を使いきったために起こった衰弱死と判明」というのが警察の発表であった。

遺書の類は一切無く、自殺というよりも事故死に近いというものだった。

「訳が分からないよ」

志賀管理課長がつぶやいた。

「他殺に繋がるものは出なかったということですよね。それだけでも良かったけど、どうして部長はあんなところに行ったのか、どうして死ぬようなことをしたのか分からないというのは気持ちが悪いです」

川村主任の顔は青ざめていた。

「マスコミはこの事件を掘り下げるのでしょうか」

好太郎はそのことが気になっていた。

「あり得るな。不審死だからな」

「我々にも原因が分からないのにマスコミが何かを掘り出すことがあるでしょうか」

好太郎は素直にそう思った。

「部長が我々の知らないところで何かをしていた可能性もあるからな」

「もう我々がどうのこうの仕様がないじゃないか。いくら想像を膨らませたところで、真相は誰かの手で暴かれるか、そうならないかのどちらかしかないのだから」

「次の部長は課長がそのまま上がるということでしょうね」

川村は当然という顔で言い切った。

「現場に直結しているし、引継ぎもできないからほかのセクションのものでは勤まらないでしょう」

好太郎は志賀の取り巻きではなかったが、業務のことを考えると課長が部長職になるのは合理的だと考えていた。

その日の午後、臨時の役員会で後任の部長にはやはり志賀が適任ということになった。



理恵は次の休みに行く結婚式場の資料を会社のパソコンで見ていた。

仕事に一区切りつくと、ほんのつかの間の時間に結婚式場のサイトにアクセスすることがここ数日のことになっていた。

横浜には多数の結婚式場があるが、やはり格式では港に面したところにある歴史のある一流ホテル、みなとみらいにある高層ビルのなかにあるホテル、などがあったが、やはり宿泊施設の整ったホテルが一番の選択肢になるので、いくつか回ってみて、雰囲気、予算などを検討することにした。

理恵も好太郎も会社員なので、平日は無理で、休日に式場を押さえるとなると少なくとも半年以上前には予約をしないと間に合わないということだったので、一応目安をつけたところには空きがあるかの確認はしていた。

帰宅して好太郎に電話をして、次の日曜日の午前中に品川で待ち合わせて、電車で関内駅まで行ってそこから歩いてふたつの式場の見学をすることにした。

条件が合えばその場で仮予約をするつもりだった。

そのことを報告しようと、実家に電話をした。

両親には横浜で式を挙げることは了承してもらっていたが、具体的にどんなところでという話はまだだったからだ。


電話の呼び出し音が数回しても受話器が取り上げられることはなかった。

まだ午後八時なのに誰もいない。

弟の健太はアルバイトかも知れない。

父親はまだ帰ってなにのかも知れない。

だが、専業主婦の母親はたいてい家にいる。

今まで、夜に電話をかけて出なかったことはない。

おかしいと思ったが、用事で少しの間外出することはありえる。

一時間経ってまた電話したがまた出なかった。

「おかしいな」

父親は携帯電話を持っているので電話してみた。

「電波の届かないところにいるか、電源が入っていないためお繋ぎできません」というアナウンスが聞こえた。

弟の携帯にも電話してみたが同じアナウンスが聞こえてきた。

理恵は胸騒ぎがしていた。






#10に続く。




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