第7話

理恵の実家に行った好太郎は、理恵の父親から部長の失踪のことをしつこく聞かれていた。

「お父さん、何でそんなに興味があるの」

「やはり同じサラリーマンとしては大いに興味があるところだよな」

理恵は好太郎が不愉快になっていないか心配だった。

「良いんだよ。お父さんの気持ち分かるから。俺たちよりずっと長く会社勤めしているから思うことがあるんだろうよ」

好太郎は理恵が気を使っていることが分かって、心配させないような言葉を投げたが、心のなかでは少し小波が立っていた。

「結局、結婚式の日取りは決まったのかい」

「今のところ、来年の3月のなかごろにしようかと思っています」

「人事異動の辞令が落ち着いたところか。好太郎君のところは地方転勤はないんだろ」

「はい、一応大阪と名古屋に支社はありますが、連絡事務所のようなものなので、さすがにそこに行かされることはないと思います。ただ、今は本社の管理部門ですけど、都内の現場部門に行かされることはありえます」

「しかし君は上司からの信頼が厚いんだろ」

「そうかどうかは分かりません」

「そうそう、それがサラリーマン社会の難しいところだよな。ラインに乗っていると思っても、そのラインごと潰されることがあるからな」

「また、そんな後ろ向きな話をするんだから」

理恵に窘められた父親はすごすごと居間から消えていった。

「お母さんからも何か言ってよ」

「お父さんは心配性なのよ」

確かに父親は昔からひとりで心配だ、心配だと騒ぐくせがあった。

理恵の受験、弟の受験、理恵の就職などのポイントになるころになると、ひとりで大騒ぎしていたことを理恵は思い出していた。

「ああいう性分だから仕方ないか」

「良いお父さんだよ」

好太郎にそう言われて理恵も納得したような顔になった。

理恵たちは、夕食が終わった後もしばらく父親たちと話して、午後の6時には実家を後にした。弟はアルバイトから戻ってはこなかった。

「弟さんはどんなアルバイトをしているの」

「コンビニよ」

「学生の定番だね」

「宇都宮の市内だけど、時給が安いとぼやいていたわ」

「会いたかったね」

「そうね、でもまた式の打ち合わせとかで行くこともあるし」


理恵はまさかその日が家族と会う最後の日になるなどということはまるで想像もしていなかった。

誰でも、まさかという経験はあるだろう。

だが、理恵の家族にその後起きたことは常人の範囲ではとても想像出できえないものであった。

しかし、理恵がそのことを味わうのにはまだ数十日の時間を経過しなければならなかったのである。





#8に続く。






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