第4話

森内好太郎の会社の管理部部長の草野が行方不明になって一夜が明けた。

好太郎は、普段より一時間早く出社したが、すでに課長はデスクに座り、難しい表情をしていた。朝から嫌なものを見てしまったと思ったが、やはりそれだけ深刻な事態なのだろうということを再認識したのだった。


定時には管理部の社員は、所要で立ち寄りのもの以外はすべて揃っていた。そこへ、管理部門担当の役員の近江がやってきた。

「やはり草野部長は昨日家に帰らなかったし、連絡も取れていないと家族から連絡が来た。明らかに異常事態だ。これから常務の紹介で警視庁に相談に行くが、課長も同行してくれ」

課長の志賀は立ち上がり、あわてて上着を羽織った。

「森内君も一緒に来てくれるか」

「私もですか」

「主任たちは現場を仕切ってもらわなくてはいけない。くれぐれも業務に差し支えにならないようにみんな頑張ってくれよ」

好太郎はなぜ自分が課長に指名されたのか分からなかったが、そんな疑問を抱くのは一瞬で、すぐに役員と課長の後を追った。

会社の前に停まっていたタクシーに飛び乗り、桜田門の警視庁に向かった。

「しかし、草野君の個人的な問題で姿を消したと思いたいが、まだどうなるか分からないな」

「我々が昨日調査したところ、仕事の上でのトラブルは無かったように思われるのですが」

「家族の話だと家庭でも何も問題は無いし、昨日も普通に家を出ていったみたいだし、家でも落ち込んでいたりとかそういうのは無かったということだ」

「分かりませんね」

「一応家族にも来てもらっているので、まずは捜索願を出して、今後誘拐とか、脅迫などがあった場合はすぐに警察に動いてもらおうということで、あくまでも相談というかたちで警察には対応してもらうことになっている」

役員と課長はそんな会話を交わしながら、警視庁に着いた。

受付の前には草野部長の妻が待っていた。常務の紹介でアポイントを取ったのは警備担当の課長補佐だった。これまでの情況を説明し、草野部長の妻からの捜索願を出す算段をしてもらうと

「もし事件に関わるような情況が起きればすぐに捜査一課の強行班に動いてもらいますから、躊躇せずに連絡してください。ただ、まず所轄が初動で動きますので、それは了承してください」と丁寧な説明があった。

好太郎は、警察には自動車の車庫証明を取ること以外にはなかに入ったことがなく、緊張していたが、対応にあたった警察官がとても柔和な態度だったので、警察は怖いという先入観はいくぶん弱くなったのだった。

会社に戻ると、その日と前日に遣り残した仕事をこなさなくてはならなかった。


そのころ、理恵は千葉県にあるスーパーマーケットの店舗に設備の更新の打ち合わせに行っていた。

週に二、三回は現場に足を運ぶのが管理部門の仕事だったが、好太郎と同じ年くらいの男性社員を見ると、どうしても好太郎のことを思い出してしまうのが常だった。もう5日間も会っていない。

本当は一日でも会わないと淋しくてどうしようも無くなるのだが、必死になって耐えている自分を褒めたい気分でもあった。

打ち合わせ終えて、本社に戻る電車のなかで好太郎にラインメッセージを送った。

「お仕事頑張ってね」それだけだった。そのひとことだけ伝えたかった。

しばらくしてスマホを見ると、まだ既読マークはついていなかった。




#5に続く。




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