第5話
理恵は、会社に戻って上司にその日の業務報告をし、デスクに戻って報告書を纏めているときに、好太郎からのラインが入った。
「今日は会えるけど、どう?」
「もちろん会う」
「じゃあ、いつものところで8時に」
やっと一区切りついたのか、好太郎の会社の部長の失踪から3日が経ち、その後の進展はないということだが、失踪か事件に巻き込まれたのかはまだ不明だったのだが、好太郎から送られてくるラインでは、次第に会社のなかも通常の空気に戻りつつあるということは分かっていて、やっと会える状況になっているのかと安心したのだった。
理恵の会社は、関東圏を中心にスーパーマーケットを展開する大手の会社だったが、残業はそれほどでもなく、さすがに6時台に帰れることは少ないものの、7時にはたいてい帰れるのが普通だった。
昨今の「働き方改革」の賜物でもある。
大学を卒業して、総合職で入社してまだ2年目だが、管理部門に配属されて1年、一番下っ端なので、打ち合わせに各店舗に出されることが多く、一日デスクに座っていることはほとんどない。
午前中に出社して、慌しく書類を整理し、担当の上司に確認してから会社を出て、ときには総武線、ときには横須賀線、常磐線、などに一時間乗って店舗に行き、店長などとの打ち合わせをして、午後に帰社。
それから会議をしたり、ルーチンワークをしたりする毎日であった。
好太郎との待ち合わせの10分前にいつものカフェの窓際の席に着いた。
しばらくすると、好太郎が現れた。
「元気そうじゃない」
「心配かけたね」
「それでどうなったの」
「まだ進展はないけど、それより、業務が滞ってそれが大変なんだ」
「部長さんってかなりのやり手なんでしょ」
「そうだね。ほかの部長の三人前くらいの仕事をこなしているんだ」
「いきなりいなくなったんじゃ、残された人はたまったものじゃないね」
「しかも、部長ひとりで交渉したりしている案件が多くてね。そうなると、相手との話をいちから進めなくてはならなくてね」
「よく時間が取れたわね」
「主任が気を使ってくれたんだ。お前にとっては大事な時間だからって」
「私たちの結婚のこと?」
「そうみたいだね」
「良い上司じゃない」
「そうなんだ。それより、式の会場選びも始めなくてはね」
「会社が落ち着いてからにしましょうか」
「もう大分落ち着いてきてはいるよ。だから気にしなくていいよ」
「うちのお父さんの取引先の会社の息子さんが、横浜で結婚式場を経営しているらしくて、もしよければって言われているの」
「横浜だったら、俺の実家にも近いし良いんじゃないかな」
「そうなの。うちはどうせ栃木の田舎だから東京でも横浜でも変わらないわ」
「今度の休みに君の実家に行ってみようか」
「そうしてもらうとありがたいけど」
「再来週の日曜日なんかどうだろう」
「私はいいけど、会社のほうは大丈夫なの」
「大丈夫だと思うよ。主任は協力的だから」
好太郎が理恵の実家を訪ねたのは一ヶ月前が初めてだった。
結婚の許しを請うためで好太郎はひどく緊張して、打ち解けた雰囲気ではなかったので、それが悔いになっていて、そのリベンジをしたいと思ったのと、結婚式のことや、それよりも前に自分の両親も交えてどこかで食事して懇親を図りたいと思っていたからだった。
#6に続く。
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