第6話

好太郎の会社の部長が行方不明になって一週間が過ぎようとしていた。

社内では、やはりこれは失踪であり、誘拐などの事件性はないのではないかという予測が大半を占めていた。

相変わらず家族には何も連絡はないし、家族、会社ともに、失踪する理由が見あたらないのだが、警察でも失踪の可能性が高いのではないかという見方をしているらしく、好太郎が警視庁で会った警官からもここ数日間は何の連絡もなかった。

部長が手がけていた仕事も、大半が後任者が決まり話がスムーズに進み始めていた。

「いったい何故部長は姿を消したんだ」

という会話も一日前くらいからほとんど社員で交わされることが無くなっていた。



理恵の実家に一緒に帰ろうという約束をしてから一週間が過ぎ、いよいよその日がやって来た。

理恵は小田急線の経堂というところに部屋を借りて住んでおり、江東区のタワーマンションに家族と住んでいる好太郎とは同じ東京とはいえかなり距離が離れているのだが、会うときはほとんど新宿だった。


理恵の実家は、東京駅から新幹線に乗って宇都宮まで行き、そこから東武鉄道に乗り換えて30分くらいのところにあった。


その日、理恵と好太郎は東京駅で待ち合わせをして、理恵の実家に向かった。

初めて理恵の実家を訪ねたときと同じように好太郎は緊張をしていたので、理恵は何とかリラックスさせようと車中ではしゃべり続けた。

だが、好太郎の緊張しいという性格は今に始まったことではないので、好太郎自身はあまり心配はしていなかった。


東京駅から乗り継ぎをしながら、約2時間で理恵の実家の最寄り駅に着いた。


都会に比べると田舎ではあるが、近くに大規模な大学病院があるので、けっこう人は多く、駅前も小規模なビルが何棟もあり、びっくりするような田舎ということはなかった。

理恵の実家にはバスで行くのだが、ふたりはタクシーに乗った。

10分くらい乗って、まわりは田畑が多いものの、一応住宅街になっている地区のなかの二階建ての家の前にタクシーは停まった。


理恵たちを最初に迎えたのは母親だった。

「おかえり、理恵ちゃん。森内さんもお疲れ様でしたねぇ」

まだ40歳代の若い母親はとても愛想の良い人で、好太郎が最初に訪れたときも、緊張している好太郎に気を使っていた。

玄関には父親が待っていた。

父親は宇都宮に本社がある商社の役員をしていて、ゴルフがたいそう好きないかにもベテランの会社員という風情で好太郎にはまぶしい人だった。

もうひとり理恵の弟がいるのだが、その弟は理恵とは4歳違いで宇都宮の国立大学に通う学生であった。

その日は、アルバイトで留守で、終われば帰ってくるが、理恵たちのいる時間帯に帰れるかどうか微妙だということだった。

「好太郎さんの会社の部長さんが行方不明なんだってな」

理恵の父親はソファに座った好太郎に間髪をいれずに聞いてきた。

「当初は何か事件性があるのではにかという見方があったのですが、どうも失踪したらしいんです」

「サラリーマンというものは、人に言えない苦悩を背負うことがあるからな」

「お父さんもそんなことあったの」

理恵は父親が意外なことを言うなと思った。

「俺はそんなに深刻なことはなかったんだけど、そりゃいろいろあるさ。お前たちも同じ会社員なんだから分かるだろ」

「私は人に言えないような辛い目にはまだあってないけど」

「好太郎君はどうだい」

「人に言えないようなっていうことは無かったですね。悩むことはあっても、同僚とかに愚痴を聞いてもらえば少しは気が楽になったりします」

「まあ、これからあるんじゃないかな」

「そんなネガティブな話をしないでよ」

「ごめんごめん」

父親は頭をかきながら笑っていた。




#7に続く。





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